ドーベル公爵side
「はぁーっ。嫌な気分だ。」
おもむろにデスクの引き出しを開け、そこから少しくたびれたハンカチを取り出した。
そのハンカチの香りを堪能し、昂ぶった心を落ち着かせてみた。
これは、サリーが僕の疲れが溜まった時にとプレゼントしてくれたハンカチだ。隅にはさりげなくラベンダーの花束が刺繍されていた。
確かにこのラベンダーの香りを嗅いでいると、体の余分な力が抜けるような気がした。
本当にサリーは、僕には勿体ないくらい良い妻だと思う。
サリーと会ったのは、いつだっただろう?
もともとサリーの父親のモアド伯爵とは旧知の間柄で、サリーの話は良く聞いていた。
慎ましくて賢くて自慢の娘だと、会うたびに僕に自慢をしてくるモアド伯爵は、とても幸せそうに見えた。
「公爵が独身で、うちがもっと身分が高ければ、公爵にならうちの娘をやれるのに。。」
「ハハハ、まぁ身分はさほど気にはしない。
だが、僕には愛してやまないメノワがいるからね。」
「ええ、公爵夫人はとても素晴らしい女性だと思います。美しくて慎ましくて賢くて、本当にお似合いのお二人です。すみません。まだ娘の婚約者も決められない、哀れな男の戯言だと思って聞き逃して下さい。」
「サリー嬢はまだ婚約者がいないのかい?」
「はい。うちには跡継ぎもいますし、サリーには親の決めた婚約者を無理に押しつけたくないと思ってしまうのです。」
「モアド伯爵のお眼鏡にかなうぐらいの男なら、サリー嬢もきっと気に入るはずだと思うが?」
「……公爵様のように素晴らしい男性が、なかなか見つからないのです。」
「…まぁ、まだサリー嬢は若い。これから沢山の出会いもあるだろうし。そんなに深刻にならなくても、きっとどこかで誰かに見初められて婚約できるだろうよ。」
「だと良いですが‥‥。公爵様はどなたか良い方をご存知ないですか?」
「分かった。考えとくよ。」
そんなやり取りを伯爵としてから、何日か後に、偶然伯爵の邸でサリー嬢を見てしまった。
庭園で庭師と何か話しているようだ。侍女の手振りを見ると、どうやら部屋に飾るための花を選んで切って貰っているようだ。
確かに控えめな雰囲気だが、美しい令嬢だった。それにどこか僕の妻を彷彿とさせた。なぜか目が離せずに、しばらくそこに立ち尽くしていた。
「これは、、伯爵の親心が僕にもうつってしまったかな。」
そう思うと、伯爵の気持ちもわからないでもない気がした。
それからしばらくして、僕の妻のメノワが亡くなった。もともと身体の弱い女性だったが、まさかこんなに早く亡くなるなんて、、
僕はメノワを本当に愛していた。勿論メノワも僕を愛してくれていた。
メノワは最後まで僕の心配をしてくれていた。
「私が死んだら、早く良い方を迎えて下さいね。決して私のあとなど追わないで下さいね。今までありがとうございました。」
メノワの最後の言葉だった。
僕はメノワには、もっともっとやってあげたい事があったし、もっともっと愛してると伝えたかった。
病弱な自分を少し卑下してるメノワに、もっともっと自信を持って欲しかった。
僕にこんなに愛されているのだと。
そんな鬱々とした気持ちで過ごしてたある日、サリーの婚約の事を伯爵から聞いた。
幸せな報告とは裏腹に、どこか不安げな伯爵を見て、妻を亡くした僕に遠慮してるのかな、と解釈した。
それから後の夜会で、あの慎ましやかなサリーが、露出の多い服を着て、男性の目線を集めて満足気にしているのを見た時、あの時の伯爵の表情の意味が理解できた。
彼女は婚約者によって変わってしまったのだ。外見を美しく見せることへの彼女の強い執念が隠れ見えた。そしてどこか狂気じみたものも感じた。
ここで僕はようやく目が覚めた。
妻の死にいつまでも落ち込んでる場合ではない。
今度は彼女を救わなくては!
そう思った僕の心は、果たして親心からだけであったのかどうか、
その時の僕にはまだ分からなかった。




