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第三十三話 フラッシュバック

「じゃあ。僕は帰るよ」


「お、おい!!」


 俺の制止も聞かず神藤はビル前に止めてあった真っ白なオートバイに跨った。


 エンジンをかけ、ヘルメットをかぶり、サイドスタンドを片足で放り上げる。


 そしてペダルを踏んだと思えば低い駆動音とともに俺の元まで走ってきた。


 ヘルメットのシールドを開いて俺に一言。


「君には負けないよ」


 それだけを残して神藤は颯爽と走り去っていった。


 別にお前と勝負しているわけではないんだが……


 そんなことを思っている間にエンジンの音は徐々に小さく遠くなった。


 それにしてもオートバイの操作が異常に板についた様子だった。


 神藤の帰宅宣言を受け、差しあたって帰ることに思考を巡らせるのだが……


「東山は!……電車とか乗れるタマじゃないか……」


 東山の方を振り向いて顔を見ると自分の考えがあまりに浅はかだったことが理解できた。


 眉がつり上がり、そんなものなどに乗れるはずがないというような顔をしている。


 どうしようか……。


 東山を家まで送り届けるにしても手段が無い。


 なんであいつは先に帰ってしまったんだ……


 俺が頭を悩ませていると、神藤と入れ替わりの様に一台の黒セダンがこちらに向かってやってきた。


「あれって……」


「ええ」


 俺の呟きに東山が反応する。


 やがてそのセダンは俺たち二人の目の前で停車した。


「遅いじゃない。御堂」


 一人の女性が運転席から降りてきて、東山にお辞儀をする。


「お待たせしました。七瀬様。遅れてしまい申し訳ございません」


 パンツスーツにベストといういかにもできる女というような格好をしているその女性は俺よりも背が高い。上着は流石に脱いでいた。


 東山への挨拶が済むと、俺の方へと向き直って無言でお辞儀をしてきた。


 それを見た俺が固まっている間にかつかつというヒールの音を響かせて数歩歩いてきて、後部座席のドアを開いた。


 その様子を見て再度固まってしまう俺。


「……何をしているの? 早く乗りなさい」


 東山が乗り込まないので不思議に思っていると、隣にいた東山に声をかけられた。


「え? 俺?」


「傷の手当。もう病院は閉まっているわ」


 東山は仏頂面だ。


「いいよ! 俺が個人的にやったことなんだし…… 悪い」


「……勘違いしないでください。原因はわたくしにあります」


 俯いた俺から視線を逸らして、東山は腕を組みながら言った。


「……」


 東山の圧倒的な宣言に論破されてしまって俺は何も言い返せなかった。


「どうぞ」


 運転手の女性も手で俺に乗車を促した。


 結局二人の女性からの圧に負けて俺は車に乗り込んだ。俺の隣には東山が並ぶようにして座った。


 女性は東山が乗り込んだ後、洗練された動きで後部座席のドアを閉めた。


 こういう光景を見るとやはり東山がお嬢様なのだということを思い知らされる。


 エンジンがかかる瞬間、ほとんど音と振動が無かったのは乗り込んだ車が高級車だということを物語っていた。


「出していいわ」


 東山が一言運転手の女性に伝えると、車はゆっくりと発進した。


「あの、今からどこに行くんですか?」


 俺が運転手の女性に聞くと、その女性ではなく東山が答えた。


