26話 探索者
呆然と、レイジは立ちすくんでいた。
走って、走り続けて、日が暮れるまで走り続けた。そして次の日も朝から足を回し続けて半日。結局誰もいない事を確認できただけだった。
風化しているものと、風化していないものがある事だけは、はっきりと確認できた。
建物は、現存する全ての建物が、一切風化していなかった。
逆に建物に属さないもの全て、家具であったり、車であったり、それ以外の全てのものは風化で朽ち果てていた。
都市は驚くほどに広大で、レイジが探索できた範囲なんて一パーセントにも満たなかったと思う。
この地に何が起きたのか、レイジには分からない。
ただこの都市が、魔道帝国アディレイドと言う国が滅びたのだろうと言う事だけは、はっきりと分かった。
原因は、きっと……また俺か……。
魔力を制御できているから、もし死んだとしても魔力を吸収する事は無いと思っていた。
それに、死んだときには既に胸元の石は赤色にまでなっていた。
周囲が白化する現象に関しては、放出する魔力量にも関係すると思っていたのだけれど、結局自分では確認する事すらできなかった。
ふと、後ろの方からエンジン音が聞こえたような気がして、レイジは思考の渦から意識を現実に戻した。
振り返ると、箱形の車が走ってくる所だった。
車は、歩道で佇んでいたレイジの近くまで走ってくると、突然ガタンガタンと妙な動きをした後、エンジンもろとも停止した。
たぶん……エンストしたんだろうな。
窓に映る車内では、真っ赤になった運転手と、それを仲間が大笑いしている所だった。
何となく、胸が締め付けられる。
脳裏を過ぎるのは、あの日レイジが滅ぼした街。こんな自分の事を、友達だと言って一緒に笑ってくれた、青龍の鱗の面影。
気さくなリーダーのカイルに、機械音痴のユイミ。大柄なボラントに姉御肌のクレール、そして寡黙なピエール。
みんなレイジが死んだ事によって失われた命。
俺は……望まれない生命、なのかもしれない……。
涙が、頬を伝って流れていく。
「なあ、兄ちゃん。そんな湿気った面してどうしたんだ」
助手席の扉が開いて、中から大柄な男が出てきた。武器は……持っていないようだ。こんなところに一人でいる俺を、警戒していないのか?
さすがに泣いていたら不審に思われると思って、今更ながら袖で顔を拭った。
「ってーか、一人なのか? 車さえあればソロでも来られない事はないが、それにしたってそんな、武器も持っていない丸裸はないだろう?」
「ああ……いや……」
溢れんばかりの笑顔が眩しかった。
思わず逃げ出したくなって、それだけはまずいと思ってぐっとこらえた。
「ああ……もしかしてあれか、パーティから追放されたのか? 今流行ってるからな。遠くまで連れて行って、帰れないような状態で別れを切り出すやつ。そうなんだよな、そう言うのってあり得ないよな、ほんと」
「おい、フィレンツ。さすがにそれは言っちゃだめな奴だぞ。その発言は、いちリーダーとして許せん、覚悟は……できているんだうな……?」
レイジが言い淀んでいると、スライドドアを開けてもう一人男が出てきた。そのまま流れるような動きで男――フィレンツに近づくと、拳を腹にめり込ませた。
グフッと言う呻き声を上げて、腹にいい一撃を受けたフィレンツがその場に崩れ落ちる。
「すまない。うちのフィレンツが失礼な事を言っていた。これで、許してもらえないだろうか」
「あ、いや……」
その見るからに優男が頭を深く下げる。その後に続いて車から降りてきた女二人も、慌てて駆け寄ってくると優男と一緒に頭を下げてきた。
「大丈夫だ、大丈夫だから頭を上げてくれないか」
レイジが慌てるも、三人はしばらくそのままで頭を下げていた。
たぶん一分ぐらいは頭を下げていただろうか。頭を上げたかと思うと、フィレンツを担ぎ上げてリアゲートを開き、そのまま投げ込んだ。ガシャンガシャンと何かがぶつかり合う音が聞こえる。
「ごめんね、クラウディとフィレンツっていつもあんな感じなんだ。すっごく仲はいいんだけどね。
あ、自己紹介がまだだったね、あたしはレティアっていうの」
「わたしはリメリアだよ。わたしたちここの廃都を探索しているんだ。あなたのお名前は?」
「俺は……レイジだ。ソロでこの……廃都? を探索している」
少しだけ、嘘をついた。
探索をしたのは確かだけれど、ここに来たときは一人じゃなかった。いや、あの時点でそもそも一人の運命だったのかもしれない。
「レイジか。よろしく頼む。探索者なら、気楽に呼び捨てで行くことにする。私の事もそのままクラウディと呼んでほしい」
「あ、ああ。よろしくクラウディ……?」
……待て、何が『よろしく』なんだ?
