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20話 人間達の罪

 再び車に乗って、昨日から使っている民家の庭先に向かった。

 その道中で、アンジェリーナはゆっくりと語り始めた。


「人間達はね、それまでも、もの凄い努力をして、すごく高度な文明を築き上げてきたんだよ。

 魔石を使って動力を生み出す魔道機を作り出し、親交があった魔族から魔術も学んで、それを独自に発展させていったの。

 そうして産まれたのが、わたし達の乗っている車だったり、高層ビル建築に使われている魔術回路なんだ」

 こうして順調に成長していた人間達の文明に、暗雲が立ちこめることになる。

 人間の性なのか、さらにその先を目指し始めた。それは狂気だったのと、アンジェリーナはため息とともに呟いた。


 車はかつての郊外を走り抜けていく。長い間放置された都市は、木々が家を突き破って生えている。時間とともに根を張り葉を広げる大自然の強さが、しっかりと感じられる光景だった。

 この都市は、どの位の時間を放置されているのだろうか……人間のテリトリーとして魔獣不可侵の地域にもかかわらず、完全に見放されている地域。


 ちょうど郊外と中心の都市部の境目辺りに、昨日お世話になった廃屋が見えてきた。

 暗かったからあまりしっかりと見ていなかったけれど、けっこうな規模の豪邸だったようだ。道理で庭が広いわけだ。

 昨日と同じように簡易テーブルと椅子を並べて、時間的にちょうどお昼になっていたので、昼食を作りながら話が続いた。


「結局人間は、自分の力で魔法を使うことを、諦めきれなかったのかな。さっきの魔石を飲み込んだ人間の辺りから、自力で魔法を使いたい人間がそれこそ世界的に増えていったのよ。

 最初は奴隷を使って実験していたらしいんだけど、すぐにその魔の手が魔族に向いたのは自然な流れだったのかもしれない」

「何でだよ。魔族には魔術を伝授して貰ったんだろ? 協力関係にあったんじゃ無かったのか?」

 思わずレイジは、鍋のスープをかき混ぜていた手を止めていた。

 協力関係に合った魔族が、今度は敵対関係な変わる。

 それはまるで、今の社会構造に変わった原因にも思えた。実際にそうなのかも知れないけど。でも身勝手すぎる、あんまりだ。


「たぶん、一部の権力を持っている人間が、魔族に劣等感を感じた。理由としては、そんなところじゃないかな。

 魔族は魔術に頼らなくても、普通に魔法が使えたんだもの。」

「魔法……そうか、俺も使えるようになったけれど、そもそも人間には魔法が使えない。そりゃ、無い物ねだりをするわけか……」

「そして人間達は、友達のふりをして魔族を攫い、非道な人体実験を始めた――」

 野菜を刻んでいたアンジェリーナの手が止まった。

 思わず顔を覗き込むと、悲痛な顔で何かを思い出していたのか、瞳から一筋の涙が流れ落ちていた。

 思わず手が伸びて、涙を拭っていた。


「ありがとう……すこし、思い出しちゃったな。もう過去のことなのにね」

 アンジェリーナは気丈に笑っているけれど、いつもの大輪が咲いたような笑顔からはほど遠い、無理をしている笑顔だった。

 レイジは口を開きかけて、そのまま息を吐くにとどめた。無理に話さなくてもいいんじゃないか。でもいまさら話をやめても、思い出した記憶はしばらく忘れることはできないはず。


 そうしている間に、スープができあがったのでお椀に盛ってテーブルに運んだ。

 サラダには目玉焼きがのせられて、主食はパンのようだ。

 なぜか、二人横に並んで椅子に座り、庭を眺めながら昼食を食べた。


「魔族も対抗したのよ。でも、結局人間の持っている数の力には勝てなかった。

 たくさんの魔族が、人体実験で犠牲になった。わたしの暮らしていたエルフの街も、襲撃され四肢をもがれた上で、辛うじて生きたままの状態で、連れ去られていった。

 本当に地獄だった。

 人間達にとって、魔族は魔獣と一緒なんだって、逃げながら震えるしか無かった。わたしが逃げ延びられたのは、本当に奇跡だったの……」

「…………」

 本当に、言葉にならなかった。

 飲み込んだ唾が喉に引っかかって、盛大にむせた。慌てて水を飲んでも、喉がカラカラのままだった。


「魔族の体内には魔力器官が存在しているの。それは、体から出て空気に触れると、魔晶石っていう密度が濃い魔石に変わるのよ。

 ここに目を付けた人間達は、魔族狩りと同時進行で、同じ人間の胎児を実験の対象にし始めた」

「なっ――!?」

 心臓の鼓動が跳ね上がった。

 記憶の中で、ガラスの筒に入った胎児の姿が脳裏を過ぎった。

 白衣姿の男女がいて、もの凄い数のガラスの筒があった部屋。液体で満たされた筒の中には、産まれる前の胎児が入っていた。


 そして、胸に魔石を埋め込まれる――。


 俺は……その実験で…………産まれた?


