28話 絶望と希望と
レイジは大きく息を吐いた。
まだ、この男達がやったと決まったわけじゃない。
やったのは魔獣。きっとそうに違いない。
同じ人間なんだ。街を丸ごと侵略し、略奪。命を奪って破壊の限りを尽くす。
間違えても、そんなことがあってたまるか――。
「あ? 何だ、まだ生き残りがいたのかよ」
「ちげーだろう、こいつはついさっき、ここに来たんじゃねえのか? そんな車、この街に一台もなかったぞ」
「ああ、いいねえ。餌がわざわざ飛び込んできたってことか」
なにを……言っているんだ……?
男達は、何が楽しいのか全員揃って大声で笑い出した。
それぞれに得物を構え始めた。全員が右手に剣を、左手に銃を持っていた。一斉に銃口がレイジに向けられる。
「おい小僧、命が惜しかったらその車と、お前の命を置いていけ」
「ぎゃははは、どのみち命を奪うだけじゃねえか」
「あたりめーだろ。そもそも女以外は、いらねえ命だ。とっとと全部奪っちまおうぜ」
何だよ。
こいつら何なんだよ。
向けられた銃口から一斉に凶弾が撃ち出された。
呆然と立ちすくんでいたレイジは、八方から隙間なく飛んでくる弾丸を受け、あっさり命を失った。
そして、蘇る。
いつも通り、服に穴が開いているものの、五体満足でその場に立っていた。
レイジを囲んでいた男達は、全て黒い灰の山になっていた。風が徐々に、その灰を空に舞いあげていく。
周りの草木からは色が抜け、真っ白になっていた。
意味が分からなかった。
あの男達は、元キャンベリル王国軍の兵士だった。
辺りを調べていると車があって、中に軍服が脱ぎ捨てられていた。
何故ここで、略奪をしていたのか。
何故ここまで、町を破壊し尽くしていたのか。もう答えられる者はいない。
吹き抜ける風が、とても冷たかった。
レイジの蘇りは死した者の死骸すらも、等しく消滅させるようだ。
あれほどまで鼻をついていた死臭が、街から消えてなくなっていた。
「ここの街の人たちが、一体何をしたって言うんだ……?」
重く動かない体に鞭を打って、レイジは車に乗り込んだ。
そのまま運転席で、しばらく呆然と街を眺めていると、やがて辺りがオレンジ色に染まり始めた。
そして瞬く間に、夜が訪れた。
見上げた夜空にはたくさんの星が瞬いていて、自分が本当にちっぽけな存在だと言うことを突きつけてきた。
気が付くと、朝になっていた。
そのまま眠りについていたらしい。後席を漁ってパンと水筒を見つけると、一旦それで腹を満たした。
エンジンをかけて、崩壊した街を横切るように車を走らせる。
結果的にレイジのせいで完全に無人となった街が、窓ガラスの向こうに流れていた。
そして再びレイジは、荒野の道を走り出した。
魔獣のテリトリーに被らない地域は結構あるようで、それからもいくつかの街に寄ることができた。
ただ、その全てが破壊し尽くされていた。
やがて岐路にさしかかる。
一方は東へ、内陸に向かって道が延びていた。
もう一方は南へ、いつの間にか海は見えなくなっていたけれど、太陽を背にしていることから、道は確実に南に延びていることはわかった。
迷わず、レイジは南を目指す。
驚いたことに、岐路を過ぎるとしばらく街がなかった。
山を越え、谷を走り、複雑な地形を車で駆け抜けていく。時折、出現した魔獣を屠って、魔石を車の燃料にした。
道中を車の中で過ごし、少し食料が寂しくなってきた頃、生きている街に辿り着いた。
「なんだ、あんたよそ者か。だったら通行料は人が銀貨十枚、車は銀貨二十枚だな。
払えないんだったら、街の壁沿いに東でも西でも回っていきな。まあ道があるかは知らねえがな」
おとなしく銀貨三十枚を払って街に入った。
鉄貨換算で三十万枚、門番に払うだけにしては意味が分からない金額だった。
感覚が、おかしくなってきていた。
そうして入った街は、荒廃していた。
人はいる。ちゃんと生活していて、往来も店がある。
ただ、みんな顔が暗かった。
「はっ、あんたよそ者かい。だったら黒パンは銅貨五十枚、白パンは銀貨一枚だよ。買わないならとっととあっちに行ってくれ」
レイジが視線を値札に向けると、慌てて店主が起きていた値札を倒していった。
ただ、一瞬で強化した目にはその値段がしっかりと見えた。
黒パンは銅貨十枚していた。
こんな金額はあり得ない。それに、意味か分からない。
物価が高い。それも想像以上に。
レイジが知っている黒パンなんて、よくて銅貨一枚。
この街は、何かがおかしかった。
何故か怯えている店主をじっと見つめて、レイジは言い値で白パンを買った。
代金を払う時、店主の手が震えているのが印象に残った。
雑貨屋も、果物屋も同じだった。
野菜屋でも、宿屋ですらも、レイジがよそ者だと分かると、途端に足下を見てきた。
ほんと、意味が分からなかった。
必要なものだけ言い値で買うと、レイジはそのまま街を抜けた。
