第二話 かれん
私は「わたくし」とお読みください。
入学式が終わり俺のクラスである一年一組の教室に移動する。
「おいおい、マジかよ……」
扉を開けると、今朝俺が旧校舎裏で自転車を停めようとしたときに啖呵を切った金髪女がいるのだ。
しかも今朝と同じようなメンツで固まっている。
立ち尽くしていても仕方ないので教室に入って黒板に貼られている座席表を見に行く。
「ん?」
座席表を見ると窓際一番前の席に俺の名前が書かれていたのだ。
俺の名前は佐渡であるから名前順であればこの位置はおかしい。
「あら、佐渡さん。ごきげんよう。あなたが言っていたことは本当のようですわね」
背後から話しかけられて俺の体はびくっとはねる。
振り向くと今朝の金髪が腕を組んで立っている。
新品の制服は彼女の体格にぴったりのサイズで、俺のぶかぶかの制服と対照的だ。
ぴんと伸ばされた背中は今朝見た通り気品にあふれていた。
「なにがだよ」
「あなたの座席はわたくしの一つ前でありますもの」
「だから、何言ってんのか分からんっての」
俺はイマイチ要領を得ない。
「進学校であるこの星聖学園では座席の順番は成績順で決まりますのよ」
金髪は鼻を鳴らして、俺に教えてくれる。
なるほどな。だから入試成績トップの俺が本来であれば出席番号一番の席の位置になってるわけだ。
って、ちょっと待てよ。金髪は「わたくしの一つ前」って……
おいおい勘弁してくれよ。
入学初日に突っかかった相手が同じクラスでしかも後ろの席って、どんだけ運わりぃんだよ。
だが俺ももう高校生だ。大人になろう。
こう見えて俺は平和主義なのだ。できるだけいさかいは無いようにしたい。
「……さっきは言い過ぎた。これからよろしくな」
そう言って俺は金髪に手を差し出すが、それに見向きもせず金髪は腕組みをしたままだ。
「ハイ皆さん、席についてください」
教室に担任の先生が入ってきて会話が中断される。
金髪はその長い髪をなびかせ彼女の席に歩いていく。
そのまま他の生徒たちも席に着き、入学しての諸注意だの提出すべき書類だのの説明がなされる。
男子も女子も金持ちオーラがプンプンで俺は委縮してしまって、金髪以外誰とも話さずに初日が終わった以外は特に何事もなかった。
建物の新しさと生徒のオーラ以外は、思っていたよりも普通の学校とそこまで変わらないのかもしれないというのが初日の感想だった。
教室を出て旧校舎裏に向かう。
校門の前までの道のりには歩いている生徒がたくさんいたので俺はママチャリに乗るのは諦めて校門まで押していくことにした。
とぼとぼと歩いていると嫌でも他の生徒が目に入ってしまう。
「入る学校間違えたかなあ……」
学園内にいると疎外感というか浮いてるというかそういう自分の存在している居場所に対する疑念を抱かざるを得なかった。
それと同時に敷地の広大さも目に入ってくる。
「だから、広すぎなんだよお!」
いったい教室から校門まで何分かかるんだよ。
たまたま今日は早く家を出ていたのが幸いしたものの、朝家を出発する時間を見直す必要があるなと感じた。
やっとの思いで校門までたどり着いて、ママチャリに跨ろうとすると一人の少女に声をかけられた。
「ようやく来られましたの。待ちくたびれましたわ」
彼女の方を見ると胸の前で両手を合わせてなぜか目を輝かせている。
「俺を待ってたのか?」
「もちろんですの。今朝のお礼をしたいと思い、不躾ながら校門の前で待たせていただきました」
「お礼?」
「そこまで気づかないというのは私もほんの少し悲しいですわ……」
彼女は何かぶつぶつ言っているが聞き取れない。
「自己紹介が遅れました。私、花澤可憐と申します。今朝、貴方様に助けていただいた者です」
彼女は野原に咲く花のようににっこりと笑うと、礼儀正しくも可愛らしいお辞儀をして見せる。
「あああ! 君が! あの時の!」
今朝は金髪を捲し立てることに夢中だったせいで彼女の顔をしっかり確認していなかった。
しかし、今朝は制服もびしょびしょになっていたはずだが……
「そ、その、制服は……大丈夫だったのか?」
「制服でしたら予備の物がありますから問題ありませんよ」
制服だけじゃなく髪もメイクもばっちり決めてきている。
なんかすごくいい匂いがするのは気のせいだろうか。
身だしなみが俺のそれとは段違いで強烈な羞恥心に襲われる。
「その、なんか困ったことあったらまた頼ってくれ」
俺はやはりこの高級な感じに気圧されてその場から逃げ出したくなった。
ハンドルを握ろうとすると彼女に腕を掴まれる。
「まだ用は済んでませんの。私からお礼をすると先ほども申し上げたはずです」
