黒髪ロングの彼女
(ああ、疲れた……)
湊介と別れてから数時間後。小島教諭にたっぷりと油を搾られた透は、重い足を引きずりながら帰路についていた。
夕焼けを背負った透は目頭を揉みながら、六弦駅の駅舎に入っていった。どうやら、小島教諭の容赦のない説教と頭の光り具合に、精神だけでなく目までやられてしまったようなのだ。
六弦駅は自動改札機すらない程の、時代に取り残されてしまったみたいに古い駅だ。透は、いつものように駅舎の待合室でスポーツ新聞を読んでいる老人の傍を通り過ぎ、化粧の濃い駅員のおばあさんに元気よく挨拶して、ホームに足を踏み入れた。
腹の辺りに違和感を覚えたのは、その直後だった。
(トイレ……行きたいな……)
わずかに腹痛を感じて、透はそわそわした。だが、ホームに隣接した駅舎に戻ろうとしたところで時計を見た透は、それを思いとどまる。電車が来るまでもう時間がない。ここは田舎の駅なので、良くても一時間に二本ほどしか電車は走っていなかった。これを逃すと、次の電車は三十分後だ。
(車座駅のトイレでいいか……)
自分が降りる駅まで我慢しようと思い、透は白線の近くで電車が来るのを待った。腹部をさすりながら痛みを誤魔化していると、誰かがすっと横に並んでくる。
(うわ、凄い髪……)
何気なく隣を見た透は、瞠目してしまった。腿くらいまであるロングヘアーの女の子が立っていたのだ。真っ先に、お風呂上りに乾かすのが大変そう、と思ってしまうくらいの毛量である。
顔の上半分も前髪が覆っており、顔立ちは見えなかった。目のくりっとした美人だといいな、と透は思った。透は、ロングヘアーの目が大きい女性が好きだったのだ。
女の子は夏にぴったりの涼しげな白いワンピースを着ていた。そのせいなのか、彼女の周りだけ冷蔵庫を開けた時のような、不可解な冷気が漂っていた。しかし、どこか能天気なところのある透は、これがクールビズの効果か、と思っただけで、あまり気にしていなかった。
透が見つめているのに気が付いたのか、女の子がこちらを見た。表情は髪に隠れて分からなかったが、その唇が弧を描き、ニタァというねっとりした音が聞こえてきそうな笑みをかたどる。
どこか人に緊張を感じさせるような笑い方。しかし、透は別の意味でドキドキしていた。
(えっ、何これ? もしかして、脈あり!?)
そうでなければ、見ず知らずの男に笑いかけてくるなんてあり得ないだろう。透は有頂天になった。
「電車が参ります。ご注意ください」
少し声を掛けてみようかな、なんて考えた矢先、無機質なアナウンスがホームに響いた。水を差されたように感じた透は、何となく鼻白んだ気分になって、電車に乗り込む。もし彼女ができたら、湊介に自慢してやろうと思っていたのに。
だが、そんな浮ついた気分もそこまでだった。電車に乗った瞬間に、腹部を刺すような痛みが襲ったのだ。