出立、戦い
「アンタ…急ぎじゃなかったのかい?」
早朝、パンを頬張るアマネにルイーズは呆れ顔をする。
昨晩突然依頼を出した様子から急いでいると思ったのであろう、目の前で咀嚼をする少女にただ呆然とするルイーズ。
「いえ、ここについたばかりで土地勘もないですし、そんな時に腕利きがいたら普通雇いません?」
パンを飲み込みさも当然と言うようにアマネは答える。
「あー、やめとけやめとけ、コイツにそーいう常識とか求めるのはナンセンスだから。いてぇ!やめろ!」
茶々を入れたオロールが床に叩きつけられ、ルイーズは頭を振った。深い溜め息を盛大に吐き出した後、地図を机に広げ、打ち合わせを始めるようだ。
「街を南に進むと森林地帯に出る。その森林真ん中位に谷があるんだが、その谷の中程にあるのが今回の目的地だ。」
しかし森林地帯にたどり着くまで、森に入ってからも谷に行くまで、魔獣がウヨウヨしているとの注釈をつける。
「お前らの移動手段はバイクだっけか、森の中じゃ使えねぇが馬でも同じだしそっからは徒歩ってことでいいな。ところでバイクってアタシも乗れるのか?」
前のめりに聞いてくるルイーズにアマネは大丈夫ですよと快諾する。馬に合わせてバイクで走るのは効率が悪く、共に馬に乗るのも時間がかかると判断してのことだろう。
その後進行ルートを決め、二人と一丁は森に向けバイクを走らせる。
「これがバイクかー!初めて乗ったけどさすがに速いじゃないか!これな…ンガッ!!」
「もー、だからちゃんと捕まってて下さいって言ったじゃないですか。下噛み切って死んじゃいますよ。」
日差しが照りつける荒野を粉塵を巻き上げ進むバイク。そのシートの上で身を乗り出そうとして舌を噛んだルイーズをアマネは窘める。
「いやーすまない!アタシ発掘暦長いけど動いてるバイクってのは初めてでさ!しかもこれ魔石で動くように改造してあるんだろ?学問的にも実用性でも金額にしたらヤバい代物じゃないのか?」
一般的に遺跡発掘物の中には稼働するであろうとされている物がある。主に乗り物や稼働しなくなった守護者等がそれに該当する。稀に燃料等が残されていて動かせるというケースもあるが、非常に希なケースだ。
「改造はしてないですよ。オロールが魔石を動力に変換してくれているんです。だからオロールがいないと動かせすらしないから、他の遺跡発掘物と大して変わらないですね。まぁ確かに状態はいいのですけど…!」
アマネがバイクを止め目を凝らした。既にルイーズは折り畳み式の大剣を展開しバイクを降りている。
「アマネ、アンタ中々いい目をしてるね。」
鋭い眼差しを向けた先は荒れた大地にある突起。荒野にポツンと見せる尖塔の如き異物。それは岩と見間違え近付いた者を食らう嘴だ。
「砂噛み…ですかね?」
「惜しい、ここは砂漠じゃないから土噛みって言われてる。」
鳥の嘴を持ったワーム、大地を噛み砕き移動する魔獣。最大で10メートルにも達する巨大な虫の存在が二人の行く手を阻んだ。土噛みの特徴は砂噛みと変わらない。獲物を待ち受ける怠惰な性質とーー
「来るぞ!」
獲物が立ち止まると即座に襲いかかる獰猛さ。狙った獲物を追い続ける執念深さ。それ故に発掘員からは厄介な魔獣とされている。
大地を割りながら進む速度は速く、遭遇したら戦うという選択肢しかなくなってしまう。
「オロール!」
「近接戦闘は無しでお願いします!」
「時と場合による!」
「そんな!!」
オロールの悲痛な叫びを一蹴しアマネは動き始めた砂噛みに銃口を向ける。
「四番シリンダー!出力40%ショットシェル!」
砂噛みが地中を進む進行方向に黄色い魔法の弾が広がる。地中でそれは具象化。散らばったら数だけ岩の防波堤となり、砂噛みがそこに激突し地面から飛びだした。
「便利だねぇ…!そらよっ!」
即座に合わせてルイーズが跳び、大剣を振るい叩き落とす。
「ぬ、嘴に当たったか!」
鉛色の衝突音と共に地面に叩きつけられた砂噛みはのたうち周り再び地面に潜ろうとするが、アマネはそれをさせない。
「一番シリンダー!出力60%スラグ!」
シリンダーを回しオロールに指示をだし、オロールもそれに応える。赤い軌跡が土噛みの身体を貫き地面に突き刺さる。
「ヤバ、抜けちゃった!」
放たれた魔法は突き抜けた先の地表で具象化し荒れ地を焦がすのみ。怒り狂った土噛みがアマネに向かって突進していく。
「チッ、待ちな!」
ルイーズは追いかけるべく魔力を足に込めるが魔法として具象化するには僅かに時間と距離が足りない。
「三番シリンダー!突撃槍!」
「イヤだって言ったじゃん!」
「時と場合によるって言ったよ!」
オロールの銃身を風の魔力が包み不可視の槍を形成する。同時に土噛みが嘴を広げアマネに飛びかかるが、跳躍によってそれを回避する。
「とりゃーーー!!」
「イヤァアア!!」
掛け声と悲鳴が同時に響き、不可視の槍は土噛みの嘴と頭の継ぎ目に深々と突き刺さった。くぐもった悲鳴はオロールのものであろうか、土噛みのものであろうか定かではない。
「解放!」
アマネがトリガーを引き絞ると突き刺さされた銃身から爆風が生じ、土噛みの頭部を弾き飛ばした。
凄まじい勢いで緑色の粘性の高い血液が辺りに撒き散らされ、アマネ、ルイーズ、オロールの三名は皆一様に粘液塗れになっている。
「よしっ!!」
アマネは勝利を意味するだろうガッツポーズをとっている。
オロールが天と地に汚い罵り言葉を吐き出すのと、ルイーズのキョトンとした顔が怒りに変わるまでそう時間はかからなかった。