第五十四話 学園祭開始っ
投稿期間が開いてしまったこと、申し訳ございません。
個人的にここ最近色々やるべきことが多く、時間が取れませんでした。
この先もなんとか進めていくつもりです。
遅筆ですがどうぞこれからもよろしくお願いします。
俺はその日、寝坊した。
オンボロ自転車で学校に着いたときには集合時間を十五分ほど回っていた。
幸い学園祭一日目の我がクラスの公演は午後、それほど大きな影響はなかった。
十一月最後の金曜日はすでに師走が目の前に迫っているというのに一か月前くらいの平均気温を記録していて、いつぞやの試験日のように朝起きたら具合が悪いなどということは無く体調の方は万全といっても過言ではない。
「お前って、なんか抜けてるんだよな」
「ほんとほんと。普段は頭脳明晰冷静沈着みたいな顔してるのに寝坊なんていう初歩的なミスを犯すとはね~」
「しっかりしてくれたまえ。君は僕たちのマネージャーなんだから」
「あらまぁ。明日は私が直々にモーニングコールでもかけて差し上げましょうかしら」
狩野、足立さん、神藤、鏡音さんから一言ずつお小言を頂戴するだけで俺の大ポカは収束するに至った。
東山にもなんか言われるかと思ったのだが、ふんっと知らんふりされてしまった。
てっきり罵倒を浴びせてくると思っていたものだが……。無いのならそれでいい。
ここで学園祭の日程を軽く確認しておこう。
期間は三日間。この学校には観客を収容できるホールが二か所あって、各公演はその二か所を中心に日中を通して行われる。
俺たち一年一組の演劇は初日の今日は夕方の一公演のみ。明日は午前に二公演と午後に一公演。最終日は午前と午後に一公演ずつだ。
また、夜の時間帯になるとそのホールはクラシカルコンサートの会場へと姿を変える。
そしてメインとなるこれらのイベント以外に各教室での高級レストラン出張をはじめとした様々なサービスがラインアップされている。聞くところによると、写真撮影はもちろんのこと、香水、アクセサリー、時計などの出張営業や、最新オーディオ機器のデモンストレーション、さらにはマグロの解体ショーまでなんでもござれだ。前情報が無かったら駅前のデパートか何かと錯覚する自信がある。
とりあえず今日の午前はやることがないが、可憐のクラスのミュージカルの初日公演がもうそろそろ始まろうとしている。
俺は役者組および狩野を誘っていっしょに観劇しようと考えている。
その前に一度可憐に顔を見せようと思って集合場所であった一年一組の教室を辞した。
パンフレットの地図を見て目的の場所を探す。
「あった」
フラワーショップ出張の教室は一つ上の階だ。
――ほんとなんでもあるな。
どの花が良いか店員の人に相談していたために、楽屋をノックしたときにはすでに公演開始の三十分前だった。
「可憐」
紫色のドレスに身を包んだ可憐が俺の声にすぐに振り返ってくれた。耳元でイヤリングが揺れる。
手に持った花束(といってもガーベラの切り花を数本)を見た可憐は目を丸くしていたが、俺もこれくらいはできるようになったんだと胸を張ることにした。少々ボリュームが心許ないが可憐は喜んでくれた。
「トップバッター頑張ってな」
そう言って可憐に花束を手渡すと、間髪入れずに可憐は腰に手を回してきた。ふわっと化粧品の香りが漂う。
しかしすぐに可憐は何かを思い出したように俺から離れた。
何事かと思って可憐に目配せすると、
「みなさん、見ています……」
そう言いながら恥ずかしそうにうつむく。
俺も可憐に言われてから周囲を見渡すと可憐のクラスメイト達が俺たちに注目していることに気付いた。確かにこれでは楽屋の真ん中で注目の的である。
「これって、もしかしてまずいか?」
「……いいえ。そうではないのですが、恥ずかしいです……」
あたりを見回すと、みんな俺たちを見て固まっている。
「ああ。俺も可憐に言われてから恥ずかしくなってきた」
可憐のクラスメイト達は変わらず俺たちに注目している。
「優様はこの学園ではかなり有名人なの、知っていました?」
可憐の声は内緒話でもするかのように小さくなっていく。
「え? 俺が?」
可憐は俺の間抜けな反応の隙に「お花、置いてきますわね」と言って一度俺から離れていった。しかしすぐに一人の女子生徒を押し出すようにしてこちらに歩いてくる。
「なんなの。なんなの。どしたの。急に」
「少しは、助けてくださいよ~……。分かっていたくせにっ」
「あはは~……ごめんごめん」
その女子生徒は愛想笑いの表情で俺に挨拶してくる。
「どうも」
「え? あ。はじめまして」
戸惑いながら可憐の方を見る。先ほどよりも顔の赤色は引いていた。
「こちら、山風さん。私のクラスメイトです」
「うん。それは見りゃ分かるけど……」
と困惑しかけたのだが、彼女の登場により周囲の注目は先ほどに比べて俺たちから発散していった。可憐はこの注目された状況を脱するべく、山風さんに助けを求めたということで合点がいく。
「可憐のあんなにもメロメロな姿、滅多に見れないから」
「意地悪です。山風さんっ」
怒った可憐の顔を横目に、
「佐渡優です。あのなんか、ありがとう。助けてくれて」
