第1-1話 大阪市都島区東野田町2丁目4番地 牛丼屋 付近(1)
新作を始めました。
SF「宇宙戦争は俺のトイレで起きている。」と同時執筆でやっていきます。
楽しんでいただければ幸いです。
今回、Web小説ならではの楽しさに挑戦してみています。現場をGoogleマップでリンクしてみました。オオサカの実際風景も楽しんでみてくださいな!
「渉よ、わらわは半熟たまごを付けて欲しいぞよ」
「姫さまぁ、渉さまはお給料前やぁ、言うてはりましたよってに、そない無理を言うてはあきまへんよ~」
真夜中近くの牛丼屋の入り口。食券販売機の前で財布を開く俺の背後で、そんな恥ずかしくも情けない会話をする和装姿の二人。
今の俺の生活を激変させている元凶だ。
時代がかったセリフで半熟たまごを要求するのは、さらさらの長い髪を背中まで伸ばした小学生くらいの女の子。
本人曰く、高貴なオーラあふれる麗しい姫君だそうだが、俺にとってはこまっしゃくれた暴走チビにしか見えない。一風変わった華やかな着物姿で、俺のわき腹越しに券売機の画面をのぞき込んでいる。
奇妙な大阪弁でたしなめているのは、ゆったりと髪を結い上げた物腰やわらかな妙齢の女性。
にこにこした微笑みが印象的な癒し系だ。俺より年下らしいが、おっとりと落ち着いているせいもあってなんだか年齢不詳に見える。
清楚な着物姿にも見えるがやはり少し変わった和装で、俺の肩口あたりから顔を見せている。
「ふむ。味玉とやらも美味しそうじゃな」
「姫さま~、味玉の方が90円、半熟たまごよりお高いですやろ~。わがまま言うたらあかしまへんよぉ、うちらは貧乏ですよってに~」
それはお前らが転がり込んできたからだろ……。
「綾は厳しいのぉ。しかし、もう少し甲斐性ある男が連携者じゃったらよかったのぉ」
「こぉら。姫さまや言うても、そないなこと言うたらあかしまへんよ~」
綾と呼ばれた女性の声に少し迫力がこもる。表情は癒し系の微笑みのままだ。
「ええですかぁ? お外で食べますのんがひさしぶりやわぁってはしゃぐんもわかります~。せやけど、ここは第5世界線の『大阪』。第2世界線の頃のようにはいきまへん~。そもそも渉さまにごやっかいになってますやろ~」
表情が変わらない綾さん。
「じょ、冗談じゃ! 戯れじゃ! 貧乏も冒険のうちじゃ。わらわは姫として恥ずかしゅうないような貧乏生活を――」「出すよ! いいよ味玉! お金入れたからボタン押して!」
頼む。これ以上、大声で貧乏貧乏と言わんでくれ……。
「おお!」
シュンとした姫様の表情がパッと晴れる。
「そちが押すがよい。わらわたちはキカイやらデンキとやらが苦手なのは、知っておるじゃろ」
「はいはい」
「それと渉よ。よぅ考えるとわらわは味玉は好かん。半熟たまごの方が好みじゃ。高いからといって美味とは限らんからの」
※※
日本第2位の巨大都市、『大阪』。
人情的ロマンと現実的シビアさを天秤にかける街――らしい。
俺はそんな街に憧れるわけでもなく、とりあえず受かった大学と、なんとなく就職できた会社が大阪だったというだけで7年ほどこの街に住んでいる。
大阪でも名だたるカオスな駅前――ここ京橋という歓楽街でも、真夜中に近い時間帯で晩飯を食べるには牛丼屋くらいしかない。
京阪電車の京橋駅とホテルやファッション店舗が一つになった商業ビル――『京阪モール』の裏手にある牛丼チェーン店――竹屋は賑やかな駅前から少し離れており人通りが少ない。コスプレ姿のような奇妙な二人を連れて食べに行くには目立たなくてすむ店だった。
目の前に牛丼並盛が並べられたところで――
「なあ、これ、釘やろ?」
甲高い割れ声が店内に響いた。
声の主は牛丼屋の象徴的なU字状カウンターに座っていた。
奥まった調理場近くの席で、紫と黄色の派手なシャツを着たチンピラのような男が頬杖をついて喚いている。留学生らしい店員の女の子に、つまんだデカイ釘をプラプラさせていた。
「あ? お前んとこは牛丼にこんなもんトッピングすんのかい!」
上手い事を言った風なドヤ顔の男に、「ゴメナサイ……ゴメナサイ……」
小さな声でペコペコ謝る女の子店員。
完全な言いがかりだ。あんなデカイ異物、盛る時にわからないわけがない。
「なんやこら、ツイッターで炎上させたろか! せやろ?」
チンピラっぽい男が、隣に座っているスーツ姿の若者に話しかける。
「……そうなんですか」
大人しく牛丼を口に運んでいたそのサラリーマンは、興味なさげに応えた。
