第11話 白
日付は変わって本日は一月十二日。
目を覚ましたソウタはベッドの上で青ざめていた。
メニューウィンドウでたった今確認した時刻は午前十時四十五分。そして、昨日リーナと約束した集合時刻は午前十時。
ソウタは冷静に現状を分析し、ポツリと呟く。
「これはあれだな……、寝坊というやつだな」
昨晩、どこか浮かれていたソウタは、メニュー内にあるアラーム機能のセットを忘れて眠りについてしまい、それが現在の状況を引き起こしたのである。
昨夜の自分を殴りたくなりながらも、ソウタはとりあえず今起床したことをリーナにメッセージしようと、フレンドリストを開く。
「Oh……」
そこにはリーナからのメッセージが三十件ほど溜まっていた。
(あー、これはリーナさんブチ切れてますわー)
内容を確認すべく恐怖に震える手で一件目のメッセージを開いてみると、予想通りお怒りの文章がつらつらと書かれていた。
とりあえず一件一件読んでいってみたが、あとのメッセージに行くにつれて怒りのボルテージが分かりやすく上昇していたので、ソウタは五件目で読むのをやめ、『ごめん。今起きた』とリーナにメッセージを飛ばした。
すると息つく間もなく返信が返って来る。
『三分間待ってやる』
どこかの眼鏡をかけた大佐の姿が思い浮かびつつ、ソウタは『善処します』と返信し、すぐさま部屋を飛び出した。
しかしながら、ソウタが現在寝床にしている宿『涼月』は、始まりの街東通りのかなり奥に位置している。測ったことはないが、待ち合わせ場所の中央広場噴水までは距離にして二キロ以上あると思われる。
正直言って、三分で行くなど到底不可能である。
だが、善処しますと返信してしまった以上、ここは全力を尽くさなければならないだろう。男には出来ないと分かっていても、やらなければならないときがある。それがきっと今なのだ。(んなわけない)
そんなご大層な事を考えながら、ソウタはアキレス腱が切れんばかりに全力疾走した。
結果として三分で着くことはもちろん出来なかったが、百メートル走の日本新記録が出たんじゃないかという快速の走りを見せ、噴水へと到着した。
そこではリーナが腕を組みながら、プンスコという擬音が聞こえてきそうな膨れっ面で待っていた。
「おそーい!」
「すみません、ホントすみません」
いくら頑張って可能な限り早く着いたとはいえ、遅刻は遅刻。ソウタはペコペコと頭を下げ謝る。昨日から謝りっぱなしでなんだか情けなくなってくる。
「ま、まあかなり急いで来てくれたみたいだし、今回は不問にします。けど次からは気を付けること。さて、じゃあ今日こそ絶対クエストクリアして報酬をゲットするわよ」
「なんかやる気十分だなー。そう言えば聞いてなかったけど、クエストの報酬って何なんだ? レアな装備とか?」
「うーん、レアかどうかは分からないけど、装備と言えば装備かな。アクセサリーの一種だし」
「アクセサリー?」
「そう。星の髪飾りっていう名前のアクセサリー。そしてこれが画像」
そう言ってリーナはウィンドウを開き、ソウタに星の髪飾りの画像を見せた。
その星の髪飾りというアクセサリーは、大小二つの星がついたヘアピンのようなものだった。現実世界で女の子が身につけていそうなおしゃれグッズといった印象をソウタは受けた。
「……で? これは装備するとどういう効果があるんだ?」
「効果? 特にないけど」
「な、ない? 装備するとDEFの値が上がるとか、何かの状態異常を防ぐとか、そういうのじゃないのか?」
「うん」
「え……、じゃあなんでこんなものが欲しいんだ?」
ソウタは純粋な疑問をリーナにぶつけた。
リーナはこの星の髪飾りをどうしても手に入れたそうにしている。それなのに装備しても何の効果もないなんて、実用性がなさすぎると思ったからだ。
「……似てたのよ」
「似てた?」
「私が現実世界で身につけてるお気に入りのヘアピンとそっくりだったのよ、この髪飾りが。だからどうしても手に入れたいの。それだけ……」
「ふーん」
つまりリーナはおしゃれアクセサリーとして星の髪飾りが欲しいわけで、実用性など二の次なのだとソウタは解釈した。女の子ってやっぱりおしゃれが好きなんだなとソウタはつくづく感心する。
しかし、それと同時にある疑問が浮かび、ソウタはリーナにさらに質問する。
「あれ? でも確かこの街ってアクセサリー屋がなかったっけ? わざわざクエストなんか受けなくてもそこに売ってるんじゃないか?」
