第三話 花澤家
車を降りると目が飛び出た。
「さあ、優様」
「……ここが、可憐の家なのか……?」
目の前には西洋風の純白のとてつもない大きさの建築物がそびえたっている。
例えるなら、月並みだがお城だ。
「ええ。そうです。ここが私の自宅ですわ」
可憐はあっけらかんとしていて、俺の驚愕具合には気づいていない。
学校の校舎よりでかいぞこれ……
いや、ある程度金持ちなのは分かってたんだけど、このレベルは予想していなかった。
これまたベタな表現だが、俺は宇宙船から地球を見た宇宙飛行士のような感情になった。
「そ、そうか……」
俺が建物に見とれていると二人に置いて行かれる。
「こっちですわよ」
「あ、ああ」
少し小走りになって二人の後を追う。
玄関? もはや玄関かどうかわからないが、建物の入り口から中へと入る。
そこで俺は今日二度目の目ん玉を引ん剝いた。
内装はすべて大理石。天井には噴水のようなシャンデリア。
足元には真っ赤な絨毯。
丁度よい明度の照明に心が浄化される。
「佐渡様、こちらへ」
馬野さんに促され、俺はなすがままについていく。
「じゃあ、馬野さん。彼をよろしくね」
「かしこまりました。お嬢様」
馬野さんは丁寧なお辞儀をする。
「あれ? 可憐はどこ行くんだ?」
「あら、優様。無粋なことをお聞きになるのではありませんわ」
可憐はそう言って微笑むと、数人のメイドさんを連れて、俺とは別の部屋へと向かっていった。
もうこの際メイドさんがいるのは自然過ぎて逆に気づかなかったわ。
「あ、あの~。俺はどこへ?」
「花澤家の食事会にふさわしい装いに着替えていただきます」
「食事会?!」
食事会ってなんだよ…… 俺ここで飯食うのか?
「ええ…… こちらです」
部屋の中に入ると三人の男の人が背筋を伸ばして立っていた。
「では、よろしくお願いします」
三人は馬野さんに頷くや否や、俺を囲む。
「ちょ! なんです?!」
彼らはどこからともなくメジャーを取り出して俺の体に巻き付ける。
「採寸でございます」
「先に言ってくださいよ!」
そのまま俺はなすがままに体のありとあらゆるサイズを計測される。
「ではこちらへ」
すると四人目の男の人が何か黒い布をもって現れる。
「こちらに、お着替えください」
黒い布を渡されてカーテンを閉められる。
後ろを向くと大きな姿鏡。
「これに着替えればいいんだな……」
渡されたスーツらしきものはある程度は着られたのだが何個かつけ方が分からない小物がある。
「あのーこれ……」
カーテンを開けて彼らにそのつけ方を尋ねる。
彼らは無言でまた俺を囲む。
そこから後の記憶は判然としない。
そのまま椅子に座らされて髪を洗われたり、顔の毛を剃られたり。
なんだかんだで出来上がった姿を鏡で見ると心なしか声が漏れる。
「おお……」
なんかそれらしくその空間にいても違和感のないレベルにまで仕上がっている。
「こちらでしばらくお待ちください」
廊下に押し出されるとドアを閉められる。
「ちょっと!」
ここで待ってればいいのか?
十分ほど待つと可憐と馬野さんがやってきた。
「まあ! 見違えましたわね。かっこいいですわ」
可憐は両手を合わせると目をキラキラさせて言う。
「ああ、ありがと」
「私はどうですか?」
すると可憐はスカートの裾をつまんでその場で回転する。
肩がでた黄色のドレスは可憐の穏やかだが華奢な顔を映えさせる。
ラメがちりばめられた可憐の肩は先ほどの制服姿からは想像できないほど艶っぽい。
それを見て俺の心臓は思わず跳ねてしまう。
しかし、少し短めなスカート丈は彼女がまだ完全な大人ではないことを証明していた。
「うん。か、かわいいよ……」
かわいいなんて言葉で片づけるのはもったいないほどに可憐の姿は魅力的だ。
「うれしいですわ! さあ行きましょう」
すると可憐はまた俺の腕を掴む。
だからそれ心臓に悪いからやめろって……
「では私について来てください」
馬野さんはそれを機に歩き出す。
「あの~。食事会って……」
「今日の食事会は花澤商事のグループ企業の方を招いた立食パーティーでございます」
花澤商事って、あの花澤商事か? 五大商社の花澤商事なのか?
