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第四十二話 発見

 確信があった。東山の時とは違い、さやかのいる場所へと迷わず足が向いた。


 俺たちの家の近所にある小さな公園。住宅街の小さな子供用に作られたのだろうが、もうほとんど誰も使っていない。申し訳程度の遊具が少し寂しそうだった。


 それでも小さな頃はここの砂場でよく遊んだし、脚がばねになっているゾウから落ちて怪我をしたこともある。


 親に怒られたとか、学校で嫌なことがあったとか、そういう一人になりたいときはどちらかがここに来て門限を破っていた。そいうときは親が来るんじゃなくてもう片方が迎えに来る。一秒かそこらで滑り終えてしまいそうな滑り台に寝っ転がっていて、その上からわざと滑るのだ。それで相手を滑り台の行き先である砂場に落っことす。


 思えば砂場は最高の遊び場だった。地球を貫通するんじゃないかってくらい掘り進めたり、トンネルを開通させまくったり、砂場だけで日が暮れるまで遊べるのだ。


 外で遊ぶ子供たちはまだまだたくさんいるのだろうが砂場で遊ぶ子供はめっきり見なくなった。


 カチコチに固まった砂場の表面を見ると、そう思う。


 滑り台を真横から見ても、誰かがいるようには見えない。でも確信があった。


 滑り台に登る。階段の幅がひどく小さく感じる。


 八段くらいの階段を二歩ほどで登り終えると、視界の先には予想通りさやかが伸びをするようにして上方へと腕を伸ばしていた。その姿を見て苦笑が漏れた。


 ――全く一緒だな。


 構わず、そのまま鉄の板にお尻をつける。あとは重力に従うのみ。まぁあまりスピードは出ないのだけど。


 彼女の身長は俺の記憶よりもずっと大きくて、接触するまで滑る余地は少ししかない。


 少し前かがみになって、彼女の肩に手を当てた。


「どーん」


 言いながら下へ突き落とす。


 ばさっ。


 彼女が砂場へと落ちる。落ちるというのとは少し違う、押し出されただけ。


「もうっ! 痛いんだけど」


 怒った顔が懐かしかった。幼い頃はさやかも東山の様に怒ることがままあった。


「懐かしいなー」


「……なんで場所分かったの」


「なんでって。ここにいるのによく言うなぁ」


 再度苦笑する。いつもお姉さんのような立場のさやか。今日は駄々っ子のような表情をする。


「ほんとは、俺が来るの待ってたくせに」


「……うるさい」


 俺から目線を逸らしてぼやく。唇がとんがっている。その表情も全然変わっていない。


「でないと、こんな場所に来ない」


「うるさい」


 再度、同じセリフ。


 するとさやかは靴を脱いで砂場から出ていき、俺の視界から姿を消した。


 すぐにだんだんだんと遊具全体に振動が響いてきて、頭の上に人の気配。


 反応する間もなく、滑り台から押し出される。


 ばさっ。


 砂場に落っこちる。ロケット鉛筆のようだ。使ったことは無いけど。


「あーもう。砂だらけだ」


「子供の頃はそんなの気にしてなかったのに。あの頃のゆうくんはどこいったのかな」


 どこか遠くの空間の人へ告げるかのように呟くさやか。


 砂場の上で大の字になる。思いのほか砂が冷たかった。


 ついでに北風が吹いた。それも思いのほか冷たい。


 木々の根元には数枚、落ち葉があった。


「俺って、そんなに変わったか?」


「……高校入ってから、すっごくね」


 言葉だけがお互いの間を行き交う。相手が何を見ているのかも分からない。