「ほーん。君が……あの佐渡優君。近くで見るとなかなかイイ男じゃない」
「もうっ! 山風さん!!」
「ごめんってば」
「あの~……」
戯れる二人に何とか声をかけると、えへへと笑った山風さんは俺の目を見て、
「少しは変装してきなよ。あなた有名人なんだから」
また?と先ほど可憐に言われたことを思い出す。
「どういうこと? 俺が有名人って」
聞き返すと、山風さんは滑らかに言葉を紡いでいく。
「学年首席はもちろん、入学初日にあの東山七瀬と一悶着ありーの、この間の校門前での事件。最近はあの神藤くんともよく一緒にいる。流石に。ねぇ?」
可憐は彼女の横で自慢げにうんうんと頷いている。褒められているのは最初のだけだと思うが。
彼女に言われて、改めて思い返してみると確かに有名人と言われていても文句は言えないほど目立っていたのだと気づく。
「ごめんな。可憐。俺そういうの全然気にしてなかった。これからは気を付けるよ」
可憐も特別「目立ちたくない」タイプではないと思うのだが、俺との関係のせいで注目されたり噂にされるのは内容がどうであれあまり得意ではないということだ。
俺もあまり注目されるのは得意ではない。
「いえ……そういうところが……なんですが……」
可憐が何か言ったような気がするが、また恥ずかしそうにされては元も子もないので、そろそろお暇することにしよう。
「じゃあ。二人とも肩の力を抜いて頑張って」
「うん。お花ありがとうね。楽しみにしてて」
「私がいただいたんです!」
そう訂正しながら可憐は小さく手を振って俺を見送った。
しかし、そうしたにも関わらず可憐は出口に差し掛かろうとする俺を追いかけてきたと思えば、少し背伸びをして俺の耳を口元に近づけるように所望する。
耳元で囁かれた可憐の申し出には二つ返事で頷いた。
「もちろん」
それを聞いた可憐はやはり可愛く笑ってくれた。
ホールへと向かう途中で偶然、狩野たちと合流することができた。
まだ今日が平日ということと、学園祭のトップバッターということで思っていたより観客の数は少ない印象である。客の入りは四十パーセントぐらいだろうか。開始早々ステージ発表を目当てにしている学生は少ないと思うからこんなものだろう。うわさや口コミで広がれば学生の来場も増えるのだろう。また、土日に入れば一般の来場者の数もぐんと増えるはずだ。
校内を歩いていた時は年一回の一大イベントに浮足立った学生の慌ただしさもホール内に入ると一気に静かになる。特段私語を慎んでいるわけではないのだが、自然と声の大きさは小さくなるのだ。
自由にご着席くださいといった注意書きがあり、席は自由なのだと初めて知る。たしか夜のクラシックコンサートの方はチケット制だったはずだ。
「七瀬ちゃん、隣に座ってもいいかな」
「嫌よ」
突然神藤と東山がそんな押し問答を始めた。
「なあ、佐渡、お前ここな」
「なんでお前に決められなきゃならん」
「端っこに足立さんを座らせて、俺がその隣に座るからだよ。そんでもって他の奴らのガヤをお前でシャットアウトする」
「そんなことせずとも、あっちの方にいくらでも空いている席があるだろ」
「そこまでしたら露骨すぎるだろ」
それは自分で何とかしろよ……。
はたまた足立さんと鏡音さんは、
「鏡音さんは男性陣の中だったら誰の隣に座りたい?」
「う~ん。私はもっと筋骨隆々とした方がタイプなのですのよね~」
と、まぁこんなふうに席順を決めるだけでも、六人いれば様々な意図が交錯してしまうらしい。
はてどうしたものかと困っていたのだが、妙案が閃く。
「ドラフト方式にしないか? じゃんけんで勝った人から好きなところに座る。それで誰も文句言わないだろ?」
反応は芳しくなかったが、誰も文句はないようだ。
かくして演劇を見るための席順決定じゃんけん大会が開催されることになった。いやもうどうでもいいから早く座らせてくれ。
ここからはダイジェストでいく。
最初に勝った足立さんは狩野のお望みどおり端っこに着席。二番目の神藤は足立さんに一つ開けて着席。次は俺で同様に神藤から一つ開けて着席。その次は鏡音さんで神藤と俺の間に。次の東山は残念ながら俺のお隣に。狩野が残り物の福を獲得することとなった。
ある願いが叶えばある願いは散る。運否天賦とはそういういうものだ。
横一列に座って開演を待つ。
ステージはまだ幕が下ろしてあるが、その前方、下手側に配置されているピアノだけは見えている。可憐はここでピアノを弾のだろう。
開演まであと数分ある。辺りを見回してみる。
「何か気になることでも?」
「いや、なんでもないよ」
鏡音さんに気付かれてしまっていたところ、東山にも変な目で見られる。こいつは野良猫引き取りの話をしてからずっと機嫌が悪い。
「あなたの愛しのフィアンセは出演者なのだから、観客席を探しても見つからないと思いますが」
「はぁっ!?」
皮肉交じりなのにドンピシャで核心的なところをついてくる東山にギクッとするが、
「別にそういうわけじゃない」
俺の声音はたちどころに素っ気なく冷めていた。
――流石に平日だし、仕事もあるか。
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