ルイーズ
「何か、アタシ達じゃない声が聞こえたような…?」
「そうですよ、ねえ?」
「そんなことより!私の依頼は受けてくれますか!」
訝しむ二人に強引に話題を戻すアマネにハッと我に返ったようにラミーが問い掛ける。
「確かに発掘員が依頼を出すことは可能ですけれども、報酬はどうするんですか?確かに冒険者業と比べれば割安ですけれども、それでも最低でもCランクは必要な依頼になりますし、Sランクのルイーズさんを雇うとなると結構高額になっちゃいますよー?」
依頼を出すからには報酬が必要で、依頼の難易度や雇う発掘員によってその報酬は上下する。国家から研究の為に派遣される学者はともかく、個人で依頼を出すのは希な事柄だ。
アティクシュはその実績でそれなりの財を成したのと、他の調査したいという学者達との共同出資によってキャラバンを形成するほどの人数を集めたのだ。
「お金は!前金で50ゴールド払います!成功報酬でもう50ゴールド!これでどうですか!足りなければ魔獣の素材なら出せますよ!」
逡巡無くそう言うとアマネはテーブルに金貨の入った袋と魔獣の鱗を出した。
「金額としては相場の倍、か。アタシはいいよ、ただ成功報酬は50ゴールドじゃなくてそのファイアリザードの鱗にして頂戴。」
「あわわ、個人間で契約しないで下さいー!ちゃんとギルドを通してー!っていうかよくそんなお金ありますねー!?」
「冒険者業でコツコツ貯めてましたからね!」
そんなやり取りを交わし、アマネは未踏遺跡を目指すことになった。出発は明朝、それまでに準備を整えるということだ。
「ところで、アマネって言ったっけ?宿は取ってるのかい?」
ギルドを出て早々にルイーズはアマネに訪ねる。
「いえ、それが、まだなんですよね。」
街について真っ直ぐギルドに向かったアマネは宿を取っていなかった。少し困った顔をしてみせる。
「じゃあウチに来な。打ち合わせもそこでしちまえば明日朝からやる必要もないだろ。」
またも逡巡なくアマネは答える。実は今から探すの面倒だなって野営を考えていたという言葉と快諾の返事を。
魔力街灯に照らされた道を歩きながら軽い会話をする。
「なんでそんな骨董品みたいな武器を使ってるんだ?」
ルイーズが指を指したのはオロールだ。
銃は遥か昔に廃れた武器の一つだ。かつて火薬の力で金属の銃弾を打ち出していた武器は今ではその優位性が全くない。弱点が多すぎるからだ。
魔獣の皮膚を傷つけるのには威力が足りず、護身用にしても魔獣を素材にした防具には無力。加えて防具を避けても魔力を持つ人間相手では精々怪我をさせる程度である。加害範囲も点であり魔力を通した剣で攻撃する方が余程手っ取り早い。更に言えば銃弾の持ち運びやその音の大きさに至るまで弱点だらけの武器と呼ばれて久しい。遠距離から攻撃するのであれば魔法の方が効果的であり、相手を迅速に打倒するのであれば近接武器に魔力を通す方がいいのだ。
それに対するアマネの回答は嘘混じりのシンプルな答えだった。
「これはまぁ古臭い銃に見えますけれども、えーと、杖、杖なんですよ。魔法を撃ち出す為の杖みたいなもんです。」
「魔銃?聞いたことがないが、弾ではなく魔法を撃ち出すと?それ杖じゃダメなのか?古くさいし不便だろ」
思ったことは言う性質なのだろう、ルイーズは矢継ぎ早に質問を重ねる。同じ様なやりとりを続けていると
「うるせー!古臭いだの不便だの好き勝手言いやがって!!お前は銃の気持ちが分からない人間なのか?ああ!?」
突如響いた怒声にルイーズは目を丸くし、アマネは冷たい視線を手に持った銃に向ける。
あっ、と短い声が聞こえた刹那、アマネは振りかぶり銃床を地面に叩きつけ怒声は悲鳴へと変わったのだった。
「まぁ正直嘘は苦手ですし。」
ルイーズの部屋についた第一声だ。アマネは自分が魔力を持たないこと、オロールが魂を持った銃であることを告げた。
それを受けたルイーズは神妙な顔を見せることなく笑い、自分の推察を語る
「へぇ、じゃあオロールは機人ってことなのかい?魔力波形登録はオロールの波形でパスしたって感じか。」
「半分正解?だと思います。」
歯切れの悪いアマネの返事にもルイーズの態度は変わらない。
「まぁ、だろうな。人型じゃない機人なんて聞いたこともない。普通魂が宿れば人型になるもんな。むしろアタシとしちゃー気になるのはアマネの方だよ。魔力が一切ないってのはどういうことだい?」
レザーベストを外し、丈の短いタンクトップ姿に着替えたルイーズは神妙な顔つきになり、本来彼女が訪ねたかったであろう質問を投げかける。
魔力とは魂から出でるエネルギー、生命力とも言える。かつて物質界と精霊界が交わった時に全ての生命体はその存在を知覚したと言われている。にも関わらず魔力が一切無いアマネの存在はルイーズにとって身体を持たない機人よりも気になることなのだろう。
「気がついたらっていうのも違いますかね。最初は私自身魔力のコントロールが苦手なだけって考えていたんです。でもある日魔力の絶対量だけ知りたいなって検査を受けたことがあるんです。」
結果は0、魔力測定器の針はピクリとも動くことはなく、次に検査した人間は正常に測定出来ており測定器の故障でもなかったとアマネは語る。
「最初は周りから出来損ないとか色々言われたりしたんですけど、幸い身体は頑丈なので肉体魔法で黙らせてやったんですけどね。」
同情の顔をみせようとしたルイーズは拳を突き出したアマネを見て再び笑いだす。
「そうさね、人にそれぞれ色んなもんがあるだろうからね。明日は早いよ!さっさと寝ちまおう!」
そう言うとベッドに潜り明かりを消したルイーズに、アマネの影を落とした表情は見えることは無かっただろう。