第16話 誕生日プレゼント
FLO内での食事は美味しい。それが十日程FLOで過ごしたソウタの素直な感想だった。
パン屋で売っているちょっとしたパンにしても、飲食街の料理店の料理にしてもとにかくどれも美味しいのだ。
これまで様々なVRMMOに触れてきたソウタだが、正直ゲーム内の食事というのはお世辞にも味が美味しいとは言えず、食感もいまいちなことが多かった。
ゲーム内で食事をとってから現実世界でご飯を食べると、コンビニ弁当すらも高級料亭の味に感じられたほどだ。
ソウタは舌が肥えている方ではないので自信はないが、この世界の料理と現実の料理との差異はないに等しいと個人的には感じている。
また、料理の種類の豊富さに関してもソウタの想像を遥かに超えていた。
以前に料理屋が立ち並ぶエリアを散策してみたところ、そこにはパン屋、カレー屋、パスタ屋、ラーメン屋、焼き鳥屋、おでん屋、中には中華料理店や普通の日本の定食屋のようなところまであり、もはや何でもありと言った様相を呈していたのだ。
ファンタジー風のゲームとしてはどうなの?とソウタは最初戸惑ったが、普通に米とかも食べられるのは日本人としてありがたいので、これはこれでありかなと今ではすっかり受け入れている。
そしてソウタは現在、NPCが営むお気に入りのカレー屋にて、リーナと一緒にカレーライスにありついている。
ここのカレーは味もコクがあってとても美味しく、具材も新鮮かつ豊富に入っており、食べ応え満点。さらには辛さも絶妙なスパイシーさであり、完璧と言って差し支えないカレーだ。
気持ち的には何杯でも食べたいくらいなのだが、ソウタは食がかなり細い方であり、一杯食べきるので精一杯だったりする。
食べ始めてからまだ五分と経っていないのに早くも満腹感に襲われ始めたソウタは、コップの水を定期的に飲みながらやたらとゆっくりカレーを食べ進める。
そんなソウタとは対照的に、リーナはまるで早食い大会に出場しているかのような凄まじいスピードで美味しそうにパクパクとカレーを頬張っていた。この短時間でもうほとんど皿にカレーが残っていない。
「何と言うか……、カレー、好きなんだな」
ソウタの言葉を聞き、コクリと小さく頷くリーナ。
「良かったらおかわりする?」
リーナはもう一度コクリと頷くと更にギアを上げ、残っていたカレーをヒョイヒョイッと口へ運び、あっという間に完食しておかわりを注文した。
そしてそのおかわりもペロリと平らげて、リーナは満足げな表情となる。
どうやら少しは元気が出て来たようでソウタはホッとしたが、まだ落ち込んではいるようだったので一つ提案をしてみた。
「あのさ、リーナ。星の髪飾りなんだけど、アクセサリー屋では売ってるわけだし、もしよかったら俺がお金貯めて買うよ? そもそも昨日俺が邪魔しなければ手に入ってたわけだしさ。そりゃ30000フィースは高いけど、たぶんあと一ヶ月くらい待ってくれればそれくらいは貯められると思うし」
ソウタの提案を聞き終えると、リーナは申し訳なさそうな顔となる。
「い、いいよ……、そこまでしてもらわなくても。さすがに悪いし、もう諦める」
「でも、欲しかったんだろ?」
「うん……。そりゃあ欲しかったよ。凄く思い入れもあったし……」
「思い入れ? あの髪飾りにか?」
「ううん、現実世界で付けてる方のヘアピンのこと」
「ああ、そういや言ってたな。凄い似てるんだっけ? それにどんな思い入れがあるんだ?」
こういうゲームではあまり現実世界のことを聞かないのがマナーだが、ソウタはつい気になって聞いてしまった。
「思い入れって言っても、誕生日プレゼントで貰ったってだけよ。私が五歳の時に亡くなったお母さんから」
「え……、亡くなった……」
突然の重い話にソウタは戸惑った。
軽々しく聞いていい話じゃない気がして話を止めようかと思ったソウタだが、なんとなくリーナが話したがっているような気がしたので、そのまま聞き続けることにした。
「うん。私、一月二十四日が誕生日なんだけど、私が五歳になったその日に亡くなったの。私の誕生日ケーキを取りに行く途中で事故にあっちゃったんだって。ただ、誕生日プレゼントのヘアピンは事前にお母さんが用意してたみたいで、葬儀が一段落してからお父さんから渡されたわ。それ以来、私はずっと現実世界でそのヘアピンを大事に身につけてたの。それを付けていれば、なんだかお母さんが一緒にいるような気がしたから。だから、そのヘアピンそっくりの星の髪飾りを手に入れて、このFLOの世界では身につけていたいかなって思ったの。ただ、それだけのことよ」
「……………………………………………」
「ご、ごめんね。なんか暗くなっちゃったね」
「い、いや、別にいいんだけど……」
ソウタは困惑していた。
まさかリーナがこんなにも大切な思いを持っているとは考えもしなかった。リーナはただのおしゃれ目的で髪飾りが欲しいのだと、勝手に思い込んでいた。
リーナは先ほど、もう髪飾りは諦めると自ら言った。
しかし、こんな話を聞いてしまった今、そう簡単に諦められるわけがないじゃないかと思えてくる。
やっぱり自分がお金を貯めて買うと言い出そうとしたソウタだったが、リーナはそれを察したかのように先に口を開いた。
