最後の苦難
ドアが開くや否や、透は一目散に駆け出した。
電車が止まったのは六弦駅だ。この駅から出発したはずなのに、ここで停車するのはおかしいのだが、今の透にはそんな事はどうでもよかった。
鬼のような形相で駅舎に突っ込んできた透にびっくりしたのか、駅員のおばあさんが化粧気のない顔でこちらを凝視してきたが、透は知らん顔をする。薄い文庫本を読む老人の脇を抜け、透は男子トイレへと滑り込んだ。
それからの事は、詳しく描写するまでもない。自分を苛んでいた問題から解放された透は、体が軽くなったような、晴れ晴れとした心地になっていた。事実、内臓をいじめていたものから解き放たれ、心も体も軽やかになっていたのだ。
やっと人心地がついた透は、頬を緩めてトイレットペーパーホルダーに手を伸ばした。
だが、透に降りかかった苦難は、まだ終わっていなかったのだ。紙を掴むはずの手が、虚しく空を切る。透は嫌な予感を覚えて、ホルダーを凝視した。
そこにあったのは、トイレットペーパーを使い終わった後に出る、茶色の芯だけだった。周囲を見ても、予備のトイレットペーパーはない。
浮かんだはずの笑みは、たちまちの内に溶け去った。透は救いを求めるように天を仰ぐ。何故か天井に、『トイレは綺麗に使いましょう』と書かれた紙が貼ってあるのが目に入った。
選択肢はなかった。透はそこに向かって、ゆっくりと手を伸ばした。