第1話 謎のメール
「うーん……。面白かったけど、期待したほどではないって感じだったなー」
少年は頭からヘッドギアを取り外しながら、落ち込み気味の声色でそう呟いた。
彼の名前は綾織蒼太。十七歳のゲームが大好きな高校二年生だ。
いや、高校生という肩書きはもはや名ばかりだ。
この少年は現在、ろくに登校もせずに部屋に引きこもり、毎日ゲーム(特にVRMMORPG)ばかりやっているのが日常なので、十七歳のゲームが大好きな引きこもりニートという地獄のような肩書きが正しいだろう。
そんなダメ人間の蒼太が今プレイしていたのは、本日発売の『Dream World Online』というVRMMORPGだ。
開発発表時から話題沸騰だったそのゲームは、現実であるかのような美しいグラフィックを宣伝文句に謳っており、世界中のゲーマーたちがその発売を心待ちにしていた。
蒼太もそのうちの一人ではあったのだが、実際今プレイしてみたところ意外とグラフィックに粗があり、そこまでのクオリティではなかったというのが正直な感想だった。
もちろん既存のVRMMORPGと比べればかなりの出来ではあったが、蒼太としては肩透かしを食らった気分だった。
他にもオープンワールドの世界観の割にはワールドマップが思いのほか狭かったり、操作性に関しても悪くはないのだが、重心移動の感覚がどこかぎこちなく感じたりと、不満を述べようと思えばいくらでも述べられそうな気がしてくる。
「ハア……、今度こそ思い切りのめり込めそうなゲームが出来たと思ったんだけどなあ……。これも駄目そうだなあ。というか最近のゲームはクオリティはまだいいけど、ワクワク感が足りない気がするぞ。なんかいまいち楽しめない」
最近のゲームが駄目なのか、蒼太の感性が鈍くなっただけなのかは議論の余地があるが、ゲームをちゃんと楽しめなくなっているのは紛れもない事実ではあった。
もちろん今もゲームは何だかんだ言いながらも楽しくプレイしているつもりだ。毎日引きこもってプレイしているのだから楽しくない訳がない。
しかし、ゲームがどこか作業になってしまっていて、心の底から楽しめてない感も否めなかった。新しくゲームを買っても大した感慨もなく遊び始め、淡々とプレイしている自分がいるのだ。
思えば小学生の頃は親の車でゲームショップへ行って目当てのゲームを購入し、帰りの車でキラキラと目を輝かせながらパッケージや説明書を見つつ、家に着くのを今か今かと待っていたものだ。
そして、家に着くや否やダッシュで部屋へと向かい、死ぬほどワクワクしながらゲームを起動していたような記憶がある。
あの頃の言葉で言い表せない高揚感は一体どこへ行ったのだろうと、蒼太は物思いにふける。
「あーあ、何かワクワクが止まらなくなるような、見たことのないクオリティのVRMMORPGが開発されないかなあ……」
溜め息混じりに呟いたその時だった。
机で起動してあったパソコンから突然ピコンとメールの受信音が鳴った。
蒼太は何だろうと机に向かい、メールボックスを開く。
「え、何コレ?」
受信したメールの奇妙さに、蒼太は思わずそう漏らした。
そのメールは差出人の名前も件名もなし。メールアドレスはこれでもかと文字化けしており、線文字Aもびっくりの解読不能っぷりときていた。誰がどう見ても怪しさ満点である。
こういった怪しげなメールは絶対に開いてはいけないと、今どき小学生でも知っているのだが、
「うーん……。開いちゃ駄目だって思えば思うほど、逆に開きたくなってしまう……」
人間なら誰しもが持っている天の邪鬼な部分に逆らえなかった蒼太は、ついついそのメールを開いて読んでしまった。
『初めまして。凄く面白いVRMMORPGを作ったので、ぜひ遊んでみませんか? ゲームの概要はメールに添付したファイルの中に入っています。それを見て遊んでもいいと思った方はメールの下部にあるYESボタンを、そうでない方はNOボタンを押してください』
それがメールに書かれていた文章だった。
「VRMMORPGだと……? しかも自分で凄く面白いとか言っちゃってるし……。概要は添付ファイルの中か。まあいいや、開いちゃえっ」
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ゲームタイトル:『Fiftyland Online』(略称『FLO』)
FLOは個性溢れる五十の島からなる世界『フィフティランド』を、剣や魔法を駆使して冒険するフルダイブ型のVRMMORPGです。
プレイヤーは第一の島である始まりの島『ファース島』からゲームを開始し、第五十の島である終局の島『ラース島』を目指して冒険します。
五十の島にはそれぞれボスがおり、ボスを倒すと次の島が解放されます。
そして、『ラース島』にいるラスボスを倒せばゲームクリアとなります。
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それが添付ファイル内に書かれていたゲームの概要だった。どうやらこれはゲームの宣伝メールのようである。
「……あれ? なんか普通に面白そうだな。俺好みの設定のゲームだ」
正直そんなに期待していなかった分、蒼太は余計に興味をそそられてしまう。
「……ん? なんか画像ファイルと動画ファイルも添付されてるな。どれどれ……」
もはや何の躊躇もなくファイルを次々と開いていく蒼太。
ファイルの中にはゲーム内の画像六枚と、一分間のPV動画が入っており、それらを一通り見終えた蒼太は息を呑んだ。
「な、何だこのグラフィックは……、全然現実と区別がつかないぞ。どうやったらこんなグラフィックが作れるんだ……? これがゲームなんて信じられない……」
蒼太はゲームの中でも特にVRMMORPGに関しては、相当目が肥えている方だと自負している。
そんな蒼太から見ても、このゲームのグラフィックは群を抜いていた。ついさっきプレイした『Dream World Online』など比べ物にならない。間違いなく今まで見てきたゲームの中でぶっちぎりのNo1だ。
「一体何なんだこのゲーム! 凄いクオリティだし設定もいい感じだし、めっちゃ面白そうじゃん!! くううううー、こういうゲームを待ってたんだよ俺は!!」
小学生の時以来の久々の高揚感に、蒼太の胸は大いに高鳴っていた。
『Dream World Online』などプレイしている場合ではない。今すぐにでもこの『Fiftyland Online』をプレイしなければ。
「えーっと、確かプレイしたいならYESボタンをクリックするんだったよな」
蒼太はマウスを操作してYESのボタンにカーソルを合わせる。
「このYESボタンを押せば、ダウンロードページにでも飛ぶんだろうか?」
独り言を呟きつつ、蒼太はYESボタンをクリックした。
この選択が、長い長い冒険の始まりになるとも知らずに――――――――。
『やったあ! YESを押してくれてありがとー!』
ボタンを押した瞬間、突然どこからか声が聞こえてきた。
「うおっ! 誰だいきなり!! というかどこにいる!?」
驚いた蒼太はキョロキョロと部屋を見回しながら問いかける。
『どこにいるって言われるとちょっと困るなあ。まあ詳しいことは今から色々説明するから、とりあえずプレイルームに来てもらうね! えいっ!』
突如、蒼太の体が眩い光に包まれ出した。蒼太はギョッと目を見開き、思わず椅子から立ち上がる。
「えっ? ええっ!? な、何だこりゃああああああ!?」
何が起こっているのか理解できずただただ慌てふためいていると、蒼太の身体は完全に光に包み込まれ、この世界から消失した。