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2話 廃れ虚ろになった場所

 意識が戻ると、周りが闇に沈んでいた。

 相変わらず体は動かない。目だけは、やっぱり普通に動くようだ。ただその目も、今目の前に広がっている真っ暗闇の中では、何も視界に映せなかった。


『コポ――』

 目の前をゆがんだ丸いものが過ぎていった。それが、自分が吐いた呼気だと気づくまで、しばらく時間がかかった。

 自分は――生きているのか?

 

 眠りに落ちる前に体に綺麗な石を埋め込まれ、直後に強烈な吐き気があった。

 そしてその石は、違和感なく体に収まった。


 異物。


 間違いなくそれは、人間の体にあってはいけないものだったはず。

 いや……自分は、そもそも人間だったのか?


 分からない。


 でもその異物を受け入れたら、体が落ち着いた。

 今は周りが暗くて、体に埋まっているはずのその石すらも見えない。キラキラ光っているように見えたのに、あれはもしかして光に反射していただけだったのか……。


『コポコポ――』

 再び目の前を空気が過ぎていく。

 気づけば自分は、ゆっくりと呼吸をしているようだった。未だに不思議な液体の中に浮かんでいるらしい。

 浅く呼吸をするたびに、吐き出す呼気が気泡となって上へ流れていく。


 やがて視界が徐々に暗闇に慣れてくる。

 そして見えてきた惨状に、大きく目を見開いた。反射的に大きく息を吸ったのだろう、何気なしに吐き出した呼気で、視界が泡だらけになった。


 いや、そんなことはいい。

 いったいどうなっているんだこれは?



 周りは既に廃墟になっていた。

 確かあの時に襲ってきた睡魔で、そのまま眠りについただけだった。それなのに、ただ眠っただけなのに周りの様子が一気に変わっていた。


 興奮して呼気が荒くなっているのか、しきりに視界を泡が通り過ぎていく。

 いやそもそもおかしい。

 いつまで経っても呼吸が苦しくならない。


 手で掻いてみると、特に抵抗が大きい液体では無いようだった。

 ……待て、手が動くぞ?

 ちょっと前まで眼球しか動かなかったはず。目の前の、たまたま動かしてみた左手をまじまじと見つめた。


 手のひらは……うん、赤ちゃんの手だな。

 握ったり開いたりは……特に違和感なくできる。違う意味で、凄く違和感も感じるけれど。


 右手も動かしてみたら、同じように動いた。そのまま、首が回るようになり、下を見たら付いていた。うん、男の子なんだな。じゃあ、自分のことは俺でいいか。

 朗報。俺氏、男の子だった……みたいな。ごめん、何でもない。

 さらに体を動かしてみる。


 左足、動く。どうやら感覚的に左が先に動くみたいだな。次いで右足、よしちゃんと動かせるようになった。

 しばらくそのまま液体の中で体を動かしていたら、再び強烈な睡魔が襲ってきた。もしかして、興奮して動きすぎてたのか?

 体も異様に怠くなってきた。


 さすがに幼児の体でその睡魔に抗えるわけも無く、あっという間に意識は沈んでいった。




 目が覚めると上の方に青空が見えていた。

 相変わらずガラスの筒の中で、赤っぽい液体に浸かっている。それでもさっき寝落ちする前とは違って、視界が明るかった。

 あの時きっと、空を見上げたら綺麗な星空だったのかもしれない。逆かな、まだ焦点が空の星空を捉えられなかっただけかも知れない。


 ゆっくりと、体を動かしてみる。

 うん、かなりスムーズに動けるようになった。ただやっぱり、自分が幼児なんだということだけはしっかりと自覚した。

 この周りにある液体は、培養液か何かなのかも知れない。

 もっとも周りを見る限り、長くは持ちそうに無かった。完全に動力が落ちている。



 夜は廃墟だと思っていたのに、明るくなったことではっきりと分かった。目の前のそれは、それ以上の惨状だった。


 地下の建物だったのだろう、ものの見事に天井が吹き飛んでいて、真上に向かって五メートルほどの筒状の空間になっていた。

 たぶん何かが大爆発した結果なんだと思う。


 そして、爆心地は俺。いやたぶんだけど。


 動けるようになったからぐるっと見回してみたけれど、俺が入っているガラスの筒を中心に、同心円状に破壊されている。

 近くにある真っ黒な塊がたぶん女で、少し離れたところにある真っ黒な塊がたぶん男だと思う。どっちも一瞬で崩れ落ちた感じ。

 この感じだと爆風が一切、吹いていないのか?

 天井が無いのは、消滅したからなのか?


 いや、そもそも何で俺はこんなに色々なことを知っているんだ?


 わからない……。

 知っていることと、理解していることが、あまりにも乖離していて何一つとして理解できない。

 自分が何者なのかなんて、分かるわけが無い。


 ガラス越しに周りを見ても、何も動くものがなかった。

 自分が入っているガラスの筒がたくさんあったはずなのに、その全てが内側から爆発したかのように割れて、飛び散っていた。

 爆心地はここだけれど、実際に爆発したのはそれぞれのカラスの筒……つまり、そういうことなのか?


 答えなど、当たり前だけども誰からも貰えるはずも無く、俺はガラス越しの世界を見つめ続けるしか無かった。




 あれからたくさんの時間が流れた。

 今度は不思議と、眠くならなかった。

 何度も朝と夜を繰り返す中で、使っている液体が劣化して腐って行く様子は無かった。それだけは、良かったと思う。

 そうでなかったら、きっとすぐにでも絶命していたんじゃないかな。


 俺は誰もいない一人だけの世界で、じっと変化が訪れるのを待った。

 やがて、睡魔が襲ってきて気絶するように眠りに落ちた。


 時間の感覚が分からない。時間の数え方は知っている。でも、どれだけの時間睡眠を取ったのかが全く理解できなかった。

 最初に目が覚めると、体が二倍くらい大きくなっていた。


 そして再び、何日も眠れないまま昼と夜を繰り返した。

 また前触れも無く睡魔が襲ってきた、あっという間に意識が飛んだ。


 さらに目が覚めると、体の大きさが小学生の低学年位にまでなっていた。小学生って言う言葉を知っていたから使ったけれど、小学生が何なのか全く理解っていないんだけどな。

 とにかく睡眠を取ったあとに、必ず大きく成長していたんだ。

 もちろん今回もしばらく眠れないまま昼と夜を繰り返し、突然眠りに落ちた。


 そして目が覚めると、もうガラスの筒ギリギリにまで体が大きくなっていた。

 そもそもが新生児くらいの赤子が入る大きさの筒だったんだと思う。その中で成長を続けていれば、いずれこうなることは分かっていた。

 俺は、膝を抱えてしゃがんだ状態で、一切の身動きが取れなくなっていた。


 そしてまた、眠れない昼と夜を繰り返してから、意識を失うように眠りに落ちる。




 運が良かったことは、今回は目が覚めた時に、ガラスの筒から解放されて床に転がっていたことか。もっとも血だまりに横たわってはいたけれど。


 そして俺は、ゆっくりと起き上がった。


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