第12話 クエスト開始
クエストを成し遂げるべく東の森エリアにやって来たソウタとリーナ。二人は現在アクセルウルフの群れと絶賛交戦中だ。
「【飛斬剣】!!」
リーナの放った鋭い斬撃が空気を震わせ飛んでいき、アクセルウルフの身体を斬り裂いた。
【飛斬剣】。斬撃を飛ばし、離れた場所にいる敵や飛んでいる敵を倒すのに効果的な剣スキルの一つだ。対象へ当てるのに少々コツがいるスキルだが、リーナは難なく使いこなす。
斬撃を受けた衝撃でアクセルウルフは一時的に動けなくなり、リーナはその隙に距離を一気につめると、追い打ちに一閃。アクセルウルフを討ち取った。
すると仲間がやられた敵討ちだと言わんばかりに、近くにいたアクセルウルフ三匹が同時にリーナ目がけて飛び掛かった。
だが、彼女は慌てる素振りなど一切見せずに剣を横に構え直す。
「【螺旋剣】!!」
右足を軸にその場で高速で回転し、三匹のアクセルウルフをなんなく薙ぎ払った。
(か、カッケェ……)
そんな姿を見てソウタは戦いの最中にもかかわらず、リーナの剣技に完全に見惚れていた。
通常攻撃とスキル攻撃を状況により巧みに使い分け、テンポよくアクセルウルフを狩っていくリーナの姿は圧巻の一言だった。こんなにかっこいいことが出来るなら職業に剣士を選べばよかったとソウタは少し後悔する。
ソウタの攻撃は基本的に素手で殴るだけだ。【瞬速拳】やこの間覚えた【破空拳】などのスキル技もあるが、正直剣スキルと比べるとかなり地味である。
本来なら魔法をバンバン使って、リーナにいいところを見せられたんだろうなと落ち込みつつ、ソウタはひたすらに拳を振るう。
そんな内心落ち込み気味のソウタの戦闘を横目に見て、リーナは唖然としていた。
(何なの……、あの強さ……!!)
ソウタの攻撃手段はただの素手。しかも職業が魔法使いのため、STRの値は大して高くないはずだ。それなのに目の前にいるあの少年は、いとも簡単にアクセルウルフを殴り倒していく。
もちろんそれなりには実力のあるプレイヤーとは予想していた。
だが、ソウタの強さはその予想の遥か上をいっており、リーナにはソウタがチートキャラか何かにすら見えていた。そのくらいソウタのプレイングは無茶苦茶だった。
その後五分ほど戦い続け、アクセルウルフの群れを全滅させると、リーナはソウタに素直な感想を漏らした。
「驚いた……。君、凄い強さだね……」
「え。そ、そうか? そりゃどうも」
「まったく、何なのかしらもう。見た目はあまり強そうに見えないのに」
「もしもしリーナさん? 最後の一言は今からでもカットしとこうか」
「あ、ごめんごめん。つい本音が……」
「本音ではあるのね……」
若干へこんだソウタだったが、確かに自分の体格はひょろっとしている方なので、否定できないのが少し悲しかった。
「ねえ、こんなこと聞くのはマナー違反かもだけど、ソウタ君ってレベルはいくつなの? 相当高いんじゃない?」
「ん? ああ、今はレベル22だな」
「に、22!? それって私のちょうど倍じゃない! 一体何なの君!?」
「いや、何なのって言われても……」
「一体どれだけレベル上げを頑張ればそんなに上がるんだか……」
リーナは驚愕と呆れが混ざったような表情となった。
ソウタはリーナにユニークスキルのことを話していない。そのため、ソウタが廃人のごとくレベル上げをしていると勘違いしたようだ。
ソウタは一瞬、ユニークスキルを持っていることを話してしまおうかと思ったが、口に出す寸前のところで思いとどまった。
ゲームでこういったレアなスキルを持っていることがばれると、嫉妬してくるプレイヤーも中にはいる。もちろんリーナがそんな人間だとは思っていないが、ひとまず隠しておくに越したことはないだろう。
そして、これ以上何か掘り下げられないように話題を変える。
「まあ俺のことは置いといて、リーナも相当強いと思うけどな。VRMMOは結構やってたのか?」
「うーん……、まあちょっとだけ友達に進められてやったことはあるけど、ほとんどやったことないかなー。私ゲームは好きだけど、みんながやるような普通のゲームくらいしかやらないし」
「マジかー」
それであの強さかよとソウタは素直に驚く。
VRMMOにおけるプレイヤーの実力というのは、現実での運動能力と高い相関があると言われている。とはいえ運動音痴でも、多くの時間プレイして経験を積めば、上位プレイヤーとして君臨することは十分可能である。
リーナはVRMMOの経験がほとんどないという事なので、その経験のなさを高い運動能力でカバーしているようだ。
どちらかと言うと運動が苦手で、多くのVRMMOに触れてきた経験で実力をカバーしているソウタとしては、羨ましい限りだった。
「ちなみにどんなゲームやるんだ?」
「うーん、やっぱり任地堂のアクションゲームとかかな」
「任地堂か。じゃあハイパーラリオとか好きなの?」
「まあそうね。ただ、アクションなら私は月のマービィの方が好きかな。キャラも可愛いし」
「うわあ……。マービィとかマジで懐かしいな……。俺、初めて買ってもらったゲームだわ」
「本当!? 面白いわよねー、マービィ」
「ああ、特にスーパーデラックスは名作だと思うね」
「私も同感! あれは正真正銘の神ゲーね」
そんな感じでゲーム談議に花を咲かせていると、グーとソウタのお腹が鳴った。
「あ……」
ソウタは咄嗟にお腹を押さえた。顔が少し紅潮するのを感じる。人前でお腹が鳴るというのはどうしてこうも恥ずかしいのだろう。
