21話 禁忌された過去遺産
結果的に、魔力回路が出来たことで、勝手に放出されていたレイジの魔力が放出されなくなった。
それによって、本来の効果である『魔力を吸う』力が働き始めたのではないか。
二人で検証した結果、そういう結論に達した。
翌朝も、空は快晴だった。
ここのところ天気には恵まれている。もっとも、天気予報などと言う洒落た物は存在していないので、気がついたら空に雲が広がっていたりするけれど。
レイジが運転する車は、街中をゆっくりと走っていた。
助手席では、アンジェリーナが手書きの地図とにらめっこをしている。しばらくしてから大きく頷くと、真っ直ぐ前を指さした。
道はあっているようだ。
「結局の所、レイジ君は人間なんだろうね。魔晶石が埋め込まれて、魔法が使えるようにはなった。
でも、魔族の魔力器官とは違って、自分では魔力を生産することが出来ないってことかな」
「何というか、中途半端で……すまん」
昨日使った規格外の生活魔法で、かなりの魔力を使った。その結果、レイジの魔力庫――便宜上そう呼ぶことにした――にかなりの空き空間ができ、そこを満たすために胸の石、魔晶石が周りから魔力を補充し始めた。
以前は、飽和して溢れ出ていただけの魔力が、魔法として扱えるようになって、体内に留まるようになった結果でもあるらしい。
「威力をいくら抑えたって、あの暴力的な生活魔法が最低レベルだったんだから、レイジ君は普段は魔法使ったらダメだよ?」
「ああ、分かっている。そもそも魔力自体が有限だから、無茶するとすぐに枯渇しちゃうんだろうしな」
そうは言っても、死の恐怖からは逃れられない。
ただいまの俺なら、魔力視もある。魔力を使えば、感覚だって肉体すらも強化できることが分かった。
だから、もう二度と死なない。
アンジェリーナを悲しませることは、二度とないと誓える。
「ん? 真剣な顔して、どうしたの?」
「いや、アンジェがな。可愛いと思って」
「はっ? なっ、なによいきなり。意味分かんない、変なレイジ君。んもう……」
目的地に着くまで、アンジェリーナが真っ赤になって悶えていた。
車を駐めて降りると、うっそうと茂った木々の間にその建物はあった。
と言っても、ここは郊外じゃない。街の真ん中にある森の中に、まるで隠されているかのように建てられていた建物だ。
元は真四角だったのだろうけれど、角が溶けて丸くなっていた。
「ここって、何なんだ?」
「わかんない。ただ、かなり重要な研究施設じゃないかなって思うよ。何回か来ているんだけれど、扉も壁も厚すぎて入れなかったんだ。
前一緒に来ていたパーティが、諦めちゃって。ここの都市に来るのに、さすがに一人じゃ危ないから、レイジ君に一緒に来て貰ったんだよ」
強制だったんだけど……なんて、さすがに言う気にはなれなかった。
おかげで、魔力制御が身についたし、自分の正体を知ってもそれでも一緒にいてくれる、大切な仲間が出来たのだから。
「本当は他の場所を探索する予定だったんだけど、昨日のレイジ君が使った魔法を見て、ここを何とか出来るんじゃないかって。
さすがのわたしも、全力で魔法を使ったとしてもあの威力は出せないんだからね」
「……そうなのか?」
「うん、そうなのだよ。レイジ君は、本当に規格外なんだよ? まあ、魔力が自然回復しないみたいだから、欠点はある感じだけど」
念のため車を脇に寄せて、鍵をかけてからアンジェリーナに手渡した。鍵はそのままレイジの手に戻って来たんだけど。
「運転はレイジ君に任せたよ」
「お、おう。わかった」
どうも整備や改造は好きだけど、運転はそれ程得意じゃないのだとか。
道理で、最初から鍵を渡してくるわけだ。
そもそもだ、上目遣いで鍵を返されて、それを拒否できるわけがない。つまり、陥落したと言うことだ。あざと可愛いんだよな、ちくしょう。
まるで超高熱の熱線が通過したような、斜めに溶けてなおも地面を煮滾らせる光景が目の前にあった。
建物の角を少し削り取るように、生活魔法の着火を斜め上向きに使っただけだった。たったそれだけで、その恐ろしい惨状が作り出せた。
慌てたレイジが着火の直後に水流を上に向けて放ち、その結果降り注いだもの凄い豪雨を経てもなお、地面の一部がどろどろに溶けていた。
「えっと、レイジ君? 今の何……?」
「昨日、アンジェに教えて貰った生活魔法の着火なんだけど、俺にも何が起きたのか分からない」
全身がずぶ濡れになりながら、避難した大樹の根元で胸をなで下ろしていた。
「あれ最小?」
「もちろん、一番絞ったつもり」
「そっか、既に災害級かぁ……各国が必死で人体実験するのも頷けるね」
「ああそうだな。我がことながら、恐ろしいよ……。
ってか、それ今話題にする?」
「うふふふ、するする。だってレイジ君は、わたしの大事なパートナーだもん。ぜったい信頼してるんだから」
「なっ……ちくしょう、卑怯だぞ」
顔を真っ赤にしたレイジの頭を、アンジェリーナが優しく撫でる。同時に二人の周りを暖かい風が包み込んで、濡れた衣服を乾かしていく。
アンジェリーナが魔法を自重していない。これはつまり、本当に信頼してくれている証でもあるのか……。
ふと服の襟を引っ張って胸元を覗くと、緑色だったはずの石が黄色に変わっていた。これは、つまり色によって今の容量がわかるのだろうか?