「大丈夫よ、ソウタ君。もう髪飾りのことは忘れるから」
そう言ってリーナはニコッと笑った。
「だいたい命がかかったこの状況で、アクセサリーがどうとかなんて言ってる場合じゃないもの。そんな暇があったらもっとレベル上げて強くなったり、稼いだお金でもっと役に立つ装備を買ったりして、ゲームのクリアに貢献しなきゃだわ。さあ、切り替え切り替えっ」
言い終えるとリーナはコップの水をぐいと一口飲み込んだ。
その水と一緒に本当に言いたかった言葉を飲み込んでしまったようにソウタには感じられた。
「あ、そうだ。そう言えば途中になっちゃってたよね。君のユニークスキルについての話」
「あ……」
(そういやそんなこと聞かれてたな。すっかり忘れてた……)
「まあ人のスキルをあんまり詮索するのは良くないと思うから、言いたくなければ何も言わなくていいけどね。私ももう触れない」
ソウタは正直に言うかどうか少しばかり悩んだ。
だが、リーナの現実世界のことをつい聞いてしまったこともあったし、リーナなら誰かに言いふらしたりはしないだろうと思い話すことにした。
「いや、隠しててもしょうがないし言うよ。確かに俺はリーナと同じでユニークスキルを持ってる。【EXPフィーバー】っていうユニークスキルで、獲得経験値が五十倍になる効果があるんだ」
「ご、五十倍!? 凄い倍率ね……。でも、なるほどね。君のレベルの高さの正体はそれなのね」
「そういう事。さすがにこれが無かったらこんなふざけたレベルにはなってないよ。まさにユニークスキル様様だわ」
「それもそうだね。でも、それだけ強いってことは、ソウタ君っていずれはボス攻略とかに参加するの?」
「ボス攻略か……」
そう呟き、ソウタは顔を少し上げ天井を見上げた。
現時点でファース島のボスがいるメインダンジョンはまだ発見されていない。
ファース島はFLOの島の中でもトップクラスの面積を誇るようであり、その広さを利用してメインダンジョンの他にも何十もの様々なサブダンジョンが用意されている。
その広さとダンジョンの数が邪魔をして、なかなか探索が進んでいないのだ。
一応島の北西エリアに怪しいポイントがいくつか見つかっているそうだが、あくまで怪しい止まりで全くの見当違いかもしれないという話である。
とにかく今は島の攻略に積極的なプレイヤーたちが、その辺りを中心に血眼になって探索している状態だ。
そんな殺伐とした雰囲気が苦手で、今までそのエリアには基本的に近づいてこなかったソウタであったが、メインダンジョン攻略やボス攻略に関しては乗り気である。
規格外のユニークスキルを手に入れたことで最強クラスの実力者となっているソウタとしては、正直何があってもボス攻略には参戦したかった。
FLOを心の底から楽しみたいと願っているこのゲーマー少年が、FLOをやるうえで欠かせないビッグイベントの第一弾である初のメインボス攻略をスルーするなどあり得ない。
だからソウタは当然のように答える。
「……するよ。参加する。せっかくこんな面白いゲームをやる機会を得たんだ。参加しなきゃ損だろ? そんでボス戦ではラストアタックを見事に俺が決めて、ラストアタックボーナスゲット!ってのが理想だ。つーか、そういうリーナはどうするつもりなんだ?」
「私も参加してみるつもりだよ。私、VRMMOって全然興味なかったんだけど、正直このゲームにすっかりハマっちゃってる自分がいるのよね。だからボス攻略も参加して、目一杯FLOを楽しみたいかなって」
ソウタ好みのリーナの返答にソウタは笑顔となり、
「おお、そりゃよかった。リーナがいれば心強さが違うわ。こりゃボス攻略は成功したも同然かな」
「それは言い過ぎ。でも、ソウタ君もいるならあながち言い過ぎじゃないかもね。ボス攻略では頼りにしてるわね」
「おう、まかせとけい」
ソウタは右手で胸をドンと叩いた。そして少し間を開けてリーナが口を開く、
「……ねえ、私たち明日からどうしよっか?」
「明日からというと?」
「パーティのことよ。アクセルウルフ討伐のクエストはもう終わっちゃったし、もう君と私がパーティを組む理由はないと言えばないじゃない? だからどうしようかなって」
「あ……」
そう言われてリーナとのパーティは一時的に組むという約束だったことをソウタは思い出した。
パーティを組んだ最大の理由であるクエストが終了してしまった今、リーナの言う通りもうパーティを組んでいる必要はない。ここでパーティを解消して、ソロプレイヤー生活に戻っても何の問題もないのだ。
成り行きで組んだ即席パーティだったが、いざパーティ解消が頭によぎるとソウタの中にどこか名残惜しい気持ちが生まれる。
どうしようかと思慮していると、
「まあ私はソウタ君が嫌じゃなければ、もう少しパーティ組んでたいかなって思うけどね」
ソウタが思っていたことをリーナに先に言われてしまった。ソウタはブンブンと首を振り、
「まさかまさか、嫌なわけないって。俺もまだパーティ続けたいって思ってたぞ」
「そ、そう。良かった。じゃあ、明日からもよろしくね、ソウタ君」
「おう、こちらこそよろしく」