「何? ソウタ君お腹すいてるの?」
「ま、まあな」
FLOの世界では、ゲームとはいえプレイヤーは空腹になる。
一食抜くくらいなら特に問題はないが、あまり抜きすぎるとステータスが何割かダウンするので、食事はしっかりととることがプレイヤーの間では鉄則となっている。
ちなみに一週間何も食べないと餓死する設定があるらしいが、餓死したプレイヤーはさすがにまだ出ていない。
「あ、もう十三時過ぎてるんだね。討伐数もさっきの戦いで三十匹超えていいペースだし、一旦お昼にしよっか」
「やったー、ぜひそうしよう。正直お腹と背中がくっつきそうだったんだ。でも、こんなところでか? モンスターが襲ってきたらまずくないか?」
「大丈夫よ。ちょっと待ってね」
リーナはそう言うとメニューを操作し始め、アイテムボックスを開いた。
その中にあった何かのアイテムをタップすると、リーナの右手に水色のペンが一本現れる。
リーナはそのペンで自分とソウタを囲むように地面に円を描き出し、慣れた手付きでさらりと円を描き終えると、その場に座りご飯の準備をし始める。
訳が分からずソウタは目を丸くする。
「え、えーっと……。リーナ、この円は何だ?」
「……え? 何ってレストサークルだけど……」
「レストサークル?」
まったく聞いたことのない単語にソウタは小首を傾げる。
「ええっ!? ちょっとソウタ君、レストサークル知らないってどういうこと? もしかしてFLO大全読んでないの!?」
「あー……、そういやあんまり読んでないな」
不真面目なソウタは、リーナの予想通りFLO大全を全体の数%しか読んでいなかった。
読まなければと思ってはいたものの、その時間があったら狩りをしたいという欲求にかられて読まずに今日まで過ごしてしまったのだ。
「まあ、レストサークル知らないってことは読んでないに決まってるか……。もう、しょうがないなあ」
やれやれといった表情を見せつつ、リーナは説明を始めた。
「いい? レストサークルっていうのは今描いたこの円のことで、この中にいるとモンスターから気付かれなくなるし、攻撃もくらわなくなるの。あと、他のプレイヤーからの攻撃もくらわなくなるわね。だから、今みたいにモンスターのいるフィールドだったりダンジョンだったりで少し休む時や、クリアに何日もかかる長いダンジョンとかで一晩安全に睡眠をとる時に使うの。まあダンジョンだと使えないエリアもあるみたいだけど」
「へ、へえー」
全く知らない情報だった。
FLOのフィールドには安全ポイントは特にないので、ソウタは今まで昼になるとわざわざ一旦街へ戻ってご飯を食べていた。
それが面倒になって、一度パンを事前に買ってきてモンスターを警戒しながら昼食をとったことがあったが、全然ゆっくり味わえなかったのでそれっきりやっていない。
今までの苦労は何だったのかと、ソウタは青い息を吐いた。
「じゃあそのマジックペンは?」
「これ? これはレストマジックっていって、レストサークルを描くためのマジックペンよ。ケースで売られてて、一ケースにつき一ダース入りで十二種類の色があるの。今の相場だと300フィースくらいで買えるんじゃないかな」
「おお、結構お手頃価格だな」
「あと、レストサークルは描いたら八時間で消えちゃうから、夜とかに長い睡眠をとるときはアラームをかけるのを忘れないこと。そうしないと寝過ごしてサークルが消えちゃって、起きたらモンスターにやられて脱落してたなんてことになりかねないしね」
「た、確かに……」
そんな間抜けな脱落はごめんなので、そういった際には絶対アラームをセットしようと思うソウタだった。
「持ってないなら私余分に持ってるし、一ケース上げるわ、はい」
リーナはソウタのアイテムボックスにレストマジックを送信した。
「悪いな、助かるよ。あ、そうだ。リーナさ、強化素材の剣力石欲しくないか? 俺、二十個くらい持ってるんだけど、良かったらお返しってことで」
「えっ、いいの?」
「ああ、遠慮なく貰ってくれ。剣士じゃない俺には必要ないし」
ソウタはいろいろな雑魚モンスターを狩る過程で、多くの強化素材アイテムを入手していた。
しかし、せっかく手に入れた剣力石やら槍力石、斧力石などの様々な武器強化素材も素手のソウタにとっては宝の持ち腐れ。特に剣力石を一番多く所有しており、正直早くどうにかしたかったのだ。
「そういうことなら貰っちゃおうかな。ちょうど剣の強化がしたいと思ってたし」
「そりゃ丁度よかった。はいよ」
ソウタはリーナのアイテムボックスに剣力石を送信した。
「ありがと」
「どういたしまして。いやー、それにしてもいろいろ勉強になったなあ」
「ソウタ君、初めてやるゲームなんだし、ちゃんと必要な情報は持ってないとこれから大変だと思うよ? ご飯食べたら、少しFLO大全を読んだ方がいいんじゃない?」
「そうだな。いい機会だし読んでみるわ」
その後、よく考えたら食事を持ってきてなかったソウタは、リーナに貰った卵サンドとベーコンレタスサンドをペロリと平らげると、FLO大全をいくらか読んでみた。
たくさんの豆知識が書いており、その中でもソウタはアイテムやお金等を賭けて1on1で行うことができるデュエルバトルの存在やPKをした場合のペナルティについての欄が印象に残った。
まだまだ全然読み切れていなかったが、リーナに「そろそろ続きに行きましょう」と言われたので、ソウタたちは午後の狩りを開始するのだった。