「レイジ君、どうかしたの?」
「いや……アンジェ、聞きたいんだけれど、魔石とか魔晶石って、色の違いあるのか?」
「色? あるよ。大まかに色で名前分けしているかな。
大きさが一緒なら赤が魔石で、橙色が魔晶石だよ。ただ、大きさとか保有魔力によって少し色が違った来るかな。
大まかに、虹の色が目安になっているよ」
「虹?」
「うん。ほら、赤橙黄緑青藍紫って聞いたことない?」
いやさすがに知ら……うん、分かった。知ってる。
ナイスタイミングだ、謎知識。
「ああ、光が持っている色のスペクトルがあって、その順番に色が変化しているんだっけか」
「何それ、逆にそれ知らないよ」
「……いや、すまん」
つまり赤から始まって順にエネルギー値が強くなり、一番最後の紫は星のコアだって話らしい。
「それで、それがどうかしたの?」
「ああ、俺の石が緑から黄色に変わったんだ。たぶん、魔力を消費したから何だと思うけど」
「えっ、見せて見せて」
アンジェリーナによって服の裾が引かれ、服の中を覗かれた。ただそんなことすると、当然顔が近くなるわけで。
レイジが動けずに固まっていると、顔を上げたアンジェリーナと、それこそ目と鼻の先にお互いの顔が近づくことになる。アンジェリーナの顔が真っ赤に染まる。
それ以前に、レイジの顔も真っ赤だと思うんだけど……。
「あっ……あのね。そ、そろそろ壁も冷めたと思うの」
「あ、ああ。そうだな。もう中には入れるかもな」
「うん、それじゃあ行こっか……」
「……!」
至近距離のまま話をして、アンジェリーナが最後に笑顔で首を傾げた。
刹那、顔が近づいてきて唇が触れた。
その瞬間、レイジの時間が止まったような、そんな錯覚を覚えた。
目を瞑ったアンジェリーナの顔が、睫が触れるくらいすぐ目の前にあって、重なった唇が凄く柔らかかった。
何となく甘いような香りが鼻腔を通り抜けていく。
そして離れていく唇に、潤んだ瞳。顔を真っ赤にしたアンジェリーナは、そのまま顔を背けて建物の方に歩いて行った。
レイジはしばらく固まったままいたけれど、やっと何が起きたのか把握した。慌てて先に向かっていたアンジェリーナを追いかけた。
心臓の鼓動が早くて、今まで生きている中で一番激しく動いていたと思う。
「これはさすがに、暗くて見えないね。リュックの中から、明かりの魔道具と魔石取ってもらえるかな」
「ああ、分かった。ってか、先に点灯してから来た方が良かったんじゃないか?」
「うん、レイジ君正解。そうとも言うよ」
さすがに余熱は残っていたものの、レイジが溶かした壁は歩ける程度にまで温度が下がっていた。ゆっくりと、中に足を進める。
ただ、ほとんど密閉状態に近かった建物は暗くて、空気も澱んでいた。二人とも酸素マスクに似た魔道具を付けて、空気を確保した。便利な魔道具があることに感動しつつ、アンジェリーナの前を進んでいく。
そして少し進んだところであっという間に暗闇に包まれた。
ある意味、想定内とも言う。
レイジはアンジェリーナが背負っていたリュックの中から、棒状の道具と赤い魔石を二セット取りだし、それぞれの先端に魔石を填めた。
赤い色の魔石なのに、白い光が溢れ出して辺りを明るく照らし始めた。
確かに魔法は便利だけれど、魔道具があれば大抵の用が足りる気がする。魔石の確保は必要だけれど、これなら不便はしないような気がした。
明かりが照らし出した部屋は、ちょうど調理場のようだった。
考えてみれば無茶な破壊をした気がする。爆発物がある部屋じゃなかったことに、レイジはほっと胸をなで下ろした。
幾つか部屋を探索し、部屋に入ったところで二人は足を止めた。
そこは何かを作っている研究室の様だった。
真ん中の机に、どこかで見たような物体が載っていた。円錐状の塊で、片方に四枚の羽根が付いていた。
そして、知識が降ってくる。
「魔素消滅爆弾……」
「えっ? それって……」
レイジが呟いた声は、静まりかえった部屋によく響き渡った。
そこにあったのは、大量破壊兵器。
禁忌されていた弾薬だった。