そもそも道を歩いていました、レイジが仲間になりたそうに見ていた……とかじゃないんだけど。
「助手席はリメリアに任せよう。ナビとしては多少頼りないが、ここからは一本道だ。レティアの話し相手ぐらいにはなるだろう。
レイジは私と一緒に後席に乗ってくれ。せっかくだから、いろいろ聞きたい」
「えっ……はっ……? ちょっ、俺は」
レイジが断ろうとするも、リメリアとレティアに背中を押されて強引に後席に乗せられてしまった。隣にクラウディが乗り込んできた。
レイジが乗り込んだ反対側にも、スライドドアが付いている。出ようと思えば簡単に出られたけれど、何となくそんな気になれなかった。
車はゆっくりと走り出した。
外装もあちこち塗装の剥げや錆が目立ったけれど、内装も結構ぼろぼろだった。
それでも、みんな明るくレイジに話しかけてくれた。
荷室に放り込まれたフィレンツもじきに意識が戻って、車内は明るい笑いに包まれた。
「レイジもあそこを歩いていたという事は、センタータワーを目指していたのであろう。
伝承にはあったが、本当に山を越えた先にこんなに大きな廃都が、そのままの姿で残っているとは思わなかった。
そもそも一番乗りではなかったようだがな」
クラウディ達は山を越えた先、キャンベリル王国から来たそうだ。
全員が同じ国の、同じ地区の出身だと言う。
二十歳を迎えて力も付いた。
せっかくだからと強力な魔獣が蔓延る山を越えて、ここ廃都アディレイドに辿り着いたそうだ。伝承では大昔に栄えた魔道科学文明の国で、ある日突然何の前触れもなく滅びたと、地区の古老に小さい頃から昔話で聞かされて育ってきたらしい。
「まああれだ、若気の至りってやつだ。
実際にここまで来てみて、じいさんの言っていた事が本当だって知れた。それだけで十分な成果だと思うんだ」
「だめだなフィレンツ。せっかく強力な魔獣を駆逐してここまで来られたのだぞ。当時栄えていた帝都が滅びた原因であるセンタータワーを調査するまで、国に帰れると思うな」
「あ、あたしも賛成かな。リメリアもそうだよね」
「うん。もっちろんだよ。せっかくここまで来たんだもん」
やっぱりいいな……そう、心から思った。
何だか暖かくて、すごく微笑ましくて、自然に笑みが漏れていたんだと思う。
「うむ、その顔でいい」
「いいね、少し柔らかくなった」
「ちゃんといい顔できるじゃないか」
「待って、わたしは見えないよ?」
笑っていたのに、気が付けば両方の目から涙が溢れていた。
センタータワーは、何だか遊園地のアトラクションに見えた。
廃都の中心にわざわざ壁で囲まれたエリアがあって、中に入ると立体駐車場があって車が駐められるようになっていた。
「何だよここは、大昔ってこんなに車が駐められるほど走っていたってのか。
だいたい、なんでこんなところで車を駐めるんだよ? まだ塔までかなり距離があるぞ?」
「見ろ、駐車場ごとに部屋が付いている。ここを何かの拠点として使ったのではないか?」
やがてコテージが建ち並ぶエリアを経て、豪華な建物が建ち並ぶエリアに入った。その先、少し進んだ先に巨大な塔が視界いっぱいに広がっていく。
入り口には大きな扉があって、このまま車で進入できそうだった。
扉の近くまで車が近づくと、扉が自動的に左右に開いていく。
「すごいね、これがダンジョンの力なんだね」
助手席のリメリアが、フロントガラスに顔をつけながら子供みたいに興奮している。
中に入ると、塔の中に街があった。
まっすぐ、大通りが城まで延びていて、その城の一階部分に巨大な魔石が鎮座していた。
あれがもしかして、ここのダンジョンコアなのか?
「ほう、さすがに大きいな。こんなに遠くからも確認できるのか。立派だとは聞いていたが、想像以上だな。
さて、誰がアレに触れる?」
レティアの運転で徐々に城に近づいていく。クラウディがレイジの顔を見ながら全員に問いかけた。
「そんなの、全員同時でいいんじゃないのか?」
「うん、あたしもそれに賛成かな」
「わたしもレティアに同じだよ」
「俺は……俺、は……」
言い淀んだレイジに、クラウディは笑顔で首を横に振った。
「無理に決めなくていい。何も絶対に私達に合わせる必要はないさ。レイジはレイジ、私も私だ。
ずっと何かに悩んでいるのだろう、だが今のその表情ならば大丈夫だ。もっと自分自身を信じ、そして許してあげても良いのだぞ」
今自分はどんな顔をしているのだろう。
荷室から半身だけ乗り出しているフィレンツが、とびっきりの笑顔で肩に手を置いてくる。
助手席のリメリアが、振り返って笑顔でウインクしてくる。
レティアがルームミラ越しに優しい目を向けてくれている。
この四人にはいい意味で、全てが見透かされているような気がして、何だか胸が熱くなった。




