第五十五話 運搬作業
「ありゃりゃ、有名人が一人増えちゃった」
山風さんのセリフを聞いた東山は「何の話なのよ?」とでも言いたげな表情をしている。俺とは違い東山は元からそこそこの有名人だ。
「優様、東山様も。わざわざありがとうございます。お二人とも午後はお忙しいのに」
「初日公演なんだから労いの言葉くらい一言言わせてくれてもいいだろ? 可憐は頑張ったんだからさ」
初日公演の終了後、俺と東山は可憐の楽屋に来ていた。
「はい! ですが、まだ学園祭は始まったばかりですので、これからも気は抜けませんわよ」
「そうだな。でもほんとに良かったよ。俺あんまり演奏の良し悪しとかって分からないけど、可憐がめちゃくちゃ練習したってのは伝わってきたからさ」
「……いえ。そんな。それほどでも……」
また、可憐の顔が熱を帯びてくる。
あちゃ、褒めすぎるとまた赤面させてしまう。沸騰する前に火は止めておこう。後は二人きりの時に――。
ん?
ふと気づくと、東山と山風さんがジト目でこちらを凝視していた。
「はぇ~~。流石アツアツカップル」
「イタイタカップルの間違いでは? 少しは人目を気にすることはできないのかしら」
「あはははは。東山さん毒舌っ!!」
「これくらい普通ですわ」
なぜか意気投合していた。
東山の仲間が増えるのはよろしくないので、俺はその流れを断ち切る。
「まぁ、でも東山も良かったって言ってただろ?」
「指摘するところくらいいくらでもありますが、まぁ全体を通して見ればおおむね『良かった』ということです。誤解を招くような言い方は控えてください」
「いやでも、さっきハンカチで涙を拭いてたろ」
こいつはひょっとしたら、映画とか、演劇とか、そういうので結構感動しやすいタイプなのかもしれない。いや、この前読書もするとか言ってたな。また変な東山の一面を知ってしまった。
「っ?! そこまで言うのなら私のハンカチを確認します? 濡れてなどいませんわ?」
「いいって。ちょっとくらい認めろよ……」
俺が呆れていると、山風さんは、
「ほんと?! すっごくうれしい。東山さんにそんなこと言ってもらえるなんて。可憐もそうでしょ?」
目を輝かせていた。
「か、勘違いしないでください。舞台構成や演出やセリフが良かったと申しているだけです。あなたの芝居が良かったとはい、言っていませんわ!! 良いものは良い、悪いものは悪い、ただそれだけです!」
慌てたように言い直す東山。そもそも、感想を言いたいがためにわざわざ俺と一緒に可憐の楽屋を訪れるくらいなのだから可憐のクラスのステージは相当の出来だったということだ。意地が律義さの足を引っ張り過ぎていて、とても残念な奴だ。
とはいえ頑固一徹な東山にしてはうまくまとめたな、などと俺なりの高評価を下していると、
「まぁ。東山様にしては素直ですわね」
可憐も目を丸くしていた。どうやら可憐も俺と同じことを思ったらしい。
「またそれですか。先日佐渡さんにも同じことを言われましたわ」
「え? 俺そんなこと言ったっけ」
「覚えていないのなら思い出さなくて結構です」
東山は俺の回想を否定し、ぷんすか不機嫌になった。不機嫌なのはいつもなのだが。
「東山さんって、佐渡君の事好きなの?」
「は?」
「は?」
「は?」
突然、山風さんが何の脈絡もなくそんなことを言い出す。
空間の時が止まったような感覚だった。
その場にいる全員が校門にある学園創設者の銅像みたいにぴたりと止まって動かない。
「え? なに? 私地雷踏んだ? 冗談のつもりだっ――」
「あら! もうこんな時間!! 用がないのならもう行きますわよ!! わたくしたちのクラスの準備をしなければいけませんし! じ、時間がないですわ。急がないと」
東山は競歩選手のような歩き方でその場を動き出す。
おまけに俺の手首を牢獄の手錠のような力で握りしめていた。
「お、おい。いて、どうしたんだよ。いきなり」
「では。失礼。花澤さんも、や、山風さんもっ! 残りの公演頑張ってくださいな!!」
そのまま俺を引っ張って可憐たちの楽屋を出て行った。
腕時計を見ると、確かにそろそろな時間だった。
「自分で歩けるから! 離せっ」
「…………あら、ごめんなさい」
言われた通り東山は俺の手首から手を離した。
「どうしたんだよ急に」
「あなたが時間に頓着がないから、わたくしが管理しているのでしょう」
「ってもまだ結構余裕あるだろ?」
「その時計狂っているんじゃない?」
俺が溜息をついていると俺たちを探しに来た神藤が前方から走ってきた。半分制服で半分衣装のちぐはぐな格好をしていた。
「どこに行ってたんだい。もうすぐ準備を始めないと間に合わないよ」
