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25話 魔道帝国アディレイド

「おや、気が付いたのかい。さすがに事故とは言え、女の子のスカートの中をじっくり覗くのは感心しないねぇ」

 目を開けると、壁が白い部屋の中だった。天井には照明が少し暗めに点灯されている。

 どうやらレイジはベッドに寝かされているらしい、手に感じる布地はサラサラとしていて、もともと皺一つないシーツだったことが窺える。


「……ここ、は……?」

「ここかい? 医務室だよ。あんたクレールに蹴っ飛ばされて気絶したんだよ。

 軽い脳震とうだから、もう少し休んでいればよくなるはずさ。脳波から見ると脳への損傷は無いようだから、安心していいよ」

 首を横に向けると、恰幅のいい白衣の女性がレイジを見下ろしていた。

 どうやら診察室のようで、女性の後ろにはデスクがあって壁面には数枚のモニターが填まっている。そのうちの一つが点灯していて、たくさんの文字が表示されていた。

 さすがにベッドから遠くて、何が書かれているのかまではわからない。


「あんたは高速魔道車に乗って、地下通路経由でここ帝都に運ばれてきたんだよ」

「帝都?」

「なんだい、知らないのかい? ここは魔道帝国アディレイドって国だよ。アウスティリア大陸の南にある魔道科学が発達している、超大国だよ」

 女性が何だかとても嬉しそうに話をしてくる。

 それによると、レイジが今いる場所は星の南半球にあるアウスティリア大陸だと言う事がわかった。

 巨大な隔壁を建造し、さらに中心に高い塔を建造して帝都全域をダンジョン化させて守りを強化させた。その上で、中に高度な魔道科学文明を発達させた。

 そんな説明を、横になっているレイジはただただ聞き続けるしかなかった。

 まぁ、おかげでここがどんな国なのか分かったけれど。


 現在地が把握できた事で、謎知識が降ってきた。

 と言っても、南半球において太陽の動きが北半球とは違う程度のことだけれど。

 南半球では、太陽が東から昇り、北を通って西に沈む。そりゃあ、太陽が西から東に動いているなんて思うわけだ。


「しかしあんた、悪い時期に帝都に来たもんだね。今は革命の真っ最中だよ」

「はっ? いや別に、来たくてここに来たわけじゃないんだけど……」

「そういやそうだったね、クレールが連れてきたんだったか」

 白衣の女性は大きな声で笑い始めた。

 しかし革命とか、何だかまた物騒な地域に連れて来られたんだな。

 ある程度準備をして、巻き添えを食う前にここの国から脱出しないといけないな。


 なんて、油断しいていたのが悪かったのかもしれない。


 ドタドタと部屋の外が騒がしくなったと思ったら、扉が勢いよく蹴り開けられて銃を構えた男達がなだれ込んできた。

 事態を飲み込めないレイジが慌てて上体を起こすと、男達の半数がレイジに銃口を向けてきた。


「……おまえは皇女クレーリアンヌで間違いないな?」

「何のことだい、あたしはしがない町医者だよ。冗談はよしてくれないか」

「とぼけるな。皇帝はどこだ? 彼奴と通じている事は調べがついいるんだ、おとなしく居場所を吐くんだ。さもなくば――」

「お断りだね。愚図な革命軍なんかに、皇帝の居場所は教えられないよ」

 ここの部屋が何処にあるのか分からないけれど、どうやら敵襲にあったようだ。

 レイジはゆっくりと、体の表面に魔力を纏っていく。

 相変わらず魔力操作が甘いのか、漏れ出た魔力が辺りに漂い始めた。


「うっ……何だ? 急に空気が重くなったぞ……」

「貴様、何をした?」

「あ、あたしゃ知らないよ……うっ、やばいわ。魔術が解ける……」

 純粋な濃い魔力はやっぱり人間にとって毒なのか、なだれ込んできた男達だけでなく、白衣の女――クレーリアンヌの動きまでもが鈍くなった。

 やがて淡い光を放ちながら、偽装が解けていく。

 そこにはあの時、レイジを蹴り飛ばした女が立っていた。


 ここは、クレーリアンヌとやらを助ける状況か……。

 相変わらず俺は、ゆっくりできないのか。




 知覚を加速、体もそれに併せて強化させる。

 世界の色が薄くなっていく。


 さあ、皇女様を助けますか。


 レイジの体が一瞬で、緑色の全身鎧に覆われた。

 一歩。ベッドから飛び降りて踏みしめた足で、床にひびが入った。後ろでは、ベッドがひしゃげて折れていた。

 時間がゆっくりと流れる。

 見ればちょうど、男達が銃を発砲した所だった。


