電車を止めて!
透がやっと反応をしたのが嬉しかったのか、女の子はもっと口角を上げて、ニィと笑った。
「当列車は終日運行いたしております。どの駅にも止まりません。あらかじめ、ご了承ください」
まるで車掌のアナウンスのような口調。透は、一瞬腹の痛みも忘れる程に驚いた。頭に靄がかかったように物事を正常に認識できなくなっていた透だったが、今の言葉の意味するところは、何故かはっきりと理解できたのだ。
「何で、そんな……」
束の間、パニックに陥りかけた透だったが、にわかに下校中に聞いた言葉を思い出す。
――『ムゲンさん』に会うと、同じ所をぐるぐる回る止まらない電車に乗せられて、『ムゲンさん』の世界に連れていかれちゃうんだよね。
(まさか、この人が……!?)
透は衝撃を受けて、目の前の女の子をまじまじと見つめた。やたらと長い髪に体温を感じさせない肌。なるほど、確かに生きた人間とは違う存在のように見える。
透は、そんな存在と隣り合って座っている事に恐怖を覚えた。しかし、そんな恐れは、更なる腹痛が降り注いだ事によって、たちまちの内に霧消した。お化けなど、自分が置かれている状況に比べればどうという事もないのだと脳が判断してしまったのである。
透は、ますますひどくなる腹痛に耐えながら、『ムゲンさん』の肩をがっしりと掴んで、細身の体をガクガクと揺さぶった。
「電車、止めて、早く……!」
「と、当列車は終日運行……」
こんな事をされたのは初めてだったのか、『ムゲンさん』の声が少し乱れた。透は泣き叫ぶ。
「トイレ! 間に合わないから! 早く!」
透は体を前後左右に捩じりながら、自分の窮地を必死で訴えた。それと同じ方向に『ムゲンさん』の体が揺れ、前髪の隙間から巨大な目が零れ出る。『ムゲンさん』は、ガラス玉のようなその目を大きく見開いた。
「で、電車は清潔にご使用いただくよう、お願いいたします!」
「俺だって協力したいよ! でもこの電車、トイレないじゃん!」
もはや透は、怪奇現象にもお化けにも構っていられない程にピンチだった。便意は全てに優先されるのだ。
「早く……!」
透は、腹痛がピークに達した事を己が内臓で感じる。顔面蒼白の透を見て何かを悟ったのか、『ムゲンさん』は悲鳴のように叫んだ。
「れ、列車が緊急停止いたします! ご注意ください!」
キイイィという耳が痛くなるような金属音が聞こえ、ガクンという揺れと共に、電車は止まった。