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8話 俺は少なくとも剣を振れるらしい

 瓦礫と化した街を、トラックで走り抜けていた。

 幸いなことに、トラックが履いているタイヤはかなり丈夫に作られているらしく、道に散らばる瓦礫の上を難なく駆けている。逆に言えば、衝撃は吸収できないようで、乗り心地はあまり良くなかった。


 広い道に出るたびに左右どちらかに曲がる。さらに広い道に出ると、さっきと反対方向に曲がる。

 そんな感じで、できるだけ進む方角が同じになるように走っていると、やがて崩れた壁の切れ目、門があっただろう場所に辿り着いた。当然ながら門を守っている人もいないため、すんなりと瓦礫の街から抜け出すことができた。

 同時に舗装された道が途切れて、地面がむき出しになった無舗装の道に変わった。


 そこは、一面の荒野だった。

 唯一救いだったのは、荒野を抜ける道がずっと真っ直ぐ、彼方まで続いていることか。これなら、迷う心配をせずに済みそうだった。

 もっとも、この道がどこに続いているのか全く知らないのだけれど……。


 不思議なことに、助手席に乗せてあった色の抜けた林檎が、時間の経過とともに徐々に赤く色が戻っていった。

 色が抜けた原因は自分であることは何となく分かったけれど、色が戻った原因が全く分からなかった。おもむろに一個囓ってみると、味まで戻っていた。

 うん、美味しいからいいか。



「ん……? 誰かが道の真ん中に立っているぞ?」

 やがて荒野を抜けて周りに木立が増えてきた頃、やや狭くなった森の道に人が三人立っていた。

 いや、子どもか? 全員がこちらを向いてているのだけど、一様に顔色が悪い。と言うか、全員顔から肌に至るまで全身が緑色だ。


 手前十メートル位で車を停めると、やっと知識が降りてきた。いや、遅いよ。ゴブリンだって知っていたら、そのまま駆け抜けていたよ。

 さすがに魔獣とは言え、ゴブリンだって生身の生き物だ。車がある程度の速度でぶつかれば、そのまま撥ねて駆け抜けることができたはずだ。

 今さら遅いか。

 少し困って後ろの座席を見ると、床に剣が転がっていた。


 ああ、剣か。

 見ただけで分かった。俺は剣が扱える。

 自分でも何でか分からないけれど、鞘から抜いて駆けて、剣を振る軌道がイメージできる。


 じっとこちらを観察していたゴブリンが、ゆっくりとにじり寄ってきた。

 思わずため息が漏れる。

 後ろに手を伸ばして剣を掴むと、エンジンを止めて車から降り立った。剣は……背負うタイプか。邪魔になるな。

 鞘についている背負いベルトを外して、その鞘を左手で持ち、右手で持ち手をしっかりと掴んだ。


『グギャッ! グギャギャッ』

「行くぞ――」

 剣を抜いたと同時に、ゴブリン目がけて駆けだした。

 鞘が細かったから予想はしていたけれど、かなり細身の剣だ。切れ味重視で、剣で打ち合うと簡単に折れてしまいそうだ。


 対するゴブリンは、三体が別々に駆けだした。各々に錆びた小剣を持っている。

 こいつら、戦い慣れているのか?

 走りながら、三体の位置が広がっていっているのが分かる。時間差で攻撃を当ててくるのだろう。明らかに走る速度が違っている。

 ただ、相手は俺の攻撃手段が剣一本だと思っているのか。左手に持っている鞘が、目に入っていないようだ。


 一体目のゴブリンが小剣を振り下ろしてきた。

 小剣を鞘で受け流し、その勢いのまま、駆け抜けがけにゴブリンの腕を切り飛ばした。いやこの剣は、切れ味がすごいな。ゴブリンの剣を持っていた腕が、骨ごと切断されて地面に落ちていった。

 止まって攻撃を受けると思っていたのだろう、二体目のゴブリンが驚いた顔のまま俺の裏を駆け抜けていった。


 そのまま、三体目のゴブリンの前に出た。

 想定していなかったのだろう、ゴブリンが慌てて小剣を振り下ろしてくる。その小剣を鞘で横薙ぎに弾き飛ばして、足を踏みしめて剣をゴブリンの心臓に突き立てた。

 