結局街を出る時にも、そこの門番に銀貨三十枚支払った。
最後まで、意味が分からなかった。
関わるつもりもなかったから、そんな物なのかも知れない。
もしかしたら悪政に苦しんでいたのかも知れないけれど、俺はそれ以上に搾取された。
同情する気にもなれなかった。
もう、財布は空っぽになっていた。
海が見えてきた頃、突然後部座席からアラーム音が鳴り響く。
びっくりしたレイジは、とっさに急ブレーキを踏んだ。
後で考えても、何でその時に思いっきりブレーキペダルを踏みつけてのか、全く分からなかった。
タイヤが完全にロックした車が、体勢を崩して横滑りしていき、道から外れて脇の茂みに突っ込んだ。
そのまま止まれずに横転して、次々に木々をなぎ倒していき、勢いが衰えぬまま下り坂に出る。当然転がりだした車は止まらず、必死にハンドルにしがみつくも、車内の荷物が派手に散らかった。
そして長い間転がった末に、大木にぶつかって、腹を横に向けた状態でやっと止まる。
シートベルトをしていて、よかったと思った。
「鳴っているのは……これか。何だよ、目覚まし時計? いや意味分からん。こんなの載っていたのかよ」
滅茶苦茶になった車内から、一旦全部の荷物を車外に運び出した。
街で買った食料は、半分ほど駄目になっていた。それらを分別して、麻の袋に放り込んだ。
そう言えば、物資を一通り車に積んであるって言っていたっけ。
今まで確認する気も起きなかった。
リュックサックがどうしても気になって、中を開けてみた。
そこには四角い板と、手紙が入っていた。
『レイジ君へ。
この手紙を読んでいると言うことは、たぶんわたしは死んじゃっているんだと思う。
なんかね、書かないといけないと思って筆を執ったんだけど、何でかな? 紙と書いている字が滲んでて、自分でもちゃんと書けているのかが分からなくなっているの。変だよね。
今はね、レイジ君から魔力を受けた直後だよ。
車の中で目が覚めて、隣にレイジ君が居たから少し安心した。
わたしはね、ずっとひとりぼっちだったんだ。レイジ君を初めて見て、ビビッと来たんだよ。
だから、ずっと一緒にいたいって思ったんだ』
レイジは手紙を落としそうになって、慌てて手紙を持ち直した。
これは……アンジェリーナの書いた手紙……?
いや、なんで? こんなのあり得ないぞ……。
手紙はまだ続いていた。
『さて、ここからが本題だよ。
未来視でね、ずっと遙か未来にレイジ君が生きているのが見えたんだよ。
使えるのは一回だけみたいで、そのあと何回念じても見えなかったんだけどね。おかげで寝不足になっちゃった。
レイジ君ね、すごく悲しそうな顔をしていた。色々と、辛いことがあったんだね。悲しい顔をして、この手紙を読んでいた。
だから、このあと一緒に手に入れる予定の爆弾、託すよ。
実はこれから、森の中の施設に向かうんだ。未来視の通りなら、いまレイジ君の側にある爆弾が、その施設にあるはずなんだ。
板状の設置タイプのものだから、レイジ君も気が付かないと思うんだよ』
リュックサックの中に入っていた四角い板を取りだした。
知識が、降ってくる。
これも……魔素消滅爆弾。それも時限式で、この間より高性能の……。
「なんで……そんな、ばかな………」
いつの間にか頬が濡れていた。
あの日、レイジが渡した魔力がアンジェリーナの体の中に入って、何かの能力を覚醒させたというのか。
本当に、未来視だけだったのか……もう、確認する術はない。
『でも、手に持っているところまで見えたから、間違いないと思う。
それで、ここからがレイジ君にお願いしたいことなんだけど……。
南のね、魔術塔にそれを使って欲しいの。
南極点って言うのかな。そこに大きな塔が建っているから、それを壊して欲しいの。そうすれば救世主が現れて、世界をあるべき姿に変えてくれるって。
まさかね、エルフの伝承をここに書くことになるとは思わなかったけど』
エルフの……伝承? いったい何のことだ?
『手紙じゃなくて、隣に立ってその景色を一緒に見ていられたら、ちゃんと伝承教えてあげる。たぶん無理なんだけどね。
その大木が入り口になっていて、南極まで続いているの。
だから、お願い。
南極の魔術塔を破壊してね。
そしてもう一度……あなたに会いたい』
手紙はそこで終わっていた。
何だか一気に力が抜けて、レイジはその場に仰向けに倒れ込んだ。
手紙の真偽のほどは分からない。
ただおれは、もうどうすればいいのかすら、分からなくなっていた。
筆跡を知るほど、アンジェリーナのことを知り尽くしているわけじゃない。
でもこの手紙は、確かにアンジェリーナのものだ。
視界には、どう見てもこの場所にそぐわない大樹が、これでもかというくらい枝葉を広げていた。
風が吹いて、大樹がざわざわと音を立てて揺れている。
レイジは大きく息を吐いた。
分かったよアンジェリーナ。
今から俺も、そっちに行くよ。