彼女はむっとした表情になるとすぐにさっきの穏やかの表情に戻る。
「……分かった。そのお礼ってのは受けるから。離してくれ」
そう言って俺は一旦その場にママチャリを停める。
「っと私としたことが…… 失礼しました。では優様」
そう言って彼女が促したその先には真っ白なリムジンが後方の扉を開けて鎮座していた。
「ご、ごめん、ちょっと大事な用事を思い出して……」
視覚情報が脳を経由せずに口から出ていた。
「先ほど、私のお礼は受けるとおっしゃりました。それに……嘘だって分かります」
彼女は蠱惑的に笑うと俺の腕に飛びついてくる。
突然のことで俺の心臓はどきりと脈打つ。
密着する体からは彼女の体温が伝わってくる。
ちょっと、当たってるって……
「私のことはかれんと、お呼びください」
彼女は俺の腕に抱きついたまま上目遣いで微笑む。
なし崩しに俺はリムジンに乗せられる。
いろいろなことが一気に起こり過ぎて俺の思考回路はショートしてしまった。
その間、彼女はずっと俺の腕に抱きついたままだ。
「さあ、こちらへどうぞ」
座席に座っても彼女は俺の腕を離さない。
「チャ、自転車はどうすればいい……?」
「馬野、優様の自転車は大切に運んでください」
「かしこまりました。お嬢様」
そう言うと運転手らしい初老の男の人はどこかに電話を掛けだしたようだ。
「優様の自転車は私が責任をもって運びますのでご心配なさらず」
すぐになんかすげえでかいトラックが到着する。補足すると軽トラックレベルではなく高速道路で走っているような奴だ。
数人の作業員らしい人が俺の自転車をプチプチで梱包すると、荷台に積み込む。
作業員たちの圧倒的スピード感には正直感服せざるを得ないが、俺の愛用のママチャリはどこかへ連れ去られてしまった。
「俺の愛するママチャリが……」
「馬野、出発しましょう」
「かしこまりました。お嬢様」
それをきっかけに車は発進する。
同時に彼女が俺の肩へと首を預ける。
「ちょっ!」
「あら、お気になりますか? 先ほどまでは満更でもなさそうでしたが」
彼女はさっきの蠱惑的な表情で笑うと俺の手を取ってきた。
「そ、そういうことは真剣な人にだけ……」
「では、このままで良いですわね」
彼女は目を瞑って呟く。
「は?」
「お嬢様、佐渡様も混乱しておられます」
「そ、そうですわね。私としたことが……」
運転手の人が彼女に声をかけると彼女はようやく体から離れてくれた。
ありがとう! 運転手の人! ところで俺の名前なんで知ってんの?
「こちらは馬野さん。私の執事兼運転手です」
「運転中で申し訳ございません」
馬野さんは軽く会釈して見せる。
ほんとに執事っているんだ…… いまさらそんなことで感動している場合ではない。
すると彼女が咳払いをする。
「……私は、優様に恋をしてしまいました。真剣に交際の申し込みをしたいのです」
彼女の顔がほんのり赤くなる。
「はああああああ???????」
いきなり何言い出すのかと思ったら告白されたんだけど!
「馬野の前でこんなことを言うのは恥ずかしいのだけれど……」
彼女はほっぺに手を当てて顔を隠している。
「お嬢様、佐渡様もご説明を聞かなければ困惑なされます」
「そ、そうですわね。ちゃんと説明しますわね。今朝、優様は私を助けていただいたでしょう? その時のお姿が非常に男らしくてかっこよかったのです。それで私はそのお姿に恋をしたということです。簡単に言えば一目惚れというものでしょうか……」
俺はそれを聞いてなんかすごく恥ずかしくなった。
何だよその少女漫画みたいな展開は……
「そ、そっか……」
「お、お返事は……?」
彼女は捨てられた猫のような目で訴えかけてくる。
「まだ、花澤さんのこと何も知らないし。いきなり付き合うってのは……」
俺の返事に彼女はしゅんとしてしまう。
しかしすぐに立ち直ってこんなことを言う。
「それは想定済みですわ。今後私は優様にアタックします。私は優様を諦めません」
すごくハチャメチャだけど筋は通っている。
「それなら、俺も納得するよ」
「ですから、今後私のことはかれん、とお呼びください」
彼女に顔を近づけられる。
数秒見つめられた挙句俺は根負けしてしまう。
「か、かれん……」
それを聞いた彼女は今日一番の笑顔を見せたのだった。
2話目が投稿できました。可憐は巨乳の設定です。よろしくお願いします。
今日も読んでくださりありがとうございました。
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