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第五話 気のせい

可憐ばっかですいません!

もう少ししたら七瀬も出てきます!

 東山に『退学』宣言をされた翌日の朝、俺は昨日と同じ制服を着ていた。

 タイヤはパンクしたままだったので今日は少し家を早めに出て徒歩で登校している。

 

 結論から言うと、俺は退学を免れることができた。

 

 その理由は花澤家の力によるものだ。


 俺が退学することを知った可憐が「優様が退学なさるなら私もこの学園を退学します」といって聞かなかったそうだ。


 それを聞いた可憐の親父さん、つまり花澤商事の社長さんが可憐の退学をやめさせるために理事長に話をつけてくれたそうだ。


 実は可憐の親父さんと理事長は大学時代の同級生だったらしく、学力の怪しい可憐の入学に際してもある程度の配慮がなされたとのことだった。

 

 可憐の親父さんは俺が無実であることの証人であるので即座に対応してくれたのだ。


 俺の退学と可憐との関係性への疑いも消えることになるだろうと連絡をもらった。


 事が大きくならないうちに事態は収束することになるだろう。


 母さんやさやかに心配をかけずに済んでほっとしている。


 可憐のおかげで、学費免除で入学した学校を退学しなくて済んだという安心感とは裏腹に、可憐のわがままだけで組織のトップの大人を二人も動かすのかという驚きと少しの恐怖を感じたのだった。


「可憐に謝らなくっちゃな」


 昨日の朝、車から降りてきた可憐にはそっけない態度を取ってしまったので罪悪感を感じていた。


 今日一番で可憐に会いに行くことを心に決め学園の門をくぐる。


 歩きで正門を通ると、意外と俺に注目する生徒が少ないことに気づいた。


「ママチャリ、目立ってたんだな……」


 一昨日と昨日は敷地内をママチャリで走る時は周囲の視線を感じていたが、今日はその視線を感じない。


 金持ち学校だからといって可憐の様にみんながみんな車登校しているわけじゃなく、徒歩で登校している生徒もいるのだ。

 

