求めるもの
(ヤ、ヤバい……!)
透は自分の体に起きた異変を察知して、青ざめた。これは、悠長に電車に揺られている場合ではない痛み方だ。早くしないと手遅れになる。
内臓が捩じれるような感覚に冷や汗を流して、透は電車から飛び降りようとした。
しかし、無情にも扉は閉まっていた。車体が動き出す中、透は悲鳴を上げそうになりながら、電車のトイレに向かった。
透の目の前の席には、いつの間に移動したのか、先程のロングヘアーの女の子が座っている。だが、今の透はそんな事に気を配っている余裕はなかった。何せ、一刻も早くトイレに辿り着かなければ、惨劇が起きてしまうのだ。
しかし、透は忘れていたのだった。これは、田舎のローカル線を走る電車。その車内に、トイレなどついているはずがない。車両の連結部分に着いた透はその事に気が付いて、愕然となった。
それでも、ここで諦める訳にはいかない。前傾姿勢になりながら、透は次の連結部分に向かった。何故か次の車両にもあの女の子が乗っていて、先程まで透がいた車両には誰もいなくなっていたが、風のように疾走する透には、そんな怪奇現象は目に入っていなかった。
次の連結部分にも、やはりトイレはなかった。目が回りそうになりつつも、次々に車両を巡っていく。だが、結果はどこも同じだ。ついに最後尾まで来てしまった透は絶望した。
(は、早く止まれ……)
もはや透にできるのは、電車が一秒でも早く次の駅に着くように祈る事だけだ。よたよたとシートに体を預けると、スキージャンプの選手のように体を折り曲げて、腹と直腸に力を込めた。
(止まれ、止まれ、止まって……!)
呪詛のような繰り言を頭の中で述べる。脂汗をだらだらと流して俯いていた透には、ロングヘアーの女の子が、自分の隣の席に移ってきた事に気が付かなかった。
「ようこそ、私の世界へ」
女の子が透に話しかけてきた。しかし、透はそれを無視した。と言うよりも、聞こえていなかったのだ。今の透は、全神経を腹部に集中させるので精一杯だった。
だが、続いて聞こえてきたけたたましい笑い声には、流石に反応せざるを得なかった。
「えっ、何……?」
透が掠れた声で尋ねると、女の子は引きつけでも起こしたかのような笑いをやめ、首を傾けて透を見た。口の端を吊り上げながら繰り返す。
「ようこそ、私の世界へ」
女の子の声は、今度はきちんと透の耳に届いた。だが、腹痛に全ての意識を持っていかれてしまっている透には、彼女の言葉の意味があまり理解できなかった。
二人の間に気まずい沈黙が落ちる。女の子は、何かリアクションが欲しそうにこちらを見たままだ。何となく気の毒になって、透は足を少し宙に浮かせて下肢に力を入れながら、愛想笑いを浮かべた。
「電車、止まりませんね……」
かろうじて唇から言葉が漏れてくる。時計を見る余裕なんてなかった透は、体感でそう思っただけだった。嫌な時ほど時間が経つのが遅く感じるという現象だろうか、と判断したのである。
だが、実はこの電車は、本来なら五分くらいで次の駅につくはずが、もう二十分以上も走りっぱなしだったのだ。