第18話 ソウタVSミツル
ソウタはひとまず自分からは動くことはせず、まずは相手の出方を伺う。
ミツルは剣士であり、近接戦闘が主だ。攻撃を当てるべく真っ先に間合いを縮めて来るのがセオリーであり、そこを返り討ちにしてビビらせてやるのがソウタの算段だ。
しかし――――――、
「何だ? 来ないのか?」
ミツルはちっとも攻めて来なかった。
まさか作戦を見切られたのかとソウタは考えたが、その考えは即座に否定される。
なぜなら、ミツルはまともに剣すら構えていなかったからだ。
正直何を考えているのかソウタには理解できなかった。舐めプと思われてもおかしくない状態である。
「まあね。ソウタ君、君から来てくれて構わないよ?」
「全く隙だらけにしか見えないけどいいのか?」
「ああ、いつでもかかって来てくれたまえ」
どこまでも余裕をかまし続けるミツルにどこか釈然としないソウタ。
(なんなんだ一体……。俺を動揺させる作戦なのか……? だけど何だろうあの余裕。まるで昨日のリーナを思い出す余裕っぷりだぞ。…………待てよ、リーナと同じ? もしかしてこいつ……!)
「おい、ミツル。まさかとは思うが、お前何かユニークスキルを持ってたりするんじゃないだろうな?」
「ギクッ!」
素晴らしく分かりやすい擬音を口にして、ミツルの口元が釣り針でも引っかかったかのように引きつった。あまりにも明らかな動揺っぷりにソウタは吹き出しそうになった。
「な、なかなかいい勘してるねソウタ君。ご名答だ。君の言う通り僕はユニークスキルを持っているんだ」
「やっぱりか……。というか随分あっさり認めんのな。……で? 何てスキルなんだ?」
「ふっふっふー。よくぞ聞いてくれたねソウタ君。僕のユニークスキルの名前は【マジック・イレイズ】。その効果はあらゆる魔法を無効化するというものさ。今まで何人もの魔法使いプレイヤーを相手にデュエルしてきたが、すべて僕が勝たせてもらったよ! しかも無傷でね! 恐れ入ったかい!? そう、人は僕を魔法使いキラーと呼―――――ブッ!!!」
ミツルがセリフを言い終わる直前に、ソウタの右ストレートがミツルの顔面に炸裂した。
ミツルは勢いよく後ろに吹っ飛んでゴロゴロと石ころのように地面を転がっていき、十メートル程先でようやく静止した。ミツルは顔を押さえながらよろよろと起き上がる。
「そ、ソウタ君! せっかくの決めゼリフの最中だったのに酷いじゃないか!! 舌を噛んじゃったよ!!」
「いやー、悪い悪い。あんまり隙だらけだったもんでつい……。それにいつでもかかって来いって言ってたじゃん」
「た、確かに言ったけど、今のはさすがにいつでもが過ぎるよソウタ君!! ……って、んん!? 僕のHPが三割近く減ってる!?」
ミツルは自身のHPバーを見てギョッとした。
魔法使いのプレイヤーが基本的にSTRの値が低いことはミツルも当然知っている。
だから、ノーガードの状態で殴られてしまったとはいえ、魔法使いの素手攻撃など多くても一割程度しかHPが減らないだろうと踏んでいたのだ。
予想の約三倍ものダメージ量にミツルは内心かなり動揺する。
「な、なかなか高い攻撃力を持ってるようだね。これは僕も本気で行く必要がありそうだ!」
そう言ってミツルはようやく真面目に剣を構えると、ソウタの方へ走りこんでくる。
射程圏内まで近づくと剣を大きく振り上げ、ソウタを斬り伏せるべく素早く真下に振り下ろした。
「よっと」
その攻撃をソウタは軽々と避ける。
あまりにさらりと攻撃を回避されミツルは少し目を見開いたが、すぐに次の攻撃へと移行し何度も斬りかかる。
だが、その連続攻撃もソウタは涼しい顔ですべてかわす。
「このっ! おのれっ! なぜっ! あたらっ! ないっ!?」
あまりに立て続けにかわされ続け、ミツルはどんどん冷静さを失っていく。自身の剣にそれなりの自信を抱いているミツルとしては、ここまで攻撃を見切られるなど完全に想定外だった。
しかしながら、焦っているミツルであるが、実はソウタの回避力が特別優れているから避けられているわけではない。攻撃が当たらない原因はミツル本人にあった。
ミツルは剣の速度も大した速さではなく、攻撃はすべて大振り。どうぞ避けてくださいと言わんばかりの攻撃を撃ち続けているのだ。
そんな攻撃がいくら来ようとも、ソウタとしてはくらう気がしなかった。
(こいつ……、めっちゃ弱い?)
小学生のチャンバラごっこの方がまだマシなレベルの剣技に、よくこんな実力でレベル12になれたなとソウタは逆に感心する。
「さてと、そろそろ避け続けるのも飽きたし、反撃させてもらうぞミツル!」
「――――ッ!!」
手始めにソウタはパンチを一発ミツルの下腹部に叩き込んだ。衝撃でミツルの身体がくの字に曲がる。
そして、すかさず無防備な顎にアッパーを決め、今度はがら空きになったみぞおちに再度拳を打ち込んだ。
一連の攻撃すべてがクリーンヒットしたミツルは、HPが残り一割を切る。
「くっ!」
ミツルは必死の形相で一度ソウタから距離を取った。ミツルの顔は焦りと不信感の混じった不思議な表情となっている。
「く、くそっ! どうして魔法を使わず殴ってばっか来るんだいソウタ君!! 君は魔法使いだろう!?」
「いやいや、魔法が効かないって言われて魔法を使うやつがどこにいるんだよ」
「はっ! そ、そうか! しまった! 何て高度な頭脳戦……! やるねえソウタ君!!」
(こいつ……、めっちゃバカ?)