「世界各国で実験が進められ、その都度、対抗国家同士でつぶし合いをしていた。もし実験が成功すれば、戦争の主導権が握れる。そう信じられていたみたいなのよ。

 ただ成功した事例は、一切無かったらしい。

 胎児といえど、魔石は毒そのもの。体が耐えられなくて、全ての実験体が爆散したと聞いたことがあるわ」

「俺は……生き残った。きっとその、実験体だ」

 レイジが顔を向けると、アンジェリーナは優しい目で首をゆっくりと横に振った。

 もしかして、気付いていたのか……?


「レイジはレイジよ。他の何者でも無い。わたしと一緒で、ちょっと魔法が使える、普通の人間よ」

 どうして人間は、魔族を狩るのだろう。

 こんなにも思慮深くて、心遣いが出来る。なぜそんな人たちを、蔑んで物のように扱うんだ?

 なぜ協力して、文明を築き、発展させていけないんだ?


 どうしてどこの世界でも、人間という生き物はこうも愚かになれるんだろう。



「魔族が減ることで、世界は大きな危機に陥ったの。

 この世界は、魔族が魔法を使うことによって空気中に放出された魔力を、星が回収することで星自体を維持しているの。魔力の供給が減る、つまり魔族が減り続けると、何もかも足りなくなっていくのよ。

 その限界が近づいた時に、星は、審判の光で星の表面を焼き尽くした。

 そして、世界は一度滅びた……」


 温かかったはずのお茶が、すっかり冷たくなっていた。

 スケールが大きすぎて、あまり実感が湧かなかった。この星が、魔力で動いている……そんな、イメージでいいのか?

 アンジェリーナが、冷たくなったお茶を捨てて、新しく暖かい物を入れてくれていた。



「でも人間ってしぶといから、また普通に文明を再興させたんだよね。

 短命な分、繁殖力が凄いんだよ。五十年も経てば、ほらご覧の通り元通りよ。嫌になっちゃう」

「ちょっ、さっきまでのシリアスは……」

 ポットからコップに注がれるお茶を眺めていたレイジは、思わず顔を上げていた。

 アンジェリーナがぺろんと舌を出して笑っている。


「人間って馬鹿だから、耳を削って魔法さえ使わなければ、誰も気付かないものなのよ。もう四十年は人間擬きやっているんだよ。

 全員が悪って訳じゃないし、憎んだって憎みきれないよ。

 容姿をどうしようも出来ない魔族は、さすがに辺境に逃げ延びているはずだけど。噂によると、あの山を幾つか越えた先に魔族の街? 国? どっちかがあるって噂よ。

 さすがの人間も、そこにだけは手が出せないんだって」

「アンジェリーナはそこに行かなかったのか?」

「わたし? 無理ね、そこに行ったら車がいじれないじゃない。それだけは嫌なの。技術力の高さにかけては、人間の方が遙かに上よ。

 あんな所に行ったら、エルフを辞めた意味がないじゃない」

 そう言って、アンジェリーナは車の方を見つめた。

 ほんとうに車いじりが好きなんだな。ちょっとだけ、車に嫉妬を覚えた。




 体の中の魔力回路が安定したたことによって、見える世界が変わった。

 目を凝らすと魔力の揺らぎが見えるようになった。今もレイジの胸元の石に向かって、周囲の魔力が吸い込まれていく様子が分かる。


 例えばアンジェリーナが食事の準備のために、薪に対して着火の魔法を使う。火が付いて、着火で使った分の魔力が空中に流れていくのだけれど、その魔力をレイジの石が吸い込んでいた。

 若干、危機感を覚えた。

 本来は星に還っていくはずの魔力。それを、レイジが横取りしている形になっている。

 星がまた、おかしくなるのではないか……?


「別に、その位はいいんじゃない?」

 アンジェリーナに相談したら、あっさりとした答えが返ってきた。

 昔、星の危機になった時に行われたのは魔族の大量虐殺で、その結果星に戻るべき魔力が一気に減った。

 ただ、あの時に比べて今は魔族の数自体がゆっくりだけれど増えてきている。


 ここでアンジェリーナの微々たる魔力が、レイジに吸われて無くなったところで、大した量じゃない。


 確かにそうなのかもしれない。


 ただそこで、大事なことに気付く結果となった。


 レイジは一切、魔力を生産していなかった。

 過去に命を落とした際に、周り一帯が真っ白になった原因が、分かった瞬間でもあった。


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