第21話 望まぬ再会
無事クエストをクリアしたソウタとリーナは、現在ラキア洞窟から出て始まりの街へと帰るべく森エリアを歩いていた。
ソウタの横を歩くリーナは、ボスがドロップしたクエスト報酬のフォースブレードを早速装備し、ニコニコと嬉しそうに眺めている。どうやら相当気に入ったようである。
「ソウタ君、街に戻ったらすぐに鍛冶屋に行っていいかな? 早速手持ちの剣力石を全部つぎ込んで強化したいなーって」
「ああ、いいぞ。せっかく手に入れた剣だしな。すぐにでも強化しよう」
「やったあ、ありがとうソウタ君。そうと決まれば急いで帰りましょー」
満面の笑みとなったリーナはギアを一段階上げてせかせかと歩き出す。
「ちょっ、おい待てって」
ソウタは慌ててリーナを追いかけるのだった。
帰りの道もナックルエイプとはほとんど出くわすことはなく、サクサクと進むことが出来た。
正直ここまで出会わないと逆に気持ちが悪く、ソウタは妙な違和感を覚えたが、モンスターの移動アルゴリズムと自分たちの移動が上手い事被らなかったのだろうと適当に流すことにした。
だが、その違和感は決して流して良いものではなかったことを、この後ソウタは思い知ることになる。
あと五分も歩けば森から抜けられるところまでやって来たソウタとリーナは、突然茂みから現れた男に声をかけられた。
「やあやあお二人さん。こんなところで奇遇だなあおい」
「お、お前は……、昨日の……」
その男は鉄壁のジルだった。続けて魔法使いの仲間が二人茂みから姿を現す。
「その節はどーも。また会えてうれしいぜえ。この偶然に感謝感謝だ」
「何が偶然だ。どう考えても待ち伏せてただろ」
ソウタは洞窟前で感じた視線のことをふと思い出しそう言った。あの視線はジル達だったに違いないと確信する。
「さあ? どうだかなあ。つーかそんなことはどうでもいいんだよ。昨日はよくも俺に恥をかかせてくれたなあ、お二人さんよお……。俺はやられっぱなしが大嫌いなんだよなあ……。へっへっへ……」
薄気味悪い笑いを浮かべながらジルが近づいてくる。
「何よ、またデュエルする気?」
リーナが聞くとジルは足を止め、フッと軽く笑い、
「いいや、お前らの強さは昨日の戦いでよく分かった。どうせデュエルしたって俺の負けだ。だからこうさせてもらう」
そう言ってジルはソウタたちの後ろへと視線を移した。つられてソウタとリーナも後ろを見る。
すると後ろから残りのジルの仲間二人がこちらへ走って来るのが見えた。このままだと挟み撃ちにされる構図になりそうである。
「何だ? もしかして五人がかりで囲んでPKでもする気か?」
「まさかまさか。PKなんてしたら管理AIからの重いペナルティがついちまうからな。それは俺的にはなしだ」
PKによるペナルティ。FLOではキルペナルティと呼称されるそのペナルティは、ジルの言うとおりかなり重いものとなっている。
ペナルティ内容としては、まずプレイヤーアイコンが赤色になり、K(KILLのこと)という文字が付与される。他にも武器屋や宿屋といった施設の利用料金が三割増、モンスターから得られる経験値やお金が三割減など様々なものがある。
これが期間にして一ヶ月続くこととなるので、くらったプレイヤーはたまったものではない。
また、PK以外の悪質な行為。例えばデュエル以外でのプレイヤーへの攻撃やアイテムの強奪などにもペナルティがあり、それらは総称してクライムペナルティと呼ばれる。
このペナルティをくらうと、プレイヤーアイコンが黄色になり、C(CRIMEのこと)という文字が付与される。
そして、キルペナルティと同様に施設の料金が割り増しになったり、経験値などが減少したりするが、その割合は三割でなく一割といくらか軽く、ペナルティ期間も一週間という比較的短めの期間が設定されている。
(PKするつもりがないなら一体何をしようってんだ……? まさかクライムになるのを覚悟で捨て身の攻撃……?)