「うん、確かに売ってたわ。だって元々そこで見つけたものだしね」
「なんだ、じゃあそこで買えば……」
「30000フィース」
「……へ? 何が?」
「星の髪飾りの値段よ」
「はあっ!? 何だそりゃ!? いくら何でも高過ぎだろ!!」
ソウタはその値段に度肝を抜かれた。
ソウタは全プレイヤーの中でも、モンスター狩りを結構熱心にやっている方だ。
そんなソウタでさえ、今の所持金は約6000フィースといったところだ。30000フィースなんて大金は、現時点で所持しているプレイヤーは皆無なんじゃないかとさえ思う。
ぼったくりを疑いたくなるとんでもない高額設定である。
「だからこのクエストで手に入れたいのよ。とてもじゃないけど30000フィースなんて稼げないもん」
「た、確かに……。こりゃ何としてでもクエストクリアしないとだな」
「うん。じゃあ、早速クエスト申請に行きましょう。こっちに申請書への近道があるから、私に付いて来……きゃあっ!」
ソウタを先導するべく歩き出したリーナだったが、この辺の地面は舗装が中途半端な部分が多くてところどころに出っ張りがあるため、それに見事に躓いてバランスを崩し、ドシンと尻餅をついてしまった。
「いたたた……」
「おいおい大丈……、――――ッ!!!」
意外とドジなところもあるんだなと思いつつ、手を差し出そうとしたソウタだったが、急に言葉を止め静止画と化した。
なぜなら転んだ際にリーナのスカートがいい感じにめくれてしまっており、下着が露になっていたからだ。
とても可愛らしいデザインの白のショーツ。
それをバッチリと視認してしまったソウタは目のやり場に困り、目が海中のマグロ並みの勢いで泳ぐ。
「ちょっとソウタ君、何を固まって…………って、きゃあっ!!」
リーナはようやく自分のスカートがめくれていることに気が付き、バッと両手で押さえ下着を隠した。その顔がみるみる真っ赤になっていく。
そして、ソウタの方を恥ずかしそうに見て、
「……み、見た?」
「え、えーっと……」
どう答えるのが正解なのか非常に難しい質問をされ、ソウタは困惑した。
正直に見たと言っても怒られそうだし、見てないと言っても嘘だと信じてもらえずに怒られそうである。
(さあ、どうするソウタ。この選択肢を間違えるときっと尾を引くぞ。考えろ。丸く収まる答えを導き出すんだ。いや待て、悠長に考えてる時間なんてないぞ。すぐに答えないとそれは見たと言うようなもの。ええい、ここはイチかバチかだ!)
「いや、み、見てないよ。ほ、ほら、いきなり転んだもんだから俺もびっくりしてさ、そんなとこ見る余裕なんてなかったなー。はっはっはー」
ソウタは見てない方の選択肢を選んだ。
動揺から若干どもってしまったのは予定外だが、その言葉にリーナはホッとしたような顔になる。
「ほ、ほんと? ほんとにほんと?」
念のために再確認をしてくるリーナ。
しかし、何度聞かれようとも容疑者ソウタの供述は変わらない。
「ああ、本当だとも。男に二言はないぜ!」
調子に乗って踏ん反り返りながらそう宣言するソウタ。
そのソウタの自信ありげな様子に、リーナは安堵し立ち上がる。
「そう……、良かった。あ、ところで私の好きな色って何色だと思う?」
「え? す、好きな色? 何だろう。白……かな?」
「やっぱり見てるじゃないのよバカーーーー!!」
「し、しまったあああああああ!!」
何というトラップ。こんなものに引っかかるソウタもソウタだが、そこまでして事実確認を徹底するリーナもリーナである。
「ご、ごめん! 角度的に丁度見えちゃったんだよ! 嘘ついて悪かった! で、でもほら、結構可愛い下着だったぞ? 俺は好きだよそういう下着……って、あれ?」
動揺のあまり気でも触れたのか、下着を誉め出すという奇行を始めたソウタは、その余計な発言でリーナがさらに顔を赤らめたのに気付く。
「もうっ! ソウタ君のバカバカバカーーーーーーーー!!」
恥ずかしさが頂点に達したリーナは、ソウタの胸のあたりをポカポカポカと叩くのだった。
結局その後、クエスト申請を終えて街を出るまで、ソウタは一言も口をきいてもらえなかった。
そして、今度何かの間違いでこういうことがまたあった際は、質問には正直に答え、余計なことは一切言わないようにしようと心に誓ったのだった。