「せやぞ! 要領悪いオマエに経験豊富なオレ様が教えたるわ。こんな舐めくさった店はキッチリ教育したらなアカン」
二人組だったのか。
それにしても奇妙な組合せだ。隣の男はどこにでも居そうなスーツ姿で、さっきまで居ることに気が付かなかった。
「ネエチャン、謝るだけやったらあほのサルでもできるで! 誠意見せてくれや。せやろ?」
隣にこれ見よがしに同意を求めるチンピラ風。
求められた本人は味噌汁を静かにすすっている。
店内にはまだ数人の客はいたが巻き込まれたくないのだろう、次々と出て行ってしまった。
正直、飯がマズイ。
「早く出ようか」
隣に座る姫様に声をかける。
すまし顔で半熟たまごを二つに分けている姫様は気にもしていない。床に届いていない足を自然とぶらぶらさせているのを見ると機嫌がよいようだ。
「かまわん。すておけ。まずは牛丼じゃ」
だめだ。話にならない。
姫様越しに綾さんに話しかける。
「早く出ませんか」
「せやねえ。うちらは、第5世界線の人が起こすもめ事には基本的に関わらんようにしてますよって……あ、よろしいんですのん? 嬉しいわぁ! おおきに~」
はんぶんこされた半熟たまごを受け取った綾さんものんびりと答える。
「うちらの世界のもんが迷惑かけてますのんなら、きっつぅにお仕置きしやんといけまへんけどな~」
彼女たちは異世界人だ。俺たちとは違う発展をしたオオサカから来たらしい。
「そうじゃな。トンダバヤシから脱獄した男も、スイタの衛兵の武器を奪って逃走したヤツも、そち達の世界の人間じゃった。となると、あの噂は本当なんじゃろうか」
そろーっと半熟たまごを牛丼に載せる姫様。
姫様が居た世界で、ある研究の結果、時空間を跳躍できる技術を生み出したそうだ。結果、とある世界が見つかった。
新天地だ!
調査隊が結成され、異世界に派遣された。何度も失敗したが、徐々に異世界の姿がわかってきた。
その世界は、別の発展を遂げた『オオサカ』だった。
魔法の代わりに、電気と機械というもので発展した世界線のオオサカ――すなわち、俺たちの『大阪』だったのだ。
「えーと。第2世界線の調査隊が、第5世界線の人間になりすまして好き放題やっている……って言ってたよね?」
「そうじゃ。勇ましき調査派遣隊とは名ばかりで、実は一攫千金を夢見る冒険者や、荒くれ者、奴隷、犯罪者……色々な者たちの寄せ集めで……という話があってのぅ」
何があるかわからない異世界にわざわざ飛び込んでくる者たちだ。崇高な意志、名誉や栄誉のためというより、欲望まみれか無理やり連れてこられた者たちが殆どだったという。
そんな連中がやってきた結果、こちらの世界に紛れ込んでゲスなことをしている……ということらしい。
カウンターの奥の方では、相変わらずチンピラ風が店長を出せと居丈高に騒いでいる。あんな感じだろうか。
「でじゃな。もしも、この新天地で狼藉を働いておったら、全力で成敗せんといかんじゃろうとやってきたのじゃ。第5世界線に迷惑をかけるわけにはいかんじゃろ?」
目をキラキラさせる姫様。
「ノーブレスなオーブのルージュというものじゃな!」
「姫さま、『のぶれす・おぶりぃじゅぅ』ですなぁ」
上に立つ者には責任や義務が発生する――『ノブレス・オブリージュ』……のことだろう。姫様が何にワクワクしているのかはわからないけど。
「せやけど、こっちの世界の人らぁそっくりに化けてしもぅて、うちらには見分けがつかん~て困っていたところに~」
「俺と出会った……と」
姫様と俺のサラダにゴマドレッシングをかける綾さん。
「しかし、なぜ、そちにわらわ達の世界と繋がる力があったんじゃろうな」
「そうですなあ。連携者っていう存在があるぅとは聞いてましたけどなぁ」
俺は奥の騒ぎに気が気でないが、一人で逃げるわけにもいかない。
「渉さまに触れていると、この世界でも魔法が使えるんも、なりすました第2世界人の正体が見えるようになるんも、なんや不思議なもんやねえ」
綾さんは姫様の前にサラダを置き、俺の前にも差し出す。
騒ぎに気を取られていた俺はサラダを取り損ねた。
「あ~」
とっさに支えようとした綾さんの白くて細い指が、俺の手に触れた。
「はぁ、あぶないとこやったわぁ。かんにんね~」
そして――
「あら~?」
綾さんが俺の顔を見――いや、顔を通り過ぎて店の奥を見ながら声をあげた。
「コボルドやわ~」
なんとものんびりした声で……って、コボルド?