 俺には空が見える。首を上に向けるとさやかが見えた。


「そうか」


「うん……」


「どんなとこが?」


「可憐ちゃんたちに振り回されるところとか」


 即答。しかも具体的。自分でもその自覚はある。


 一呼吸置く。


「可憐の連絡、無視してたんだって? 心配してたぞ」


 緊張が解けたことを認めて、首の方向を元に戻す。この首の角度は少々つらい。


「……あんなことしたら、もう友達じゃいられなくなるじゃん」


「可憐はさやかの事、まだ友達だと思ってるぞ」


「それじゃぁ、私の作戦は失敗だ」


 自嘲するさやか。


「作戦?」


「ぶっ壊せ! さやかちゃんの略奪愛、ドロドロ修羅場作戦」


「そりゃあ、もうほんと最悪の作戦だな……」


 響きがヤバすぎて思わず顔をしかめる。


「ゆうくんは暗黒面には堕ちませんでした」


「さやかに悪役は似合わねーって」


「確かに」


「認めるのかよ!」


「うふふ、はは」


 ツッコんで満足感が広がった。数週間前までにやっていた戯れのような掛け合い。確かな安心感と安定感があった。


「そうそれ、今の顔」


「顔?」


「さやかは笑ってなくちゃな」


「私の顔見えてないじゃん」


 さやかの言う通り。首を元に戻して空を見上げているだけだからさやかの顔は見えていない。けど。


「見なくても分かるって」


「……分からないよ」


 起き上がる。そして体の向きを百八十度回転させて、さやかの方を向く。滑り台の角度に沿って少し見上げる形になる。


 胡坐をかいて、自分の内腿をパンと叩いた。


「うん。だから、たった今からさやかのことちゃんと見ることにする」


 はっとしたような表情を浮かべる。そうしてから体育座りした膝で顔を半分隠すように背中を丸めた。


「俺知ってたんだ。さやかが俺の事好きだって。知ってて目を逸らしてた」


「………………」


「けど、もうそんなことしない。ちゃんと真っ直ぐな気持ちをぶつけてほしい」




『気付いていて放置して、取り返しのつかないくらい悪化してしまった』





『理解していながら、怖くて目を背けてしまっていた』



 東山の言葉が脳に蘇る。全くその通りだった。


「さやかとの関係が崩れるのが怖くて、そのままにしておこうって無意識のうちに考えてたんだと思う」


「……それは私もだよ。だから今の今までずっと言えなかったの。たった一言我慢すればずっとゆうくんの側にいれると思ったの」


 膝の下で手をぎゅうっと掴んで、言葉を紡ぐ。


「でも高校入ってから、ぜんぜんそんなことなくて……。むしろ遠くに行っちゃう感じで」


 頷きながらさやかの告白を聞き入れる。


「私ね、高校別々になったときね。ゆうくんが受かった時か。めちゃくちゃ泣いたんだよ」


「大したもんだよ。そういうの全部隠すんだもんな」


 おそらく泣き明かした翌日もけろっとした顔で学校に来て、一言「おめでとう」って普通に言ってたんだから。


「ゆうくんに彼女出来て、もうきっぱり諦めようって思って。でも何かしら理由をつけて側に居ようとする自分が居て…… それでも諦めようって決めてた矢先のことだよ」


「……ああ。ほんとに最低なことをしたと思ってる。さやかが許せないのも無理はない」


 俺の行動がさやかの決意を鈍らせた。もちろんそのさやかの決意が正しいものだとは思はない。けれどそのまま気持ちを押し込めてしまって克服していった人もどこかにはいるだろう。そういう選択が否定されるべきだとは思はない。