 徒歩通学であれば俺も意外と溶け込めるのではと思ったのだが、やっぱり周りの生徒のオーラは俺の貧乏オーラとは全く違うように感じる。


 校舎に入り可憐のクラスに向かう。


 東山の言う通り入試成績順に配属が割り振られているなら、可憐は俺のクラスから最も離れたクラスに所属しているはずだ。


 教室に着いて確認すると可憐は廊下側一番後ろの席にちょこんと座っていた。


 姿勢が良く、髪の毛はつややかでやはり見た目からザ・お嬢様という佇まいだ。


「可憐」


「まあ! 優様!」


 俺の声に気付いた可憐はぱあっと顔を明るくさせて立ち上がる。


 そして間髪入れずに俺の胸に飛び込んでくる。


「うおぉ!」


 いきなり飛びつかれたので俺は少しバランスを崩した。


 そんなことにはお構いなしに可憐は背中に手を回してくる。


「ちょっっ」


 俺は髪から漂う匂いで気絶しそうになるのに耐えながらなんとか可憐を引き剥がす。


 多分、あと一秒密着していたら俺は倒れていただろう。


「可憐」


 俺は昨日の謝罪をしようと可憐の両肩をつかむ。


 触れた可憐の肩は想像以上に細くて、手を乗せた勢いが申し訳なくなってきた。


 俺は可憐の肩から手を離し、彼女の目を見る。


「昨日の朝はごめん」


 頭を下げて謝罪の気持ちを表す。


 そのあと頭を上げてもう一言付け足す。


「あと、ありがとな」


 簡単ではあるが気持ちを込めて言ったはずなのに可憐は俺の言葉を聞いてなぜか硬直してしまった。


 不思議に思って俺は可憐に尋ねる。


「俺、変なこと言ったか?」


「……いえ。『ありがとう』と言われたのは初めてで……」


 目をぱちぱちさせながらそう呟く。


「えーと。どういうことだ?」


「これまで人に感謝することはあっても感謝を伝えられることが無かったので…… 驚いています」


 感謝を伝えられることが無いっていうのが俺にはあまり理解できなかったのだが、とにかく俺が可憐に感謝していることだけは確かだ。


 だから、俺に伝えられるのはそれだけ。


「とにかく! 俺は可憐に感謝してるってこと」


 そう言ってにっと笑って見せる。


「はい……」


「じゃあ、そういうことでな」


 俺は回れ右をして自分の教室へ向かう。


「優様!」


 可憐に呼ばれて振り返る。


「私も、ありがとう、ございます」


 お腹の前で手を重ねて綺麗なお辞儀をする可憐。


「そういう時は『どういたしまして』って言うんだよ」


 俺はさっきと同じ笑顔を見せて可憐の教室を去った。


 窓から中庭を見下ろすと桜はすでにほとんど散っていた。


 廊下を一歩進むたびに憂鬱になってくる。


 自分の教室に入るのは少しだけ怖かった。


 昨日のこともあるので、どういう顔をして教室に入ればいいか分からない。


 扉の前でいったん立ち止まる。


「……すぅ」


 俺は覚悟を決めて扉を開けた。


 扉を開けた瞬間、教室中の視線がぎろっとこちらに向く。


 しかしすぐにその視線は散り散りになり、無秩序な空間に戻る。


 だが一人だけは俺に向かって歩いてくる。


「ごきげんよう、佐渡さん」


 東山だ。


 真っ直ぐな視線で俺を貫く。


 黒板を見ると可憐との写真は貼られていなくて安心する。


 一言だけ残すと東山はすぐに俺のもとを去っていった。


 とりあえずは昨日のようなことにはならないらしい。


 机の落書きは残っていたが、その日は仕方なくそれで過ごした。


 放課後には先生に言ってシンナーを借してもらって自分で消した。


 これで元通り。


 スタートダッシュは躓いてしまったけど、まだ俺の胸には学園生活への期待は何とか残されていた。


 なので、気持ちを入れ替えて新生活を楽しもうと自分に発破をかけて帰路についた。


 しかしその期待は裏切られて、一週間後には学校に行きたくないという気持ちが強くなってきてしまう。


 部活や同好会にも入ろうと思っていたのだが放課後はすぐに帰宅するようになった。


 端的に言ってしまえば誰かに嫌がらせをされているのだ。


 上履きがびしょびしょに濡らされていたり、朝、俺の机と椅子が廊下に出されていたり、席を外した隙に筆記用具をぼきぼきに折られていたり、ママチャリが倒されていたり。


 こうしてみると小学生の軽いいたずらのように思うかもしれないが、実際に受けてみると結構こたえるものがある。


 その嫌がらせの犯人は不明だった。

 複数人かもしれないし個人的にやっているかもしれない。


 心当たりはあるが決定的な証拠がないため俺は身動きが取れなかった。


 かといって母さんに心配はかけたくないので学校を休むわけにはいかない。


 毎朝できるだけ元気よく「行ってきます」と言って出かけるようにしている。


 学業に関しては漠然と授業を聞くだけでモチベーションなど皆無だった。


 そんな中で、毎朝のさやかとの他愛のない話と可憐の笑顔だけは俺の心を癒してくれた。


 可憐のスキンシップは少々大胆であるが最近は慣れていい意味で感動も薄くなってきた。


 何回かは二人でデートっぽいお出かけなんかもしたし、可憐の勉強を見ることもあった。


 学校にいない時間はそれなりに充実していたのかもしれない。


 しかし、俺の心には黒い毛糸が絡まったようにわだかまりが渦巻いていた。


 そんなある日の放課後、可憐に誘われて校門の前で待ち合わせすることになった。


 自転車は学校においたままでいいとのことだ。


 しばらく待っていると小走りでやって来た。


「お待たせしました! では行きましょう!」


 心なしかいつもより元気に見える。


「行くってどこに行くんだ?」


「コレです!」


 可憐は満足げに鞄から漫画の単行本を取り出して見せつけてくる。


 確認してみると恋愛系の少女漫画のようだ。


「可憐はこういうの好きそうだもんな」


「いえ、恋愛ものは初めてです」


「そうなの?」


「はい。優様ともっと距離を縮めるために勉強しています」


「そっか……」


 そう自信満々に言われると照れるタイミングを逃してしまう。


 まあ、それも含めて居心地がよく感じているのかもしれないけど。


「ここを見てください」


 可憐は単行本をぺらとめくり、お気に入りらしいシーンを見せてくれる。


 だがそのページには特別珍しい要素は見当たらなかった。


 ただ単にカップルが歩いているだけのシーン。


「これがどうかしたのか?」


「よく見てください! ここです」


 俺は言われた通りじっくりとそのページを観察するがさっきと感想は変わらない。


「ごめん、さっぱり分からん」


「彼らの服装に注目してください!」


「服装って、普通の制服だけど……」


「そうです! 制服です!!」


 可憐の話によると、いわゆる『制服デート』をしてみたかったそうだ。


 学校の制服のまま街へ出て遊ぶという経験が無いようだった。


 俺も制服デートなるものはしたことが無かったが可憐のような特別なあこがれみたいなものは全然なかった。


 可憐といるときは何となく他の服装が良かったというのはあるが、特に断る理由もないので俺はうなずく。


「よし、じゃあ行くか」


「ええ、行きましょう! 優様」


 そう言って可憐は俺の腕に手を回してくる。

 残念だがもうこれには慣れている。


 そんな自分に少し怖がりつつ、二人で歩き出す。


「どうかしました?」


「いや、なんでもない」


 俺たちの後ろに誰かいたような感じがして振り向いたのだが誰もいなかった。


 俺の気のせいだったようだ。


今日も読んでくださりありがとうございました。

昨日初めて感想を頂きました。本当に感謝です。


続きを読みたいと思った方はブクマしていただけると作者のやる気が出ます!

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