「家に決まってるじゃない。 ……安心しなさい。手当の後はあなたの家まで送り届けますから」


「…ああ。そうか……」


 正直この程度の傷などかすり傷としか思っていなかったので、すごく大ごとになってしまった気がした。


 口をもにょらせて、なんとか言い訳を考える。


「このくらい、風呂に入って寝たら治る」


 俺が呟くと、突然東山に手を掴まれて手首をぐねっと捻られた。


「いてっ!! 何すんだよ!」


「捻挫してるじゃない」


 東山に言われて、自分で手首を曲げてみると痛みが走った。


 再び東山に論破されてしまい、俺は完全に意気消沈となった。


「黙ってじっとしてなさい」


 追撃されて、ついに俺のヒットポイントは無くなってしまった。




 それから十分ほど車内には沈黙が流れた。


 しかしその沈黙がどうも落ち着かない。


 奇妙な状況に、俺は東山の言葉に逆らってそわそわしてしまう。


 そして我慢できなくなって口を開いてしまった。


「……あの、運転手さんは、俺に何も聞かないんですか? その……俺が東山と一緒に居たこととか、俺が傷だらけなこととか、東山が神藤と一緒じゃないこととか……」


 彼女からすれば聞きたいことだらけだという状況なはずなのに、東山と俺には一切状況に関する質問をしてこないのだ。


 それがとにかく気になって仕方なかった。


 俺が口を開いても東山は表情一つ変えず窓の外を見つめていた。


「御堂で、結構です。それに関しては七瀬様がお聞きになられたくないという顔をしていらしたので」


 無口な印象だった運転手、御堂さんは俺の質問にさらっと答えた。声色が一定でロボットのような話し方だ。


「別にそんなこと……」


 東山は窓の外を見つめながらぼそっと呟いた。


 窓の枠に肘をついて脚を組んでいる姿は教室で席に座っている時と同じ印象を受けた。


 窓ガラスに反射する表情からは、いま彼女が何を考えているのかはっきりとは分からない。


 本当に聞いてほしくなかったのか、聞いてほしかったのか、聞いてこなかったから言わなかっただけなのか、どの表情とも読み取れた。


「ただ……」


 再び御堂さんが口を開くと同時に車は赤信号で止まった。


「七瀬様も、少しは素直になったかと思いました」


「そんなことはいちいち口に出さなくていい」


 東山の声は少々棘があったが、悪意があるわけではなさそうだった。


 確かに東山は素直じゃない界隈ではトップに君臨するが、どこがどのように素直になったのかは御堂さんは説明してくれなかった。


 信号が青になり、緩やかにアクセルがかけられ車は滑らかに発進する。運転が非常に上手い。


「七瀬様は元来、優しい女の子なので」


「御堂、少し黙ってなさい」


 照れ隠しなのか少し食い気味に言ってから、窓の外を見つめる体勢に戻った。


 無口だった御堂さんは東山のことになると少しだけ口数が増えることが分かった。


「御堂さんは東山とはどういう関係なんですか?」


 俺が聞くとすかさず回答してきた。


「私は東山家の家令でございます。その中でも七瀬様の側仕えを任されております」


 話す速度が一.一倍くらいになった。


「黙ってなさいと言ったはずです」


 御堂さんは東山に再び注意されて、肩を落としていた。


「……御堂は代々家令の家系。わたくしが物心ついたときから彼女はわたくしの側仕え。二十七歳。二十七年間恋人なし。もういいでしょ。余計なことは聞かないでいただけますか」