 二歩。ゆっくりと飛んでくる弾丸を、左手でなぎ払う。

 同時に発生した衝撃波が、男達の大半を吹き飛ばし壁に叩ききつけた。


 三歩。クレーリアンヌの前に体を滑り込ませて、縦断を全てはじき飛ばした。目を見開いたままのクレーリアンヌは、この間一歩も動いていない。

 いや……レイジ以外誰も動けないのか。


 背後でさらに、銃を発砲する音がゆっくりと響き渡る。

 全弾レイジの体に当たってはじけ飛んだ事を確認して、振り返りざまに右手を突き出し残りの男達をまとめて部屋の外へ吹き飛ばした。


 この間、五秒程しか時間が経過していない。

 にもかかわらず、室内は完全に阿鼻叫喚の図となっていた。

 知覚を戻し、ゆっくりと緑鎧を魔力に戻し、さらに拡散しないように注意しながら胸の石に吸収させていった。


「なっ……何なのですのっ? あなた何なのですのっ!」

「……ん?」

 世界の色が戻り、何とか魔力も最低限の漏れで石に収めた。

 レイジは、血なまぐさくなった室内の空気に眉をひそめながら、皇女クレーリアンヌに体を向けた。


「俺か? 俺は、ただの人間かな。人体実験の検体にはされたが」

「あなたが人間なわけありませんわ! 何が目的ですか。わたくしを絆したとしても、皇帝の御前には向かわせません。お引き取りください!」

「……そんなつもりは――」

「ではなぜ、わたくしの変身を解いたのですか。帝都は今、反乱軍の攻撃を受けています。

 この状態で変化の魔道具を解除しただけでなく、魔石の魔力まで枯渇させる。いったい、どこが、どの口が『そんなつもりはない』などと言うのですか!」


 レイジは大きく肩を落とした。

 クレーリアンヌの方に一歩踏み出すと、ひっと言う悲鳴とともに後ずさっていき、クレーリアンヌは数歩ほどで壁に背中をつけた。

 手を伸ばすと、恐怖に顔が歪んだ。正直、美人がもったいないと思った。


「魔道具は?」

「なっ、何なのですの。わたしから奪――」

「いいから、魔道具を渡しなよ」

 クレーリアンヌが息を飲み込んだのが分かった。

 ぎこちない動作でポケットに手を伸ばすと、小さな箱を取り出した。


 レイジが手のひらを上にして待っていると、おずおずとその手に箱を乗せてきた。


「も、もうこれ以上、なな、何も持っていませんわよ……」

 箱を開けると、中には色が抜けきった小さな魔石が入っていた。それを取り出して、服の上から胸元の石に当てる。淡い輝きを伴って、透明だった魔石が赤く染まった。

 それを再び箱に入れると、クレーリアンヌの方に差し出した。


「なっ、何ですの。何をしたのですの?」

「いいから、受け取れ。使えるようになっているはずだ」

 手のひらに箱をのせて、レイジはその場でクレーリアンヌに背中を向けた。


 ドスッ――。


 背中に痛みを感じた。

 肺が苦しくなって、思わずむせる。口の中に暖かいものを感じて口元に手を当てると、手に血が付着していた。


 どうして……。


 体から力が抜けていき、レイジは血の海に倒れ込んだ。

 廊下を駆けていく音が遠くなっていく。

 そのままレイジは、意識を失った。




「やっぱり俺は、絶対に死ねないんだな……」

 気が付くとレイジは同じ場所に倒れていた。

 血の海は、いつの間にか消えている。匂いすらも全て消え去っていた。


 もしかしたらまた――最悪の状況が脳裏を過ぎる。


 起き上がって周りを見回すと、周りには何も無かった。折れたベッドも、クレーリアンヌが使っていたデスクと椅子もない。

 唯一、レイジが踏み込んだときに割った床だけが、場所が変わっていない事をしっかりと物語っていた。


 廊下に出て、そのまま建物を出る。やっぱり誰もいない。

 レイジがいたのは、病院だった。庭の木々が風に揺れていた。

 木々が緑色だったことで、レイジは何となく安心した。きっと今回は、死んだときに魔力を吸わずに済んだのだろう。


 通りを歩く。

 無人という事以外は、本当にきれいな町並みだった。


 吹き抜ける風だけを肌で感じながら、片っ端から建物を覗いて歩いた。

 無人の街。


 いつしか、レイジの足は駆け足になっていた。

 住民もいない。革命軍すらもいない。

 動物だって、魔物だっていない。


 ただ、建物だけが風化せずに留まっていた。


 そこに栄えていたと説明を受けた、魔道帝国アディレイドの姿はなかった。


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