ソウタは近づいてくる二人の仲間の動きに細心の注意を払い、戦闘の構えを取る。
だが、二人の仲間は一切攻撃してくることはなく、猛ダッシュでソウタたちの横をそのまま通り過ぎた。
「はっ?」
(素通り……? 一体どういうつもりだ?)
意味が分からずソウタが目を細めたその時、隣にいたリーナが前方を指さし叫んだ。
「ソウタ君! あれ!!」
「えっ、…………なっ!!」
ソウタが慌てて前を見ると、ナックルエイプの大群がぞろぞろとこちらへ向かって来ていた。その数は二十体を超えている。
言うまでもなく今の二人がこの群れを連れて来たようであり、そこでソウタはジルの目的が完全に読めた。
まさかこれは――――――、
「MPKか!!」
「へっへっへ……、ご名答」
MPKとはモンスタープレイヤーキルの略で、プレイヤーにモンスターをぶつけて殺させる行為のことをいう。
つまり、ジルはナックルエイプの群れにソウタたちを殺させようとしているのだ。
「キルペナルティが付くのはどうしても避けたいんでな。ナックルエイプの餌食になってもらうぜお二人さん!」
「待ちなさい、MPKだって立派なPKよ! これだってペナルティになるんじゃない?」
リーナの問いにジルは顔色一つ変えずに、
「残念ながらFLOの管理AIはそこまで監視できてねえんだなこれが。ここでMPKしたところで一切お咎めなしさ」
「……ん? おいちょっと待て。何でそんなことが分かる?」
あまりにはっきりと言い切るジルの態度が気になったソウタが尋ねると、醜い笑いを浮かべてジルは答えた。
「へっ、愚問だな。そんなの実際に試したから分かるに決まってんだろうが」
ジルの返答にソウタもリーナもハッと息を呑んだ。
「試……した……? MPKをしたってのか……?」
「ああ、そうさ。俺はもともと現実世界でVRMMOをしてた頃からPKの常習犯でな。FLOを始めてからの最初の数日はなんとか衝動を抑えてたんだが、とうとう我慢できなくなっちまったのさ。だが、さっきも言ったように俺はキルペナルティは何とかして避けたかった。そこで思い付いたんだ。もしかしたらMPKならキルペナルティを回避できるんじゃねえかってな! まあ俺としても一種の賭けだったが、試してみた結果はどうだ? ペナルティなんて付きやしねえ!! これはもう俺にどんどんMPKをしてくれと言わんばかりの仕様だよまったく! ギャハハハハ!!」
「最っ低ね……」
リーナが吐き捨てるようにそう言った。
VRMMOにおけるPKは普通のMMOと違って画面の中ではなくプレイヤーが実際に目の前で死ぬことになる。そのため実際に行うのには抵抗があるというプレイヤーも多く、VRMMOのPK数は普通のMMOと比較して少ない数となっているというデータも出ている。
どんなにゲームと分かっていても少なからず良心が痛むものなのだ。
ゲームに閉じ込められ命のかかったこの状況下で、それをただの実験で何度も行うなど考えられない事だった。
「そんなに怖い顔すんなよお二人さん。自分の手を汚さない良い方法じゃねえか」
「許せない……!」
リーナはジルに詰め寄ろうとする。
「【パラライズアロー】!!」
「きゃっ!!」
「リーナ!!」
魔法使いの仲間の一人が放った電撃の矢がリーナを射抜いた。
威力はそこまで高くなかったためHP自体は大して減らなかったが、リーナは麻痺状態となり地面に倒れた。
「へへへ……、こうした方が確実にMPKされるだろうな。ざまあみやがれ」
「この……ッ! やりやがったな!!」
リーナを攻撃され、完全に頭に血が上ったソウタはジルに殴りかかろうとする。
「お前もくらっとけ!!」
ジルが叫ぶと同時に、もう一人の魔法使いがパラライズアローをソウタに放った。
ソウタはそれを上手くかわすと、パラライズアローを放ってきた魔法使いプレイヤーを力いっぱい殴った。
これでめでたくソウタはクライムペナルティをくらうことになったが、そんな事はもうどうでもよかった。
「ちっ、避けたか」