 東山は鼻を鳴らしながら言っていたが、彼女が自分から人を紹介するなんて光景を見たことなかったので少しあっけにとられた。


 しかし俺の反応などつゆ知らず、御堂さんは東山に口答えする。


 だんだんロボット口調が緩んできた。


「七瀬様、余計な情報は付け足さないでいただけますか…… 七瀬様こそ一度も恋人などできたことは無いでしょうに」


「はっ! はぁ?! 彼の前でなんでそんなこと!!!」


「……ふふ。ははは!!! 二人。仲いいんですね」


 どこか姉妹喧嘩のようなそんな印象を受けて、俺は思わず笑ってしまった。


 俺の発言に二人とも黙り込んだので、おそらく否定しないってことなんだろう。


 一匹狼のような東山しか見てこなかったので、東山にそういう人物がいたことが意外だった。


 彼女なら、東山が必要以上に神藤を避けていた理由を知っているかもしれない。


 東山以外に東山の本音を知っている人物なのかもしれない。


 それほどの関係性なのではないかと、頭で根拠のない推測が行われた。


「あなたも、御堂に自己紹介くらいしたらいかがですか?!」


 東山に指摘され、御堂さんと出会ってから名乗っていなかったことに気付かされた。確かに失礼だったかもしれない。


「あ、そ、そうだな。佐渡優です。東山とは同じクラスです」


「あなたが、学年一の成績の……」


「御堂!!!」


「……失礼いたしました」


 なぜかすごく慌てた様子で注意する東山とそれなのになぜか嬉しそうな御堂さんの後姿。


 その反応がどういうものなのか考察する前に御堂さんは新たな話題を投げ込んでくる。


「学校では七瀬様の様子はいかがですか?」


「相変わらず人を寄せ付けないっていうか、一匹狼っていうか、そんな感じです」


「七瀬様は昔からそういうお方です」


「でも……」


 俺が言うと御堂さんも「でも?」と繰り返す。


「最近はちょっとだけ友達もできたと思います」


 可憐やさやかとの関係はだんだん良くなってきたし。まぁさやかは同じ学校というわけではないけど。


 あと、俺とか…………。


 いや。

 

 俺の事を何だと思っているんだろうと想像してみるが、本気でただの奴隷のようにしか思ってなさそうなのが否定できない。


「……それは興味深い。お聞かせ願いますか?」


「ちょ! ちょっと!! わたくしの話はしなくていい!」


 務めて興味なさげに我慢していた東山も、流石に自分の話題となると恥ずかしいようだった。


「代わりに御堂の学生時代の話を聞かせて頂戴」


 東山は力づくで話題を変えにいく。ほんと、強引なところ、相変わらず。


 言い放った後はふんぞり返って、また窓の外に視線を移した。


「分かりました。……そうですね…… では」


 御堂さんは少し逡巡したのち、緩く息を吐きだした。


「先ほどは七瀬様に馬鹿にされたとはいえ、私にも甘酸っぱい恋の思い出というのが一度だけあります」


 最初の時のようなクールな声のまま、御堂さんは話を始める。


 だが、俺が最初に持ったロボットのような印象というのはすでに払拭され、会話を楽しんでいるような印象を受けた。


「あなた、女子高出身じゃなかったかしら?」


「…………高校一年生の一学期。一つ前の席だった生徒に一目惚れでした」


 東山の指摘を無視して御堂さんは続けた。ん?


「やがてその生徒とは席が近いこともあってすぐに仲良くなりました。ですが私も物怖じする性格でしたのでなかなか思いを伝えられずにいたんです」


 大人になると自分の恋愛話を恥ずかしげもなく淡々と話せるようになるのか?


 そんな感想で俺は聞いていた。


「夏休みのある日、その人を含む数人でプールに行くことになりました。帰り道で告白しようと自分に発破をかけて臨みました。そのために新しい水着を買いに行ったのもいい思い出です」


 御堂さんは淡々と続ける。


 東山はまた興味なさげに窓の外を見ていた。


「ですが、その人にはすでに恋仲の人物がいたのです。私は落胆しました。席を外した私が戻ってくると、なんとその二人はキスをしていたのです」


「「キス?!!!!!!!!!!!!」」


 シートベルトが外れるんじゃないかってくらいに身を乗り出して、その言葉に俺と東山が同時に反応する。


 奇しくも俺と東山の目が合ってしまった。


 顔を見ると、みるみるうちに顔面が燃えるように熱くなってしまって、お互いに逃げるように顔を逸らした。


 いつかの教室での出来事が鮮明に思い出されてしまったのだ。


 それが凄まじく気恥ずかしくなった。


「……? どうかされました?」


「なんでもないです」


「なんでもないわ」


 俺と東山の否定の言葉が重なり、再び目が合う。


「「っ……!」」


 お互いに目を逸らす。


 気づけば、動悸がした。


「……そうですか。もうすぐ着きます」


 話を再開しようとしたが、御堂さんは俺たちにそう伝えた。


 俺は早くこの車から降りないと息ができそうになかった。意識すればするほど動悸が大きくなるような気がして。


 その「もうすぐ」が来るのを、これまでになかった感情とともにいつかいつかと耐えるのだった。


今日も読んでくださりありがとうございました。

「おもしろい!」「続きが読みたい!」と思ってくださった方はぜひブクマしていただけると幸いです。彼女のデレたところを見たいという方もブクマしていただけると頑張れます。


また評価や感想なんかもお待ちしております。

では次回もよろしくお願いします。

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