「そ、そんなところに俺なんかが居ていいんですか?」
「幾分、その方の家族の方なんかも参加するざっくばらんな食事会ですから大丈夫ですわ」
可憐はそう答えると、今度はとんでもないことを言い出す。
「お父様にご挨拶をしていただく程度でかまいません」
「お、お父様? お父様って可憐のお父様か?」
「? そうですけど?」
可憐はきょとんとした顔をする。
「ちょっと待ってくれ」
花澤商事関係の人なのか? まさか取締役レベルの人じゃないだろうな…… 可憐のお父様。
「可憐様のお父様は花澤商事の代表取締役社長でございます」
「ええええええええええええええ!!!! 可憐のお父様、社長さんなの?????」
「そうですけど?」
可憐はきょとんとした表情のままだ。
「いや、まだ俺たちそんな関係じゃ……」
「大丈夫ですわ。お父様はフィクションに出てくるような厳格な方ではなく物腰の柔らかい方ですから心配する必要はないですわ」
可憐はにっこりと笑って諭してくる。
「そうか……」
可憐の言葉を疑っているわけではないがやはり花澤商事の社長さんに挨拶するって……
嘆いている間に会場に入っていた。
会場には老若男女が入り乱れ、まさにパーティーって感じだ。
机には豪華な料理が並べられ、すでにパーティーは開始されていた。
「ではごゆっくり」
馬野さんは俺たちに一言告げると会場を出て行った。
「さあ、お好きなものを召し上がってください」
可憐は俺に食事を促すと、満足げな表情をする。
「私の家の料理はおいしいですのよ! さあ」
俺は近くにあった骨付きの鶏肉を取って一口かじる。
「うまぁ……」
人間、ほんとにうまいものを食べると叫ぶんじゃなくて呟くんだな。
七面鳥なんかクリスマスでもあまり食べたことないぞ……
二口目、三口目と進める。
「可憐、これどんだけ食べてもいいのか?」
「はい。好きなだけ召し上がってください」
「マジか! 可憐ありがとうな!」
「いえ……」
可憐は手で頬を隠すとなぜか俯く。耳が赤くなっている。
それから俺はお言葉に甘えてたくさん食べることにした。
可憐の言う通りどれを食べてもうまくて、本当に幸せだ。
こんなうまいもん食えるなら可憐と付き合うのも悪くないかもなぁ~なんて。
可憐は俺を見てやさしく微笑んでいる。
「やあ、可憐。学校はどうだったかい?」
背の高い初老の男性が歩いて来るや否や可憐に話しかける。
「まあ! お父様。私、学校で素敵な人に出会えたのですよ!」
その人は可憐の言った通り物腰の柔らかそうな顔だ。
俺の首筋に冷や汗が流れ出す。ついに来たかぁ……
俺は速攻で食べるのをやめ姿勢を正す。
勇気を振り絞れ。佐渡優!
「さ、佐渡優と申します。今日、学校で可憐さんと初めてお会いしました」
「優様は私を助けてくださった恩人なのです! そのお姿がかっこよくて、私は彼と仲を深めていきたいと思っているんです」
可憐はさぞ楽しそうに話す。お父さんとも仲がいいんだろう。
「そうかそうか。可憐もそういう年頃か~」
そう言う可憐のお父様も常に満面の笑みだ。
「じゃあ、佐渡君。可憐をよろしくね」
肩に手を置かれる。
なんかこれ可憐と付き合うみたいになってねえか?
「いえ、可憐さんとはまだそういう関係では……」
すると突然可憐のお父様の顔が一変する。
「可憐を泣かせたら、承知しないよ?」
「はい! もちろんです。今後可憐さんとは清いお付き合いを……」
顔がいきなりヤクザのそれに激変したので俺の体は震え上がる。
「じゃあ、可憐、佐渡君。パーティー楽しんでね」
そう言うと可憐のお父様はその場から立ち去る。
「はぁ~。死ぬかと思った……」
これからどうなるんだよ……
今日も読んでいただきありがとうございました。
次回から話が進みますのでよろしくお願いします。
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