殴られた仲間のことは気にも留めず、ジルは舌打ちした。
「まあいい。あんまりのんびりしてると俺たちも巻き込まれちまうからな。そろそろトンズラさせてもらうぜ。せいぜい狩りを楽しむんだな! ギャハハハハ!!」
「くそっ!!」
何としてもジル達を追いかけたいソウタだが、リーナを置いていくわけにはいかない。今は迫りくるナックルエイプたちをどうにかするのが先決だ。
数は約二十体。ソウタの感覚ではギリギリ一人でも倒しきれる数だ。
ソウタは間髪入れずにナックルエイプの群れに突っ込んでいき、討伐を開始する。
そして、スキルを使い一体目を倒したその時だった。
「じ、ジルさんやべえ! 向こうからもナックルエイプが!!」
「何だとッ!?」
その声に反応したソウタがチラリと見ると、ジル達が逃げようとした反対の道。そこからもナックルエイプの群れがやって来ていた。
どうやら集団で行動する習性のために、さらに別の群れを引き寄せてしまったようだ。その数は五十近くおり、まさに絶望的な数だ。
「くそがあああ!! こんなところで死ぬのはごめんだぜ!!」
ジルはそう叫ぶと剣を抜き、討伐を開始。仲間たちもそれに続いた。
しかし――――――、
「ひいいいいい!!」
順調にナックルエイプをしとめ、すでに半数ほど撃破したソウタとは対照的にジル達は大苦戦を強いられる。
そもそもナックルエイプというモンスター自体、群れでなく単体でも普通に強い。一人で群れと渡り合ってるソウタが異常なだけで、そこらのプレイヤーでは十体を超えればパーティで挑んでも歯が立たないのだ。
「うわああああ!!」
「ぎゃああああ!!」
次々とやられていくジルの仲間たち。あっという間に残りはジル一人となる。
「うわああああ!! 誰かああああ!! 助けてくれええええ!!」
ジルの悲痛な叫びが森に響く。しかし、助けてくれるプレイヤーなどいるわけがない。
無様に泣き叫ぶジルに容赦なくナックルエイプたちの攻撃が降り注ぎ、ジルも程なくして死亡した。
(ざまあみろ。誰が助けるかっての。つーかこっちだって助ける余裕なんかねえんだよ!!)
ジル達がいなくなったことで、五十近くの新たな群れが今度はソウタとリーナを標的にした。一直線にこちらへと向かって来る。
そこでリーナが叫んだ。
「ソウタ君、これ以上戦っちゃ駄目! さすがに数が多すぎる!! 私のことはいいから君だけでも逃げて!!」
今ならまだ手薄になった正面のナックルエイプの群れの間を縫って、ソウタだけでも逃げることは可能だ。
しかし、後ろから迫りくる五十ものナックルエイプたちにも囲まれてしまえば、退路は完全に断たれる。そうなってしまえば、いくらソウタでも死んでしまうだろう。
リーナはここでソウタが一人逃げたって恨むようなことは決してしない。ソウタに逃げて生き延びて欲しいと心の底から願っている。
だからこそ出たのが今の言葉だった。
だが、それを聞いたソウタはつまらなそうな顔で言葉を返す。
「……逃げる? やなこった」
「………………ッ!!」
ソウタの頭の中には逃げるなどという選択肢は端から入っていない。
リーナはFLOの世界で初めてできた仲間だ。そんな彼女を置いて逃げるなど何があろうとあり得ない。
「そんなこと出来るかよっ!! クエストに来る前に言っただろ! 何かあった時は守るって!! ここでお前を置いて一人で生き延びるくらいなら、一緒に死んだ方がマシだ!!」
「ソウタ君……ッ!!」
「絶対にリーナのことは死なせない!! 俺がすぐに全員片付けるから、安心して見てろ!!」
そう叫び、ソウタはナックルエイプの群れに飛び込んでいった。
何もソウタの選択肢に入っていないのは逃げるという行為だけではない。
ここでナックルエイプに負けるという選択肢も最初から入ってなどいなかった。
ソウタは先程までとは比較にならないスピードで片っ端からナックルエイプを討伐していく。
みるみるソウタの周りのモンスターが減っていった。
(す……凄い……!!)