何でこんな奴が自分の初デュエルの相手なのかと、ソウタは現実逃避したくなった。
強敵との壮絶なデュエルを繰り広げた末に勝利を勝ち取るというザ・主人公的な初戦を期待していたソウタとしては、こんな相手は全く納得できない。
もはややる気半減といったソウタはとっとと決着を着けてしまおうと、ミツルの方へ歩き出す。
「ま、とはいえ俺の場合、お前に魔法が効こうが効くまいが、元から魔法が使えないから関係ないんだけどな」
「……へ? 魔法が使えない? それってどういう……」
ソウタの言葉の意味がよく分からず、ミツルは目が点になったが、そんな様子など一切気にせずにソウタは拳を握り駆け出す。
「要するにお前のユニークスキルは、俺にとって最初から無意味って事だよ!!」
ミツルとの距離を十分に詰めたソウタは、スキル【破空拳】を発動。ミツルの腹部に思い切りブチかました。
ミツルは弾丸のような速度で後ろへ飛んでいき、民家の壁に激突するとそのまま地面に顔から崩れ落ちた。
HPは当然全損。こうしてデュエルはソウタの勝利で呆気なく幕を閉じた。
「デュエル初勝利おめでとうっ。まあソウタ君なら当然の結果よね」
デュエルが終わるや否や駆け寄って来たリーナがソウタに声をかける。
「あ、ああ……。ありがとう」
ノーダメージでの勝利というなかなかの快挙を達成したソウタだが、いまいち素直に喜べず、複雑な心境となっている。
(なんか昨日のリーナのデュエルと比べるとカッコよさが数段落ちるよなあ……。そりゃ勝てたのは嬉しいですけどねー。いや、でも、うーん………)
そんなことを考えながらミツルの方をチラリと見ると、スタンでもしているのかまだうつ伏せで倒れたまま動かないでいる。
もう決着はついたので今のうちにこの場を去ってしまうのが得策だなと、歩き出そうとした時だった。
右手がピクリと動いたかと思えば、ミツルはすぐさま地面から起き上がり、ドドドドと猛ダッシュでソウタの元へ走って来る。
まさかの場外乱闘勃発か!?とソウタは咄嗟に身構える。
ミツルはソウタの目の前までやって来るとそこでピタリと静止した。
「な、なんだよ? まだやるか?」
「いいや、今日のところは僕の負けさ。ただ、ソウタ君! たった今、僕は君をライバルと決めたよ!!」
「…………へ? ら、ライバル? 俺が? お前と?」
予想外過ぎるミツルの言葉にソウタは思わず聞き返した。
「そうとも! 今のデュエルバトルで確信したんだ! 君ほど僕のライバルにふさわしいプレイヤーはいないと!!」
意味不明なライバル宣言にソウタは目を白黒させる。
いきなりそんなことを言われても困るし、そもそもライバルというのは一般的に実力が拮抗しているものである。今のデュエルの結果からもソウタとミツルの実力差は歴然だ。ライバルというにはあまりにも無理があった。
「いやいや、勝手に確信されても困るし、どうせなら俺はもっと強いやつとライバルになりたいんだが……」
「ええー、いいじゃないかー。ツレないなーソウタくーん」
「どわあっ! 急にまとわりついてくるな! そういう趣味でもあんのかお前は!?」
急に抱きついてきたミツルを振り払おうとするソウタだが、ミツルは一向に離れようとせず、
「いいや、僕は普通に女の子が大好きだよ? でも、ソウタ君ならワンチャンありかも? なーんて」
「どわあああああ!! まさかの貞操の危機!? 放せえええ!!」
「まあまあそんなに狼狽えないで。半分は冗談だからさ」
「半分は本気じゃねーか!! リーナ、このアホを何とかしてくれ!!」
すがるような眼でソウタはリーナを見るが、リーナは困った笑いを浮かべる。
「え、そんなこと私に言われても……。でもさっきから見てると君たち二人って、結構いいコンビに見えるわよ?」
「ほうら! リーナさんもこう言ってるじゃないか! やっぱり僕らはライバルになるべくして今日出会ったに違いないよ!」
「おーい、リーナさーん。余計な一言で状況をややこしくしないでくださーい! ええいっ、とりあえず離れろ! とにかく俺たちはこれからクエストに行くんだ! これ以上お前にかまってられないっての!」
そう言ってソウタは強引にミツルを引き剥がした。
「おっとっと、そう言えばそうだったね。これ以上足止めするのは確かによくないね。とにかくだ、次は勝たせてもらうよ、我がライバルソウタ君! 覚えていたまえ!! そしてリーナさん! 勝った暁には僕とパーティを組んでくださいね!! では!!」
そう言い残してハッハッハーと高笑いしながらミツルは去っていった。
覚えていたまえと言われたものの、なんかもう一刻も早く忘れてしまいたいソウタである。
だが、ここまで強烈なキャラクターを忘れられるほどソウタの脳は器用ではない。何かの間違いで記憶喪失になったとしても、ミツルのことだけは覚えていてしまいそうな気さえする。それくらいインパクトのある存在だった。
「ハア……、なんかどっと疲れたな……。やっぱ今日はもう帰っていいかな?」
「何言ってるの。フォースブレードが私を待ってるわ。早く洞窟に向かうわよ。レッツゴー!」
「ですよねー」
気だるげな声を上げつつ、ソウタはリーナとともにクエストに向かうのだった。