ひんやり冷たい綾さんの指が、今度は俺の指をしっかり握る。
俺も急いで振り向くと――
牛丼屋の奥で騒いでいたチンピラの横顔が、小汚い犬人間のそれに変わっていた!
綾さんの声に気が付いたチンピラ――のような服を着たコボルド。
ファンタジー世界では雑魚として有名な犬人間がこちらを見て、驚愕している。怯える店員の女の子はそのままの人間の姿だ。
「なんじゃと!」
俺の頭を押さえつけて椅子の上に立ち上がる姫様。
「おぉ、まことじゃな」
「姫さまぁ、はしたないですよ~」
「おまえら! ひょっとして第2世界線の――」
コボルドの大きな口から汚いツバが飛ぶ。
「綾! 時空回復点を打て!」
「おまかせください~」
綾さんは俺の手を握ると、いつの間にか取り出した杖を天にかかげた。
「こーりん!」
ピシっという、音の無い音が聞こえた。それ以外は周囲に何も変わった様子がない。
「降臨?」
「Call Inですわ~。この世界線に分岐を作ったんです~。ここから先、次のポイントを打つまでに起きた事は渉さまの世界では『無かったこと』に――あ、姫さま、あぶない~」
コボルドが投げつけた小さな壺を綾さんが杖で弾いた。と、同時に俺の目の前がピンク色の花吹雪に覆われ――って、ゲホッ! ゲホッ!
すっぱ! 辛っ! 目にシみるっ!! なんだ? これ、紅ショウガかっ!?
「かんにんな~。手ぇ離してしもたら魔法が使えんよってに~」
紅ショウガのシャワーをカウンターの下に隠れてやりすごした姫様が、牛丼を抱えたまま呟く。
「まったく。食べ物を粗末にするとは言語道断じゃ」
チンピラ・コボルドがカウンターに置かれたドレッシングや味噌汁のお椀を投げつけてくる。
綾さんは両手で握った杖でそれらをことごとく叩き落とし、ことごとく俺にぶっかけてくる。
「ほんに、かんにんな~。渉さまに、触れてんと、魔法が使われへんから~」
「お前らなにもんや!」
チンピラ・コボルドはカウンターに跳び乗り、こちらに向かって駆けてきた!
途中の味噌汁の入ったお椀や冷たいお茶の入った透明ポットを蹴散らして突進してくる。
「そこのゲスよ。選ぶがよい」
凛とした声が牛丼屋に響いた。
横手の椅子の上に、俺の頭を支えによっこらせと立ち上がった姫様。手には姫様の身長ほどの白く輝く巨大な扇子。
あれは……。
「ハリセンか?」
思わず呟く。
「あほ者っ! 『聖なる扇子』じゃ、発音に気を付けい!」
チンピラ・コボルドの動きが止まった。
「選ぶがよい。自主帰還か――」
姫様が巨大な扇子を振り上げ、そして構えた。
「成敗のち、強制送還か!」
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続きは、明晩に投稿予定です。