ジョアンside
父の商会で帳簿の記入を教わっていた時、私はナダル様と出会いました。
今までも遠くで拝見したことはありましたが、近くで見るとドキドキするような色気がありました。
それに比べて私はぽっちゃりしてるし野暮ったいし、何だかナダル様に対し気遅れしてしまいました。
ナダル様は、そんな私の事を魅力的だと褒めてくれました。お世辞と分かっていても、やはり嬉しいものです。
それから私は、ナダル様の商会で、ナダル様や彼のご両親から帳簿の記入や、商品の発注などを学ぶようになりました。
いつしかナダル様と男女の仲にもなりました。何度か関係を持つうちに、ナダル様のお屋敷で一緒に住むようになりました。
一緒に住んでから分かったのですが、夜になると時々ナダル様は出かけて行きます。
時には朝帰りになる事もありました。
お客様には、貴族のご婦人も多くいます。
まぁ、ある程度の事なら見て見ぬ振りをしようと思い、彼の言動に何も口出ししませんでした。
それにしても、、最近私の味覚がおかしいのです。香草の類いを口にすると吐いてしまいます。かと思うと、甘いものが無性に食べたくなったりしました。
私の体は一体どうなってしまったのでしょう。
心配になってお医者様に見ていただくと、なんと私のお腹には赤ちゃんが宿っていました。
嬉しさで涙が溢れました。
赤ちゃん!私の赤ちゃん!
なんて幸せなの!
私はこの時の幸せな気持ちを一生忘れないでしょう。
教会で見た天使の祝福画のように、私もこの世界中から祝福されているかのような幸福感に酔いしれていました。
なのに!なのに!
何故私は今絶望の最中にいるのでしょう。
出産後の私は、一日中授乳とオムツ替えで毎日寝不足でした。それでも家事とナダルの商会の帳簿や従業員の給料の計算などをこなしていました。
なのに、なぜナダルに抱かれる事を拒んだから、というだけで叩かれなきゃいけないのでしょう!
私のナダルへの愛は消えました。前からあった不信感もあってか、ナダルへの未練はこれっぽっちもありません。
あまりにもあっけなく消えたナダルへの愛。私に憎しみも悲しみすらも産み出してはくれませんでした。
今心に浮かぶのは、可愛い我が子と大好きな両親の顔のみです。
そう、私の大切な家族。彼らを守るためにもナダルとは別れるべきだと思いました。
そんな事を考えながら、赤ちゃんをあやして屋敷内をあちこち歩いていると、ナダルの両親の部屋からヒソヒソ話が聞こえてきました。
はしたない行為ですが、少しきき耳をたててみました。
「あなた、ナダルってば最近ちょっとやり過ぎじゃない?」
「俺たちのやり方を見て育った息子だ。多少は悪どい所もあるだろうよ。
まあ、俺たちはその息子の荒稼ぎしたお金をくすねて、国外へ移住して悠々自適の老後生活を送ろうっていうんだから、何も言わないがな。」
「ナダルが捕まる前に、商会を閉めてすぐにでも家を出ましょうよ。嫌な予感がするわ。」
「まぁ、そんなに慌てるな。あいつらにも話をつけてある。なんとかなるさ。」
「あいつらって、あの子達ですか?あの子達も高い商品を強引に売り捌いては、居場所を転々としてると聞きましたよ。」
「あいつらは、ナダルと違って用心深いからヘマをして、捕まる事はない。それに、俺たちにも仕事を手伝って欲しいらしい。毎回現地で従業員を確保するのは大変なんだろうな。」
‥‥なんて事でしょう。彼らはナダルの親なのに、我が子が悪い事をしても叱る事もしない。挙句には、ナダルが捕まったら逃げる?
なんて両親なんでしょう!この親にしてあのナダルありです。
それに、両親の話してたあいつ達とは、ナダルに追い出された二人の兄です。
彼らも相当な悪徳商人のようです。
私はすぐに部屋へ戻り荷物をまとめると、ナダルが帰ってくる前に実家へ帰りました。
私のお父様に、全てを話してナダルとの離婚に協力してもらおうと思いました。
実家へ帰ると、お父様は何処かへ出かけるところでした。
「お父様、どちらへ?」
「ジョアン、その荷物はどうしたんだい!?」
お互いに簡単に事情を説明し合いました。
私はナダルと別れたくて実家へ逃げて来た事を。お父様はドーベル公爵家へ呼ばれたので、今から向かう事を。
ドーベル公爵といえば、ナダルの婚約者だったサリー様の旦那様です。きっとナダル関連の事で呼ばれたのだと直感しました。
「お父様!お父様に見せようと思って持ってきた物があるのですが‥‥良ければ そのまま公爵様に渡して下さい!ナダルの家の事や、ナダルの関わったご婦人達の事を書いてあります。」
「分かった。ジョアン‥‥辛い思いをさせて本当にすまない。」
私は、ハッとして赤く腫れていた頬を手で押さえました。お父様は、私が誰に叩かれたのかを勿論ご存知なのでしょう。
「私なら大丈夫です。もう吹っ切れました。それにこの子を失う事以外に怖い事なんて何もないですから!」
「ああ、行ってくる。帰ったらナダルとの離婚手続きを進めよう。」
そう言って、お父様は名残惜しそうに何度も私を振り返りながら、公爵邸へと向かいました。
お父様、心配かけてごめんなさい。でも、私はナダルと離婚して娘とお父様達と平和に暮らしたいのです。




