第三十六話 可憐な花はとめどなく咲き続ける
「ほんとごめん!!!!」
頭を下げて、腰を直角にして、謝る。謝っている体面が良ければいいなんて話ではないが、そうする。
軽薄だと言われようが、とりあえず謝ることから始めないと何もできなくなってしまう。
だから誠心誠意頭を下げた。
「……気にしていませんわ」
可憐は微笑みながら緩い息を漏らした。
その様子は予想していたよりもあっけらかんとしていて、本当に言葉通りだと言っているようだ。
「え?」
「東山様が困っていたから助けただけなのでしょう?」
「それはそうだけど、俺、可憐との約束破って……」
「言ったでしょう。私は優様と一緒に居られればいいって。だからまた、私とデートしてください」
天使のような微笑みで、可憐は俺にやさしく語りかけた。
しかしそれでも自分についた嘘は消えない。
俺がそれをしっかりと消化しなければ可憐とまともに向き合えそうにない。
さやかだけじゃなくて可憐にも甘えてしまいそうで、それはもう最低だから。
ふっと息を吸い込む。
そして、俺は可憐の澄んだ瞳を見つめた。
「俺、可憐を優先するって言っただろ?」
その言葉を皮切りに、俺は花火大会の日にあったこと、思ったことを全部可憐に打ち明けた。
可憐だけじゃなくて、東山や神藤のことももっと知りたいと思ったこととか、ほんとに全部。
東山の依頼の捉え方が自分の中で命令から約束のようなニュアンスになっていたこと。
そういう思いが先行してしまって、自分自身との約束を破ってしまったこと。
それを罪だと感じていること。
でもどちらの思いも決して嘘ではないということ、ほんとに全て。
「それは可憐との約束っていうより、俺自身との約束だったんだ。自分が決めたこと。だから可憐が許してくれても、俺が俺を許さないと思ってる」
可憐は真剣に俺の話を聞いてくれている。俺の一言一言に頷いて、寄り添ってくれる。ただ鷹揚に、肯ってくれる。
一朝一夕で罪の意識を消し去ることなどできない。多分、納得してから徐々に大丈夫になっていくのだと思う。
だからひとまず、ここで区切りをつけないといけない。
「自分に嘘をついたって言うのはどうやっても変えられない事実だから、今は謝ることしかできない。今後、自分で決めたことに嘘をつかないようにしていくっていう決意をすることしかできない」
今できることなんてその程度のことだ。ひとまず反省して、自分自身と向き合う。
謝って反省して、それからできることをまた考える。
「優様自身が納得しなければいけないということですね」
「……そう、だと思う」
ゆっくり頷いて、自分の言葉を反芻する。
すると、自分の手に暖かい手が重なった。可憐が柔らかな両手で俺の手を包み込んだのだ。
「……私に話してくれて、ありがとうございます」
そんな可憐に柔和な笑みを届けられる。本当に、可憐には敵わないなと思う。
「優様の感じていること、思っていること全部聞けて安心しました」
続けて可憐はこう言った。
「私を優先して、優様が大切な友人との関係が悪くなるは私が嫌ですから」
はっとさせられた。東山や神藤は俺の大切な友人だと、可憐はそう言ったのだから。
けれど、ふふと余裕のある笑みはそんなこと当然だと言っているかのようだ。
「優様が罪と感じているならそれを許せるようになるまで、私が隣にいて、話を聞きます」
柔らかくそれでいて芯のある声音で言った。
「……ありがとう」
それを見て俺もこくっと頷いた。
自分の我儘で「罪が」など「自分が許せない」などと言って卑屈になるのはよそう。素直になろうと、可憐の笑顔を見て思えた。
自分の思いと相手の思いを両立させることは難しい。ましてそれが三人以上になればもっと難しくなる。
選択が相手を傷つける結果になることだってある。
それを考慮して、覚悟して、初めて対等な関係になれるのかもしれない。
今回は可憐を傷つけてしまうかもしれないと、結果的に良かったとはいえちゃんと考えていなかったのだと思う。
だからそれらを胸に刻み込んで、決意とした。
それから可憐の目を見ると、普段のように無邪気な笑みを見せてくれた。
「ですが!! 許すとは言っても怒ってないとは言っていません!」
しかし可憐の表情はぱっと移り変わる。
