ナダルとの対面
「サリー、よく似合うよ。」
「旦那様、こんなに素敵なドレスで行くのですか?街のレストランですよね?」
「ああ、〝エルルケーニヒ″。街の歌劇場近くにある、僕自慢のレストランだ。」
「ふふ、旦那様楽しそう。それに、とても素敵です。」
今日はいよいよナダル様に会う日です。旦那様もご一緒に。
ただ、ナダル様とお茶をするだけだと言うのに、旦那様は何を企んでいらっしゃるのでしょう?こんなに楽しそうな旦那様を見たのは初めてです。
ちなみに今日の私の装いは、黒のビロードを基調としたドレスです。
金の刺繍と胸元の赤い薔薇が、ドレスを着た私をとてもドラマチックに演出してくれてます。
同じく黒地に金の刺繍の装いの旦那様ですが、白シャツとボルドーのベストを合わせてとても上品な雰囲気に仕上がっています。
「もうそろそろかな。行こう。」
そう言って、旦那様が私をエスコートしてくれて、ゆっくりとレストランへ向かいます。約束の時間はもう過ぎてましたが。
レストラン〝エルルケーニヒ″には、ナダル様が先にみえてたようで、何やら揉めていました。
「だから!窓際の席が空いてるだろ!そこに変えろと言ってるんだ!」
「いえ、ドーベル公爵様の御予約された席はこちらですので。」
「僕が窓際が良いと言ってるんだ!それに公爵様だって、窓際の眺めの良い席が良いに決まってる!」
ああ、ナダル様、なんと見苦しい。
旦那様に嫌な思いをさせたのでは、と心配になって隣を見ますと、
なんと、旦那様が楽しそうに笑ってらっしゃいました。
「ナダル君、君の席はここだ!来なさい!」
旦那様の大きな声を初めて聞きました。
ナダル様がこちらにやって来ました。
私をチラッと見ると、舌打ちをし、まるで何事もなかったかのように旦那様へ挨拶をし、先程の件について話しだしました。
「公爵様も、本当は窓際の方が良いと思いましてね‥‥。」
なんと!なんと無礼な男なのでしょう、ナダル!旦那様に対して先程から失礼にも程があります!あんな騒ぎを起こして謝罪もせずに!
「ナダル!いいかげんにしなさい!公爵様に対し、失礼です。」
「サリー!お前!」
また、なんて事!旦那様の前で私を呼び捨てにするなんて!本当になんて憎たらしいの!
「ナダル君。彼女は公爵夫人だ。僕の妻だ。これ以上の侮辱はやめて欲しい。さあ、席に着こう。」
旦那様はとても冷静でした。そして口もとには謎めいた笑みが溢れていました。
ナダルも諦めたのか、大人しく席に着きました。
‥‥ナダルがこの席を嫌がる訳を私は知っています。
このレストランの真ん中で、周りの席よりも一段高くなっている床の為、この席はとても目立つのです。
それに、レストランの席は、窓際のテーブルを一つ残して満席の状態です。
今日のお客様は皆さん何故かドレスアップされていて豪華な装いでしたし、その中でドレスアップしていないナダル一人だけが安っぽく浮いていました。
ナダルがあまり目立たない窓際の席へ行きたがるのも納得です。
それに、私を馬鹿にしたい思惑と旦那様に取り入りたい思惑が外れて、バツが悪そうです。
「公爵様、僕は妻の体調が悪いので、これで失礼させて頂きます。」
そう言って、ナダルは席を立ちました。
すると、ナダルの後ろの席の男性が、いきなりナダルを殴りつけました。
「何が妻だ!ジョアンとお前は離婚だ!」
なんと、オズワルド商会会長でした。ジョアンのお父様です。
「これは、娘と孫の分だ!」
そう言って、ナダルをもう一発殴りました。
床に倒れて口から血を流し、出口へ向かおうとするナダルを止めるのは、案内係をしていた若い男性でした。
「お客様。お席へどうぞ。今日はフルコースをご用意しています。」
「‥‥!」
「お久しぶりです、ナダル様。あなたのおかげで借金を返すどころか家と家族まで失ってしまった、哀れな男です。私を覚えてらっしゃいますか?
安心して下さい。優しいドーベル公爵様の計らいで、こうして今はこのレストランで働かせて貰ってますから。さぁ、お席へどうぞ。」
案内係の男性は、乱暴にナダルを私達の席へ座らせると、一礼して去って行きました。
旦那様の合図で、レストランの隅にあるピアノの演奏が始まりました。
「さあ、まずは食前酒を。」




