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19話 オーバースペック

「ごめん、ちょっと取り乱しちゃったね」

 しばらくして、恥ずかしそうに笑ったアンジェリーナは、その流れで大きなあくびを漏らした。

 やっぱりレイジが右手から渡した魔力は相当規格外だったようで、興奮が収まると一気に疲れが出たようだった。椅子に座ったまま、こっくりこっくりと船をこぎ始めた。


「アンジェリーナさん、もう休んだ方がいいよ」

「ん……レイジ君、アンジェでいいよぉ……」

「あの、アンジェリーナさん?」

「だーめ。レイジ君がアンジェって呼んでくれーるまで、寝ないんだからぁ」

 意地を張ってか、寝ないように必死に起きているアンジェリーナに、レイジはため息を漏らした。

 ちくしょう、かわいいじゃないか。


「じゃあ、アンジェ……さん?」

「むうっ……」

「……わかったよ。あ、アンジェ、そうなった原因は俺だから、ごめん。

 俺はもう少し起きているから、先に休んで貰えるかな」

「うん、わかった。それじゃ、はい」

 アンジェリーナがフラフラしながら、両手を伸ばしてきた。


「いや、さすがにもう魔力は――」

「違うよ。抱っこして行って、お姫様抱っこ。車の助手席まででいいから、お願いだよ」

 もうね、固まっちゃったよ。

 さっきは仕方なかったんだよ。空から落ちてくるアンジェリーナをキャッチするには、いわゆるお姫様抱っこの形で受け止めるしかなかった。

 でも今は、状況が違うんだけど。

 普通に意識あるんだけど、相手女の子なんだよな。さっきだって柔らかくてドキドキしていたのに、い、いいのか……?


「レイジ君、だめ……なの……?」

 はい、あっさり陥落しました。

 そのかわいい顔で上目遣いされたら、さすがに断ることができなかった。っていうか俺、顔真っ赤だったと思う。

 抱き上げたアンジェリーナは相変わらず船をこぎながらも、終始ニコニコ笑顔で、車まで運ばれていった。


「ごめんね、本当は今夜のうちに魔力が制御できるようにして、魔法が使えるようにまで……教えてあげられる、よ定ぃ…………だったん……だけ……」

 助手席を倒して横になった途端に、アンジェリーナは笑顔のまま眠りに落ちた。けっこう限界だったんだと思う。

 後ろの席にあった毛布をそっと肩まで掛けると、一旦後片付けをするために、簡易テーブルと椅子がある場所まで戻った。




 近くに櫓が倒れた井戸があったので、紐が付いた桶だけ落として水を汲んだ。

 食べかけの料理は、口に運んで有り難くいただく。それから、空になった食器を集めて綺麗に洗って、水分を拭き取ってから近くにあったカバンにしまった。


 ふと、その横にテントがあることに気が付いて、レイジは首を傾げた。側には、さらに寝袋が二つ置かれている。

 そう言えばアンジェリーナが、今日はテントに一人で寝なくていいからって、喜んでいたっけ。いつもは一人で、テントを立てる機会がないらしい。


 もしかして、一緒に寝る予定だったってこと?

 そう思った途端に、顔が熱くなった。


 やっぱり、異常に無防備な気がする。

 そもそもアンジェリーナとは、今日初めて出会った。それまで一度も顔を合わせたことが無かったはず。

 それなのに、すごく信頼されている。


 何だかもやもやしたものを胸の内に素感じながら、ふと見るといつの間にかテントを設営していた。


「……なんだか俺も、疲れてるのかな」

 アンジェリーナは、市街地には魔獣は出てこないと言っていた。つまり怖いのは、人間だけと言うことか。

 周りを見回すも、人の気配はしない……が。


「せっかく立てたけどテント、片付けるか」

 さっさとテントを片付けると、車を往復して全部の荷物を裏の荷室に運び込んだ。

 助手席では、アンジェリーナが静かに寝息を立てていた。

 この世界って、野営の時はどうやって休んでいるんだろう。そんなことを考えながら、さすがに疲れたのか睡魔に勝てず、フラフラしながら運転席に乗り込んだ。ドアをロックして、運転席の椅子を倒すとそのまま眠りに落ちていった。


「もう……意気地無し……」




 目が覚めると、目の前にアンジェリーナの顔があって、にこにこ顔でレイジを見つめていた。

 ずっと寝顔、見られていたのか……?

