第1-3話 大阪市都島区東野田町3丁目9番地 パチンコスロット店 付近
第1話は今回で終わります。
今回の逃走経路は、本文の下にある【今回の現場】のリンクから、
1、向いている方向に進んで、
2、最初の交差点を右に向いて進み、電車の高架下をくぐると再現できます。
一目散に逃げるチンピラ・コボルド。
立ち食いソバ屋前の交差点を、突っ込んできたタクシーに轢かれそうになりながら横断していく。
急ブレーキをかけたそのタクシーに道を遮られた綾さんは、緩やかに半身になると後ろを走る姫様の手を取った。和装の裾を小さく翻しながらふわりとジャンプ。ボンネットを、ぽんっと踏み台にすると同時に姫様の腕を引き上げ、くるりと舞ったかと思うと、姫様をタクシーの向こう側へ降ろしつつ跳び越えていってしまった。
うわ……
思わず声が漏れた。
「なにしょんねん!」
タクシー運転手の怒鳴り声で我に返り、ペコペコ謝りながら慌てて追いかける。
環状線をくぐる短い高架下を駆け抜けると、大阪の人間ではかつて知らぬ者が居なかったCMで有名な、総合レジャービルのゲームセンターが現れた。
壁面がまっ黄色に塗られた、西洋の城をモチーフとした何と言うか……独特なビルの横を通り抜ける。
チンピラ・コボルドはその向かいのパチンコスロット店前に逃げ込もうとしたが、閉店作業をしていた女性スタッフにぶつかった。入り口ドアはスイッチが切られており、犬人間は開かないガラス扉に追い詰められた。
金切り声を上げたチンピラ・コボルドは、パチンコスロット店のスタッフを盾にしようとした。釘先を出した握りこぶしを女性スタッフに突き付ける。突然の事に悲鳴も上げられずホウキを握ったまま固まる女性。
「ま、また魔法使ってみぃ、こいつごと斬ることになるで!」
「渉! はよぅせい!」
「渉さまが居てんとあきまへんわ~」
ちくしょう! 社畜25歳の体力は限界が早い。飲み屋の前に積んだビールケースにぶつかりそうになりながら走る。残り5メートル!
「オレはあの調査派遣隊やぞ! 第5世界線のもんをちょっとくらい好きにしてもええやろが!」
怯える女性の顔に釘先を向けながら、ジリジリと距離を取る犬人間。ヨダレまみれの大口に血走った目を姫様たちに向ける。
足がもつれそうになりながら追いつくと、綾さんがスッと右腕を支えてくれた。同時に姫様にギュッと左腕を掴まれる。
「「せーの!」」
声を合わせる綾さんと姫様。
「にじゅうえんすろっと~」
「せーんえんつかったああっ!!」
スロット店の前で何を言っているんだろう、この異世界人たちは。
チンピラ・コボルドから少し離れた路面に二重円環が現れ、シュンっと光のベールが引き上がった。女性スタッフとの間をちょうどの所で遮断し、犬人間の動きだけが急激に遅くなる。
「んーなぁぁアーホぉーなぁー!」
奇妙に間延びした叫び声を上げるチンピラ・コボルドの前で、ドサっとへたり込む女性スタッフ。その髪の毛を数本切り飛ばし、光刃がチンピラ・コボルドに吸い込まれる。と、その身体が一瞬にして光の塊に変わり、出し抜けに消えた。
「は~、うまいこといきましたなあ」
綾さんがおっとりと俺のズボンに付いた泥を払ってくれる。
「渉さま~、おつかれさんでしたなあ」
『姫さまぁ! 姫さまぁ? 姫さまでしょー! なんですのん、これ!』
どこからともなく聞いたことのない女の子の悲鳴が聞こえてきた。
俺にはわかった。この声は、第5世界線のじゃない。近くて遠く感じる不思議な声だ。
『なんや、変なんがそっちから流れて来たんですけどーっ!』
「おぉ、乃流か。達者にしておるかの」
『ええ、ぼちぼちでんなぁ……って、なんですのん、この元コボルド!』
この声はどうやら俺たちにしか聞こえないらしい。周囲に集まってきた人たちは気が付いていない様子だ。
「鴻巣はおらんようじゃな? ちょうど良い、そやつを第2世界線に戻しておいてくれ」
『ええええ!? 逆の転移は原則――』
「そやつは、調査派遣隊の恥さらしじゃ。第5世界線に迷惑をかけておったので成敗したのじゃ」
『ええ!? ほんならあの話はほんまでしたん?』
乃流と呼ばれた女の子の声が、驚きに変わる。
「うむ。嫌がるんでな、仕方ないので少々手荒に送り返したのじゃ。乃流よ、これからいそがしゅうなるぞー」
『そら、姫さまの頼みやいうたら喜んでやりますけど……』
乃流の声のトーンが下がり、
『こっそりや言うても、できることとできへんことが――――って、あー! これ、転生扱いですやん! 届け書きを作ってもらえんと、鴻巣様にウチ――』
「よきにはかっておくのじゃ」
女の子の声が途中で切れた。
「い、今のはどなたでしょう?」
「わらわの世界線の管理者じゃな。下っ端じゃが」
さらっとスゴイ事を言っているような気が……。
「噂は本当じゃった。やはり新天地で悪さをしておる者がおるのは確かじゃ。渉よ、そちがおらんとみつからんかったのぅ」」
姫様がキラキラした目で俺を見上げている。嫌な予感がする。
「やはり、この世界、ゲスが紛れ込んでおるわ。しっかり見てまわらねばいかんようじゃな」
話がトントン拍子に暴走しているんだけど……。
「決めたぞよ。ぱとろーるを強化するのじゃ! 渉、力を貸すのじゃ」
まずい。
「あ、明日は俺、仕事に行かないといけないから――」
「姫さま~。渉さまはお仕事やぁいうたら1日中出かけはりますさかい、いつものよぉにお部屋で待ちましょか~」
「ふむ。渉の仕事場か。一度見てみたかったのじゃ」
「ええええ!?」
「渉さま~、すんまへんなぁ。うちもご迷惑おかけせんようにしますよってに~」
「ええええええ!?」
「渉よ、ノブのレースはオーブでルーズのためじゃ。頼むぞよ」
「姫さま、『のぶれす・おぶりぃじゅぅ』ですなぁ」
俺は走った疲れとは違うナニカでへなへなと座り込んでしまった。
「渉よ、おなかがすいたぞよ。牛丼屋に戻るとしようぞ。綾、時空回復点を閉じるのじゃ」
「おまかせください~」
姫様がご機嫌だ。
どうしよう。
俺は明日からどうしよう……。
◆◆
【今回の無かったこと】
・ 牛丼屋
自動ドア 全損1組
天井 損壊4平方メートル
床面 損壊6平方メートル
牛丼 12杯
調味料ボトル、お味噌汁、紅ショウガ、お茶、その他多数。
・ タクシー 全損2台 損壊1台
・ 電信柱 切断1本
・ ビル壁面損壊 7平方メートル
・ 現場遭遇者対応 47名
以上