「ええ、だから彼を連れてきたんです。少し遅れてしまいましたね。すみません」
その様子を見ると、確かに東山の言う通りかもしれないと思考を改めた。
そのまま三人で俺たちの楽屋へ移動した。
楽屋は俺たちの教室、すなわち普段授業を受ける教室とは別に用意されている。
男女で分けて用意されるというわけではないので、隣に接地されている衣装部屋で着替えることになっている。
なぜこれほど施設が充実しているのかというと、ホールは敷地内にあるものの教室がある校舎とは別の建物であり、普段一般の会場として貸し出されているからだ。
楽屋に入る。俺たちを確認した足立さんが安堵したようにほっとしていた。
「二人とも早く着替えちゃって」
「ええ」
「分かった」
そう言われた二人とも楽屋を出て行った。
楽屋はあわただしいというほどではないが、開演一時間前なりの準備が行われている。
「東山さんとどこ行ってたの?」
「可憐、あ、えーと九組の楽屋に」
足立さんには可憐のことを話していないから少し変な説明の仕方になってしまう。
「さっきのミュージカルの?」
「そうそう」
「可憐って誰?」
足立さんがストレートに聞いてくる。
「俺の彼女だよ」
「え。佐渡君って付き合ってる人いたんだ」
「うん」
足立さんは少し驚いた風の表情をしていたがさらに質問を投げかけてくる。
「東山さんはそれ知ってるの?」
「まぁ、一緒に行くくらいなんだからそりゃぁ」
変なことを聞いてくるなと思っていると、衣装に着替え終えた出演者たちが楽屋に戻ってきた。
衣装合わせの時も立ち会ったから、皆の衣装姿はすでに一度見ている。が、本番を直前にすると、皆似合っていて様になっていると感じた。
やがて神藤と東山も着替え終わって戻ってくる。
東山は青色のドレスだ。アニメの方では薄紫色のドレスだったが、足立さん曰く東山のイメージは青らしい。
髪の方は流石に地面まで垂れているほどの長さを再現するわけにもいかないので、東山本来のロングヘアーだ。とはいっても金髪だからちょうどいいと言ったクラスメイトの評価は馬鹿にできないなと思う。まぁ、ここから化粧なりヘアセットなりがあるのだから、感想を述べるのは拙速に過ぎるか。
そうしていると楽屋の扉が開く。
「手が空いてる男ども、ちょっと来てくれ。大道具の運び込みを手伝ってほしい」
東山は早速鏡台の前に座って、数人の女子クラスメイトとともに化粧を開始した。
「おい、そこのお前は紛れもなく手が空いているだろ」
俺は、狩野の号令によりすでにドア付近に集結していた手空きの男子クラスメイトたちに注目されていた。
「お、俺か?」
「ぼーっとしているのはお前しかいないだろう。それともお前は男じゃないのか」
「っあ、そうだな。悪い。すぐ行く」
狩野に指摘されて気づいたのだが、俺はぼーっとしていたらしい。
役者組の稽古進行係の俺が当日やることがあまりないのは事実ではあるのだが。
なるほど。
狩野が男手を招集したのも頷ける。
これから東山が魔女鏡音さんによって収容される、この物語で最も重要と言っても過言ではない「塔」の模型。こいつをステージに運び込まなければいけないのだ。
思い返せば役者回りにいた俺は大道具の様子を確認したことが無かった。
この「塔」を見ると急激にアドレナリンが噴き出してきた。
なんというか、俺たちのクラスがやろうとしているのはこれほどまでに規模の大きなものなのだと実感したのだ。
出演者だけでなく多くの人間が関わって出来上がるものなのだと、本気で思った。さっき当日やることがないとか言ったのがあほらしく思えるくらいには、自分の視野が狭いと思った。自分一人の役割をやり遂げることばかり考えていたが、これはみんなで協力するものなんだと、そういうのが頭にガツンとぶつけられた。
「狩野」
「なんだ?」
「お前の事、ちょっと見直したわ」
「は? 気持ちわりーこと言ってないで早く手伝え!! バカッ!!」
狩野の返しを半ば無視気味に俺は声を上げた。
「よっしゃ! やるぞおおおお!!」
「「「「「「「「「「おうう!!!!!!!!!!!!!!!!!」」」」」」」」」」
男たちの雄叫びが俺の声に応答した。
「なんでお前が仕切ってんだよ」
「悪い」
ちなみに分かっていると思うが、収容と言ったのは冗談だ。
お久しぶりです。修士論文や引っ越しの準備などいろいろあって投稿頻度が下がっていました。
最後まで書くつもりですのでどうかよろしくお願いします。
本日も読んでくださりありがとうございました。
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