4話 文明の痕跡
しばらく呆然としたあと、俺は立ち上がった。
あいにくと、空は綺麗な青空が広がっていた。太陽が照りつけ、乾いた空気が風に運ばれて流れていく。
運がいいことに、目の前にある瓦礫は熱で溶けていなかった。俺がいたあの穴の中だけが、特殊な状況だったのかも知れない。
「これは、もしかしたら……何か使える物が手に入れられるのか?」
立ち上がって足を踏み出しかけたところで、思わず動きを止めた。変な体勢で止まったせいか、すぐに足がプルプル震えだした。
アホかと。学習しないのかと、自分に対してため息が漏れた。
「このまま歩くと、また足の裏に瓦礫が刺さるのか……」
ぐっと力を入れて、踏み出し掛けていた足を元に戻した。
穴が開いていた場所は、どうやら公園のようだった。木立があって、草むらがある。遊具は無いようだけれど、林がテーマになっている自然公園みたいな感じだった。
ただ周りを見回しても、やっぱり使えそうな物は無いような感じだ。
うん、駄目だ。諦めて歩くしかないのか。
靴の確保は、最優先事項だな。
日差しが熱いから、できれば衣服も欲しい。
でもそれにはまた痛い思いをして、目の前の瓦礫と化している都市に進まないといけない。
全裸で。
周りに誰もいなくて良かったよ。
俺はある程度諦めて、ゆっくりと歩き始めた。
「ここは……団地か何かだったのか……?」
瓦礫の上、たまたま覗き込んだ隙間から見えたのは、真四角に区切られた部屋だった。建物は縦に崩れたのでは無く、やや横向きに倒れたようだ。壁だった物が斜めに突き刺さっているけれど、部屋の大半は原形を保っている可能性保っているようだった。
登ってきた高さからすると二階部分だろうか。この分だと、もしかしたら一階はそれなりに原形を保っている可能性がある。
横になっている壁や柱が崩れ落ちないことを確認しながら、ゆっくりと隙間に体を滑り込ませた。
それにしても……この都市はいつ崩壊したのだろうか。
少なくとも、白衣の男女が生きていた時には、この都市も正常に機能していたのではないかと思う。
その時から、いったいどの位の時間が経っているのか分かっていない。
俺が眠りに落ちて、起きた時間がそのままならば、一ヶ月も経っていないはず。ただ、そんなに短期間で自分の体がここまで成長するとは到底思えない。
今の俺の体は、十五歳前後の体格にまで成長している。
それなら、自分の体に合わせた時間が経っているとすると、十五年くらい経過していることになる。
でもそうだとすると、かなり矛盾が生じてくる気がする。
さっき隙間から見えた部屋はほとんど劣化が進んでいなかった。
隙間からとはいえ、日差しを浴び続ければ必ず日に焼けて色があせてくる。それこそ十五年も経過すれば、家具も床も、ありとあらゆる物が焼けて変色しているはずだ。
それがさっき隙間から見えた家財は、未だに鮮やかな色彩を放っていた。それがたとえ、実際に使用していて経年劣化していたとしてもだ。
「考えてていても仕方ないか。
そもそもさっきの公園だって、まだ草むらになっていなかったからな。放置された自然公園が草ぼーぼーになっていないなら、時間が経過していないって考えるしかないのかも知れん」
瓦礫を伝って、慎重に地面まで辿り着いた。
予想通り、一階部分は無事だった。横に倒れた階上が、そのまま一階部分に斜めの空間を作ってくれていた。 さすがに日差しが届かないからか、辺りは薄暗かった。
見える範囲にある扉は二つ、その先は暗くなっていて見えなかった。
魔法でも使えればいいのに……未だ、胸の真ん中に出ている緑色の石を軽く突き、ゆっくりと扉の一つに向かっていった。全裸で。
いい加減、服が欲しい……。
扉に耳を付けて、中の様子を伺う。
今もそうだけれど、ずっと音がない。風が吹く音とか、あるいは自分が動いて瓦礫が崩れる程度の音はある。
それ以外の、生き物が発する音が何も聞こえない。
察するに、ここは滅亡した都市なのだろう。
ゆっくりとドアノブを回すと、あっさりと回った。そのまま慎重に押し――押せなかったので、扉を引いた。扉の影に隠れたままゆっくりと後退する。
当たり前だけれど、中は真っ暗だった。
やはり、物音一つしない。
「まいったな……明かり無しか……」
顔を出して中を伺うも、何も見えなかった。
こういう時って、どうすればいいんだっけ。災害時には、非常用の電源か、懐中電灯の類いが準備されているはず。
耳を澄ませて警戒したまま、扉の影から出た。壁を触り、スイッチの類いを手探りで探していく。暫くすると、壁に突起を見つけた。
よし、ダメ元で押してみよう。
そう思ってボタンを押し込むと、明かりが灯った。
とっさのことに思わず目をつぶった。慌てて境手で目を覆い、何とか薄目を開ける。やがて目が慣れてくると、そこは玄関だった。
靴が……あった。
内心ガッツポーズをしていた。
男物の靴、女物の靴、それから子どもの靴が綺麗に並べられていた。
サイズは分からないけれど、これで裸足から解放される。小躍りしたい気持ちを抑えて、何故明かりが灯ったのかを見てみる。
明かりを吐けたスイッチの下に、小さな引き戸があった。開けてみると、中に青く透き通った石が収められていた。
これは何だろう?
俺の知識には……あった。魔石だ。
もう何を知っていても驚かないことにした。知っているのなら、それだけで生きていける可能性があがる。
とすると、この箱とスイッチが連動していて、明かりを点すのか。これは何だろう……わかった、魔道具か。
魔石は魔獣を倒すことで簡単に手に入れられるから、こんな感じに手軽なエネルギー源として生活に溶け込んでいるのか。
よし、色々知っているぞ。何とかなりそうだ。
これがもし電気文明で、電線や発電所を使っていたとしたら、この時点で詰んでいたかも知れない。
いや待て、電気って何だ? さすがに、その知識はいらない気がするぞ。
早急に、このどこからか湧いて出てくる知識に慣れる必要があるな。
玄関の先にあった扉を開けて、再び壁沿いのスイッチを押すと、真っ暗だった部屋に明かりが灯った。
そこはリビングだった。さすがに、階上が倒壊した影響もあってか、全ての家具が散らかっていた。床に四つ、真っ黒な焦げ跡があって、その上の天井が煤けていた。
これは……どういう状況なんだろう。
四人家族がリビングでくつろいでいる時に、建物が倒壊して四人とも燃え尽きた? いや、自分でも意味分からん。
いずれにしても瞬間的に燃え尽きたのだろう。周りに延焼した様子はなかった。
一通り調べてみると、寝室にベビーベッドがあってそこも黒焦げになっていた。
家族構成としては、夫婦に子どもが三人の五人家族だったんだと思う。
寝室にはクローゼットがあって、中にあった衣類は全て無事だった。その中から男物の一式を選ぶと、その場で着ていく。
若干大きい気がするけれど、晴れて裸族から普通の人間になることができた。やったね。
その後、玄関の扉を閉めて明かりを消し、寝室のベッドに横になった。
あっという間に睡魔が襲ってきて、俺は意識を手放した。
無防備すぎるのは承知していた。
でもこのときの俺は、これ以上起きていることができなかったんだ。
着る物と履く物が確保できたのが大きかったんだと思う。
俺は、一切の警戒を解いていた。