「さやかあの時さ、自分は『真面目だ』って言ってただろ?」


 でもさやかにはそうさせたくない。いつだって人は真っ直ぐ喧嘩するべきだ。


「真面目?」


「ご飯作って待ってるとかなんとか」


「ああ、あの時」


「それで、いつから俺の事真面目に思ってたのかなって考えたんだよ。そしたら思い出した」


「何を」


「小二か三の時さ、さやかと結婚の約束したこと」


 俺が言うと、さやかの顔は半分よりももっと隠れてついには見えなくなってしまった。


「……私は今でもずっと覚えてるよ。一度たりとも忘れてない。林間学校で言ってくれたこともずっと覚えてる」


「林間学校?」


 さやかの口から出た言葉に疑問を抱く。林間学校でなんか言ったか俺。


「なんで忘れてるのよ……」


 口元が塞がれていても声はちゃんと聞こえる。確かに怒っている。怒っているがそれは本音。


「わ、悪い」


「……ヘビが出てきてて助けてくれたでしょ」


「……ヘビ?」


 俺がちんぷんかんぷんでいるとさやかがしびれを切らした。


「そんなんでさややかに告白なんて百万年早い。さややかは俺と結婚するんだ。お前なんかに渡さない」


 見事な棒読みで淡々と恥ずかしのセリフを言ってくる。思わず絶句。


 羞恥心に見舞われると、一瞬にしてあの時のことを思い出せた。


 林間学校での出来事。勢いで言ってしまった事。助けてやらない亮介にムカついたってのもあるけど、さやかが他の男に取られるのが嫌だったのだと思う。無意識のうちに。


「俺、そんな恥ずかしいこと言ってたのか……。ってかそれ何年の時」


「小五」


 学年を聞いてさらに羞恥心が増した。冷静に考えると小五の俺、ヤバいな。


「……死にたい」


「一生覚えてるから」


「忘れてくれ」


「ってか、この話、可憐ちゃんと勉強会した時もしたんだけど。なんで忘れてるの!」


「悪かったって」


「約束守ってくれたら許す」


「そんな大事な約束なら毎日言えっての……」


 全く、子供の頃に戻ったようだ。こんな口喧嘩をずっとしていた記憶がある。


「毎日言ったら結婚してくれるの」


「もう、拗ねるなよ」


 こもった声がぼそぼそ。いじけて縮こまる。


 しばし沈黙。鼻をすする音が聞こえた。


「……泣いてるのか?」


「泣いてない」


「なら、今から俺と喧嘩、しようぜ」


 サボっていた分を取り戻せるだろうか。


「…………」


「さやかも言ったろ。俺たち史上一番大きな喧嘩だって。だからそういうの全部隠さずに真っ直ぐぶつけてこい。ムカつくとか、約束守らないの最低とか、なんでもいい。全部」


 言ってからしばらく待つ。そんなすぐには思いつかないか。


「なら俺から行くぞ。……そうだな……。何度教えても忘れるスカスカの脳みそ。お節介。いつも一歩引いているビビり。好きなら好きって言え」


 列挙して、一度息を吐ききる。それこそ小学生の悪口のようだが、それが一番伝わるんじゃないかと思った。


 俺の言葉を受けてもさやかの反応はなく、顔を伏せたまま。


 けれどその直後にぼそぼそと言葉が吐き出された。


「……私の居場所をすぐに見つけてしまうのがムカつく」


「うん」


「私の前じゃだらしない格好をしてもいいと思っているのがマジでムカつく」


「……」


「女の子との約束を平気で破る最低の男」


「ぐっ……」


「かっこつけなのが逆にかっこわるい」


「それは俺も思う」


「可憐ちゃんや七瀬ちゃんにでれでれ鼻の下伸ばす変態」


「可憐はともかく、東山は違う」


「嘘つき」


「シンプルだな」


「あと――」


 さやかが言いかけた瞬間、こちらに向かって駆けてくる足音が聞こえた。


 さやかは伏していた顔を上げて、俺はさやかから、そちらの方向へと目を向けた。


「ほら、私の言った通り。東山様!! いましたわよ!」


「……はぁ……はぁ……。そ、そんなに……急ぐ必要……ないじゃない……」


 全然息を切らしていない可憐と、ぜえはあと今にも死にそうな東山が俺たちを見つけたようだ。


本日も読んでくださりありがとうございました!

「おもしろい!」「続きが読みたい!」と思ってくださった方はぜひブクマよろしくお願いします。


その他感想や評価もお待ちしております。


遅筆ですがまだまだ続きます!!

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