ソウタの圧倒的な強さにリーナは改めて度肝を抜かれた。無茶苦茶すぎる。
こんな数のナックルエイプに囲まれたら、並みのプレイヤーなら秒殺。自分でももって十数秒だろう。こんな離れ業ができるのは、現時点のFLOでは間違いなくソウタしかいない。そう断言出来る。
超が付くくらい絶望的な状況だが、あの少年なら何とかしてしまうんじゃないか。そんな気がしてきた。
(よしいける……! 倒しきれる……!!)
そう思ったのはソウタも同じだ。
残りの数はもう半分を切った。
まだまだ圧倒的な数的不利を被ってはいるが、油断さえしなければこの危機的状況は打破できる。そう信じてソウタは拳を振るい続ける。
しかし、そこで想定外の事態が起きた。
真正面にいたナックルエイプが右腕を大きく振りかぶり、右ストレートを放つ挙動を取った。ソウタはその動きを見切り、かわそうと動き出す。
だが、そこでナックルエイプは右腕をだらりと下げ、即座に左腕を構え直した。
フェイント攻撃。
これまで一度もしてこなかった攻撃パターンに、ソウタは反応が遅れる。
(し、しまっ―――――!!)
高速で放たれた左ストレートを、ソウタはもろに腹にくらった。
高レベルプレイヤーのソウタにとって、幸いその被ダメージは大したことはなかった。
だが、その攻撃により別の問題が発生した。ノックバックである。
システム上発生したその現象により、ソウタは約一秒の行動不能に陥った。
それはナックルエイプたちに反撃を許すには十分すぎる時間だった。
「くっ……!!」
ありとあらゆる方向から飛んでくる攻撃がソウタの身体を打ちのめす。
体勢を立て直すことすら許されず、ソウタはただのサンドバックと化した。
HPゲージが見たことのない速度で減少し、瞬く間にレッドゾーンに到達した。
ソウタはあまりのことに頭が真っ白になり、完全にパニック状態となっていた。
もう何をどうしたらいいのか分からない。リーナが後ろで何かを叫んでいるが、もはや何も入ってこない。
今ソウタの耳に聞こえるのは、激しく拍動する心臓の鼓動の音だけだった。
HPゲージはさらに減り続け、もう0になる寸前だ。おそらく次の一撃でHPゲージは全損し、ソウタのアバターは粉々に砕け散り、ゲームオーバーとなるだろう。
そして、動きを封じられたリーナもすぐにやられてソウタの後を追うこととなるのだ。
(ごめん、リーナ……。守ってあげられなくて……。本当にごめん……)
真正面にいるナックルエイプがとどめを刺しに殴りかかってくる。
ソウタが恐怖で目を瞑りかけたその時だった。
「「【ファイアランス】!!」」
突如放たれた二本の炎の槍がナックルエイプを貫き、その命を奪った。
何事かとソウタが声のした方を見ると、そこには見覚えのある二人の少女の姿があった。
「ソウタさん! リーナさん! ご無事ですか!?」
そこにいたのは昨日ソウタたちが助けた少女、マナとミナだった。
二人の少女は杖を構え直し、同時に口を開く。
「「私たちも加勢します! 今度は私たちがお二人を助ける番です!!」」