眉をきゅっと寄せて人差し指と中指を立てた。いわゆるピースの形。
「二つです」
「二つ?」
俺が聞き返すとさらに眉がつり上がって、かわいい顔で怒っているのはなんだか新鮮だななどと自分でも悠長な感想を抱いた。
「怪我するような危険なことはダメです!! さっき会った時心臓が止まるかと思ったんですから!!」
「ああ。それは悪い……」
早口で捲し立てられてたじたじになる。
「私と約束してください。拳を使うときは、優様が納得できる時だけです」
そう言って小指を差し出してきた。
おそらく可憐が言いたいのは簡単な気持ちで拳を使ってはいけないということ。
おそらく根本的には同じなのだろう。分かり合うためとか、誰かを守るためとかそういうのをしっかりと頭でかみ砕いてから使いなさいと。
でも、そういうことなら今回はオーケーだ。
差し出された小指に自分の小指を重ねる。
先に手を出されてちと頭に血が上ってしまったという側面があるものの、これはちゃんと納得のいく拳だったと今も思える。
「これは……ちゃんとその約束守ってるはず」
自分の身体に張り付けられている絆創膏や湿布を見ながら言った。
「……それは分かっています」
お互いに微笑んでから指を切った。
でも、まだ可憐の怒りは収まらない模様。
「もう一つ!」
「はい!」
「デート中に恋人である私を置いて走って行ってしまったのですから、当然わたくしは怒っています!」
可憐はほっぺたを膨らませて俺を叱責する。
「その埋め合わせはしていただきます!」
「うん。それはもちろん。絶対にする」
俺が言うと、可憐の表情は平坦に戻って、こんなことを聞いてきた。
「ショッピングモールで買い物したときに言ったこと、覚えてますか?」
問い詰められるも、心当たりが無くて全然思い出せない。
俺がちんぷんかんぷんな顔をしていると可憐は痺れを切らして口を開いた。
「父に会うって話です」
口をとがらせながら可憐は言った。
ようやく思い出す。
花火大会のためにいろいろと買い物をした際、帰り際にそんな話をした。
その時のことを思い浮かべると、ついでにその後にされたキスも思い出してしまう。
体温が上がってしまうのを止めようとして、慌てて口に出す。
「っ!! う、埋め合わせって言うのは……?」
てっきりデートの振り替えを想像していたから、可憐のお父さんと会うのは埋め合わせになるのだろうかと少し疑問に思った。
しかしそんな疑問も可憐のセリフですぐに打ち砕かれた。
「おうちデートってことです」
可憐はうふふと笑って、少し得意げな顔になった。何かを企んでいてそれが成功したときのような……
「そそ、そっか。うん。分かった」
可憐の家に行くのはこれで二度目になるのか。一回目の時は可憐と出会った当日だったなと思い出し笑いをした。
その時に可憐のお父さんとは一度会っていて、その時見た顔がもう一度蘇った。
少し吃ったのはその顔を思い出したのが原因だ。
「では、よろしくお願いします!」
俺が承諾すると、可憐は満面の笑みではしゃいでいた。ご機嫌な犬のようにしっぽをふるふるする。可憐のそういった感情表現はいつも真っ直ぐ素直で屈託のないものなのだ。
「う、うん。よろしく」
頬を掻きながら、俺もと返答しておく。
勉強は苦手かもしれないけど、そういうところは抜かりが無いなと思った。
うまく丸め込まれた気がするが、無邪気にはしゃぐ可憐を見ると気のせいなのかもしれない。
和むと、一気にいろいろなことが頭の中に広がった。散髪や服装や言葉遣い、それに手土産は何がいいんだろうとか。
「あ、もう一つ。言い忘れたことがありました」
「え?」
可憐の声に一瞬反応が遅れる。
「……今回のように優様が私との約束を破ろうが、私はそれでも優様が好きです。そんなことくらいで嫌いになったりなんかしませんから」
大きく宣言して、誇らしげな表情を見せた。
俺は可憐をすごく強い女の子だと思った。
然して釘を刺すようにもう一言。
「浮気は許しませんけどね」
最後に俺のスケジュールをきっちりと抑えてから、可憐はもう一度にっこりと笑った。
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