第15話 マナとミナ
「ちくちょおおおおおお!!」
敗北の悔しさから地面を割れんばかりに何度も叩くジル。
リーナはそんな姿には目もくれず、メニューを開いて取り戻した装備品の確認をする。
「あり得ねえ……! この俺が負けるなんてあっちゃいけねえ!! ちくしょう!! このままじゃ気が収まらん!! おいそこの魔法使いの小僧! お前が俺と勝負しろ!!」
「お、俺!?」
「そうだ! もうノーレートでも構わねえ! とにかく勝負しやがれ!!」
「ま、まあいいけど……」
突然のご指名に驚きつつも了承するソウタ。
実際のところ、今のリーナの戦いを見てデュエルバトルをしたい衝動に駆られていたので、内心嬉しかったりする。
「よおし! じゃあさっきと同じオールゲージで申請を送るぞ小僧」
「ああ」
ジルがウィンドウを操作し、デュエルの申請をソウタに送る。するとソウタとジルの目の前にメッセージが現れた。
『マッチング不可。レベル差制限により、デュエルを行うことが出来ません』
「はあっ!? なんだこりゃ!?」
真っ先に声を上げたのはジルだ。ソウタもメッセージの意味が理解できず、首を傾げる。
(なんだこれ? さっきFLO大全読んだときにデュエルのページにこんなこと書いてあったか? さらっと読んだだけだし、見逃したのか?)
ソウタとジルが困惑していると、異変に気付いたリーナがこちらを見た。
「あー、デュエルのレベル差制限か。これはまたレアな事が起きたわね」
「おい、一体どういうことだこれは。分かってるなら説明しろ女!」
「レベル差制限っていうのは、デュエルを行うプレイヤー同士のレベル差が倍以上ついてる時にデュエルバトルが行えなくなる制限のことよ。レベルがあまりにも離れてると勝負しても無駄だってことでそういう仕様になってるみたい。滅多に起こることじゃないみたいだから、まさか目の前で見られるなんてびっくりね」
「な、何だとおおー!? じゃあ俺とこの小僧は戦う事すら許されねえってのか!? おい小僧! ちなみにレベルはいくつだ!!」
「え、22だけど……」
「に、22!? 俺より12も上だと……! なんだそのふざけたレベルは!? くそがあああ!! こんな屈辱は初めてだ!! 覚えてろよ!! 絶対ただじゃ済まさねえからな!!」
そう捨て台詞を吐いて、ジルは仲間を連れて逃げるように去っていった。
せっかくデュエルバトルが行えると張り切っていたソウタは、肩透かしを食らった気がして意気消沈した。
レベル差制限がかからないプレイヤーをそのうち見つけたいなーと切に願っていると、
「あ、あの! お二人とも凄くお強いんですね! 私、びっくりしました!」
ポニーテールの魔法使い少女がソウタたちの近くまでやって来て、目を輝かせながらそう言った。
「私もです! 何だか憧れちゃいます!」
おさげの魔法使い少女も同じく目をキラキラさせている。
まさかこんなにも褒められるとは思っていなかったので、ソウタもリーナも顔が少し赤くなる。
二人してもじもじとしていると、ポニーテールの女の子が口を開く。
「あの……、私マナって言います。こっちは妹のミナ。よかったらお二人の名前を教えてもらってもいいですか?」
「名前? ええ、良いわよ。私はリーナよ」
「俺はソウタだ。よろしくな」
「リーナさんにソウタさんですね。よろしくお願いします!」
「よろしくお願いします!」
マナがぺこりとお辞儀をし、それに続いてミナもお辞儀する。
「てか二人は姉妹だったのか。言われてみれば確かに顔とか似てるけども」
「そうです。姉妹揃ってFLOに来ちゃいました。エへへ……」
照れ笑いをしながらマナはそう言った。
ということは姉妹揃ってあの怪しいメールを開いてYESボタンを押したということになる。普通兄弟や姉妹というのは片方がおっちょこちょいでもう片方がしっかり者といったイメージがあるが、この姉妹は例外らしい。
全く人のことは言えないのだが、ソウタはこの姉妹の危機管理能力がいささか心配になった。
「ソウタさん、リーナさん。ぜひ近いうちに助けてもらったお礼をしたいので、フレンド登録しませんか?」
そう提案してきたのはマナだ。その横でミナもうんうんと頷く。
それを聞いてリーナは照れくさそうに首を振る。
「い、いいのよお礼なんて。ね、ソウタ君」
「あ、ああ。別にお礼されたくて助けたわけじゃないしな。まあフレンド登録をするのは全然オッケーだけど」
「いえ、お礼はさせてください! そうしないと私たちの気が収まりません!!」
鬼気迫る感じでそう言ってくるマナ。意見を曲げる全く気はなさそうである。その姿を見てリーナはしょうがないなあという顔をし、
「うん、分かった。マナたちのお礼、もらうことにする。あんまり遠慮しすぎてもそれはそれでよくないしね」
「やったあ! じゃあ早速フレンド登録しましょう!」
ソウタたちはメニューを開き、マナたちとフレンド登録を済ませた。
「あ、そうだ。二人に装備品返さなくちゃね。今送るからちょっと待ってね」