 背面に振り抜いた鞘は、そのまま流れるように、後ろから斬りかかってきていた二匹目のゴブリンの小剣を受け流す。振り向きざまに剣で首をはね飛ばした。


『グギャギャッ――』

 勝てないことを悟ったのだろう、残ったゴブリンは慌てて森に逃げていった。

 それを追うことなく、じっと見送った。



 心臓の鼓動が早い。いつの間にか息も止めていたのだろう、大きく深呼吸をした。

 いや正直言って、初めての戦いで良く動けたほうだと思う。

 こういう状況でどういう風に動けばいいか『知っていた』から、そのイメージ通りに体を動かすことができた。ただそれだけだ。

 一対三、もしかすると倒れていたのは俺だった可能性が高い。

 剣を振って血を飛ばし、鞘に収めた。うん、後で綺麗に洗った方がいいな。


 倒した二体のゴブリンから魔石を取り出すと、車に乗っていたスコップで道の脇に深めの穴を掘って、そこに埋めた。


 車に乗ってシートに腰を下ろすと、今になって手が震えていた。何回か深呼吸をして、少し落ち着いたところで車を発車させた。




「……街、か?」

 メーターを見ると、三百キロ位走ったらしい。日がだいぶ傾いてきていた。

 少し前から街道が枝分かれしていて、似たような車と何台かすれ違った。今も、少し前を箱バンタイプの車が走っている。

 さすがに街道を徒歩で移動している人はいない。

 道幅が広いこともあって、馬車も何台か追い越した。どうやら魔石自動車と馬車が同時に使用されている世界のようだ。


 遠くに見えていた壁が、徐々に大きく見えてきた。

 やっと俺は、人が住んでいる文明圏に辿り着けたのだ。



「シンジュクの街へようこそ。街に入場するためには身分証明書を提示していただくか、通行税として銅貨三十枚お支払いいただきます。

 また、車両については馬車は非課税、魔石車に関しては一台につき銅貨二十枚をお支払いいただくことになっています。車両組合で車両登録していただければ、次回から無料で通過できますのでご活用ください」

 門から続いている車列に付いて、順番を待って門の前に車を進める。自分の番になって衛兵が近づいてきたので、窓を開けた。

 幸いなことに、車内に財布が残っていたので街に入ることはできそうだった。言われて初めて気が付いたのだけれど、この車にはナンバーが付いていなかった。まあ、今はナンバー無しで良かったと思うけれど。


「あの、身分証明書って具体的にどういったものがあるのですか?」

「一番信頼があるのが、各都市の市民証になります。他にも、冒険者ギルト、商人ギルド、など各ギルドのギルドカードなども有効です。

 いずれも比較的簡単な手続きで取得できますので、ご検討の価値はあると思います」

「わかりました、検討してみます」

 自分と車と、合わせて銅貨五十枚を支払った。ただ、金額的な価値がいまいち分からなかった。後で誰かに聞かないといけないかな。

 財布を覗くと、銀貨が五枚と銅貨が二十枚位入っていた。何となく生活するのに少ない気がするけど……。


 ともあれ、無事に街に入ることができた。

 まずは……そうか、冒険者ギルド辺りがいいのか? 相変わらず降ってくる謎知識が、俺にそう告げている。

 思わず大きなため息が漏れた。

 名称を聞いて、ある程度の内容が分かるようになった。相変わらずの後出し知識だけど、なんだか偉い偏りがあるような気がする。


 いったい、この知識はだけの知識だったんだろうか?

 この胸元に埋まっている石が、何か影響あるような気がするけれど、あの時に空の魔石を満タンにした以来、全く反応がない。

 あとで思いついて、一緒にあった空の魔石を触れても、何も起きなかったから、余計に腹が立つ。


 説明にあった冒険者ギルドは、門を抜けてすぐのところにあった。

 何台か前に並んでいた車の何台かが駐車場に停まっていた。考え事をしていて思わず通り過ぎそうになって、慌ててハンドルを切って駐車場の中に入る。

 案の定、クラクションを鳴らされた。うん、俺が悪かったよ? でも、こっちにも色々と事情があるんだよ。

 幸いぶつからずに済んだので、クラクションを鳴らしたただけでその車は門の方に走り去っていった。


 何だか居たたまれない物を感じつつ、冒険者ギルドの駐車場に車を止めた。

 念のため、荷台に載っている荷物を、全部後部座席に移動させて、車のカギを閉めた。

 まあ、無理矢理カギを開けられたら、何の意味もないのだけれど。

 荷台にはバックパックもあったので、中に財布と宝石が入った袋だけ突っ込んで、背中に背負った。当然あの切れ味のいい剣も、ちゃんと左手に持った。


 さて、冒険者ギルドとやらに入ってみますか。


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