そう言ってリーナがウィンドウを操作し始めると、ミナがハッと何かを思いついた顔をした。
「お姉ちゃん、ソウタさんたちにお礼として二つのリングをあげたらどうかな?」
それを聞いたマナも同様にハッとした顔となり、
「それはいい考えね! ナイスだわミナ! ソウタさん、リーナさん。ぜひそのリングをお礼に貰っちゃってください!」
「え……、でも苦労して手に入れた物なんだろ……? それを貰っちゃっていいのか?」
「そうよ。こんないいものじゃなくたって私たちは全然かまわないよ?」
さすがにソウタもリーナも遠慮せざるを得なかったが、二人の少女は真っすぐな目でソウタたちを見て、
「いえ、私たちの今の感謝の気持ちの大きさを表すには、これぐらいのものをあげないと気が済みません!」
「そうです! ぜひ貰ってください!」
「ど、どうするソウタ君……?」
困り果ててソウタの方を見るリーナ。ソウタはしばし逡巡し、
「ま、まあここまで言ってくれてるんだし、ここはありがたく貰っとこうぜ? いい装備みたいだしありがたい話だよ」
「そ、そうねえ……。じ、じゃあ貰っちゃおうかな」
「はいっ! どうぞお役に立ててください!」
リーナの返答にマナとミナは太陽のような笑顔になり、非常に喜んでいるのが見て取れる。
「では、私たちはここらで失礼します。今日は本当にありがとうございました!」
「ありがとうございました!」
二人してそうお礼を述べてマナとミナは去っていった。
「いやー、良い子たちだったなあ……。助けになれてよかったぜ」
「ホントにね。あ、二人から貰った装備どうしよっか? ソウタ君はどっちの装備が欲しい?」
「うーん、そうだな……。まあリーナはSTRが高い方が色々と捗るだろうから、ストレングスリングはリーナが貰ってくれ。俺はラックリングでいいよ」
「いいの? ソウタ君だってSTRが高くなった方が嬉しいんじゃないの?」
「まあそりゃ嬉しいけど、LUKが高くなるのも十分嬉しいよ。こういうゲームのLUKってどの職業でも上昇の幅が一緒なんだよ。だからこういう装備でLUKを上げるのはかなり大事なんだ。それに運がよくなったら何かいいことが今後ありそうだしな」
「LUKってそういう運じゃない気もするけど……。もしかしてソウタ君って朝の星座占いとか信じるタイプ?」
「……え、違う違う。俺は占いなんて非科学的なもの信じてないぞ。そういうのは信じないけど、なんか気分的に上がるじゃんこういうの。星座占いも一位だとなんとなく気分良く一日過ごせるみたいな?」
「ふーん」
それはそれで信じてるんじゃないのかなと思ったリーナだが、口にすると話が長くなりそうだったので胸の奥にしまった。
「さて、もう夕方だしそろそろ街に戻ろうぜ。そんで…………ん?」
ソウタはふと記憶に引っ掛かりを覚えた。チリチリと脳が嫌な音を立てる。
「なあリーナ、俺たち何か忘れてる気がしないか?」
「忘れてること? 何かあったっけ……? ……………………ああー!! クエスト!!」
「それだああああ!!」
二人は絶叫した。争いを収めるのに夢中でクエストのことを気持ちいいくらい忘れていた。
「じ、時間は!? ソウタ君、今は何時!?」
「え、えーっと、今は……十七時二十五分だ。確かクエストを開始したのが十一時十分だったから……。あちゃー、クエスト失敗だなこりゃ。時間切れだ」
「そ、そんなあ……」
「ま、まあ気にすんなよ。明日また挑戦しようぜ。俺もちゃんと付き合うからさ」
「う、うん……。そうだね、ありがと。じゃあ明日……って、あれ? ちょっと待って」
リーナは何かに気付いたようにメニューウィンドウを操作し始める。どうやら開催中のクエストリストを見ているようだ。
「ああー!!」
「ど、どうしたんだよ……、そんな大声出して……」
「今日までだった……」
「へ?」
「クエストの開催期間……、今日までだった……」
「何ぃ!?」
「う、嘘でしょおおお……」
リーナはあまりのことにプシューッと音を立てて地面にへたり込み、空気の抜けきった浮き輪のようになった。
「り、リーナ? 大丈夫か?」
「………………………………………………………」
返事がない。ただの屍のようだ。
(い、いかん! HPはほぼ満タンなのに精神がお亡くなりになっている! 何とか元気づけなければ!)
「そ、そんなに落ち込むなって! そうだ! もういい時間だし、夜ご飯食べに行こう! 美味いメシでも食べれば元気出るさ! なんなら俺、奢るよ?」
「……………………」
「り、リーナさん……?」
「……カレーライス」
「……え?」
「……カレーライス、……食べたい」
消え入りそうな声でリーナはそうリクエストする。
「お、おう! カレーだな、まかせろ! NPCがやってるカレー屋で美味いとこを知ってる! そこに行こう!」
「……うん、……行く」
ソウタはテンションがご臨終したリーナを連れ、始まりの街のカレー屋へと向かうのだった。