 そう考えた途端に、何だか恥ずかしくなって顔が熱くなってきた。間違いなく、赤面していると思う。


「おはよ、レイジ君」

 レイジが動けずにいると、左手を伸ばしてきてそっとレイジの頭を撫でてきた。


「あのね、昨日は言わなかったけれど、あの魔力の受け渡しってエルフの婚礼の儀式の時に、新郎と新婦がみんなの前でやることなんだよ」

「……えっ……はっ?」

「体の魔力回路を新しく拓く方法、あれしか知らなかったからやっちゃったけど……わたしはレイジ君でも、いいかなって。

 朝食の準備してくるね、井戸で水汲みしてくれると助かるかな」

 な……なん、ですと?


 レイジが完全に固まってていると、アンジェリーナは助手席のドアを開けて外に出ていった。

 後ろのドアが開く音が聞こえたけれど、正直レイジはそれどころじゃなかった。


 魔力回路を拓く。開くじゃなくて、拓くの方らしいんだけど。

 アンジェリーナの話だと、俺は魔力を持っているけれど、それを感知する力と操る力が備わっていなかった。そもそも回路すらないのだとか。

 魔力回路を拓く為に、あの手を繋いで魔力を流す儀式が必用だった……と。

 でもあれは、エルフの婚儀の行為らしい。

 ……なん、ですと?

 分かっててやった節があるのか。ってマジか……。



 けっこうな時間、呆けていたらしい。

 ふと気がつくと助手席の窓ガラス越しに、膨れっ面のアンジェリーナの顔が覗かせいていた。

 慌てて椅子を起こして、運転席から飛び出した。


「もう。頼んであったお水もわたしが汲んだから。朝食の準備もできたし、食べる前に顔洗ってきてよね。

 でも酷いよレイジ君、そんなに悩むことなのかなあ?」

「いや、だって、ほら……まだ会って一晩だぞ。お互いにまだなにも知らないし」

「うふふ、本気で悩んでくれてたんだね。ありがとう。

 でもね、耳が切れたエルフはエルフ擬きだから、儀式自体はノーカンだよ」

 そのまま引き寄せて、強く抱きしめたい衝動をぐっとこらえた。


 俺だって、一目惚れしてるんだと思う。

 でもだからこそ、死の恐怖がどうしても拭いきれなかった。

 もし、俺が死んでアンジェリーナが道連れになって、俺だけがまた蘇る。それでも自分が耐えられるのか。

 自信が無かった。

 ほんの数メートル先、昨日と同じ場所に歩いて行くアンジェリーナが、もの凄く遠く感じた。


「……レイジ君なら、一緒に生きていけるんだろうなって。

 三百年近く生きてきた勘は間違っていないと思うんだよね」

 だから、俯いて井戸に向かったレイジが、そのアンジェリーナの呟きに気付くことは無かった。




「うわ、教えたのって簡単な生活魔法なのに、すごい……」

 レイジの魔力回路が、まだ安定していないからという理由で、今日の探索はしないことになった。

 代わりに、魔力を腕だけでなく体全体に行き渡らせるように、馴染ませる時間に充ててくれた。実際に魔法の練習をしながら、調整していくことになったのだけれど……。


「これって、生活魔法じゃないと思うんだけど」

「わたしの真似して、わたしと同じ炎をイメージした結果がそれなんだよね?

 だったら、それはレイジ君の生活魔法なんだと思うよ」

 隣のアンジェリーナが手の平に出してくれた小さな炎を真似して、説明して貰ったとおりに最小の魔力で炎を作った。

 その結果、手の平に現れたのは遙か上空まで立ち上る、灼熱の火柱だった。


 慌てて火を消して隣を見ると、炎の熱で顔を真っ赤にしたアンジェリーナが、腰を抜かして地面に座り込んでいた。

 幸いなことに二人とも火傷も無く、周りの廃屋や車にも影響が無かったからいいものの、完全に想定外の炎だった。


 他にも、水流、微風、穴開け、光球の順番に生活魔法を使っていった結果、どれも規格外の威力が出た。それも操作できる限り最小魔力で。

 安全を考えて街から出て、魔獣が出現する草原まで行ったのだけれど、レイジの魔法で草原の魔獣が完全に駆逐された。

 完全にオーバースペックだった。


「うん。魔力回路自体はもう全身にくまなく伸びているね。むしろ馴染むのが早すぎる気がするんだけど」

「そんなに早いのか?」

「人間の体にとって、魔力自体は完全に異物だからね。

 昔、魔法が使いたくて、魔石を飲み込んだ人がいたって話は知ってる?」

「いや、知らない」

 昨日と同じように、向かい合って両手を繋いで魔力を流して貰った。

 アンジェリーナから伝わった暖かい魔力の流れが、レイジの体をくまなく巡っているのを感じた。何だか凄く幸せな気持ちになる。


「その人間は飲み込んだ途端に、激痛が全身に走って、次の瞬間に体が炎上してあっという間に燃え尽きちゃったみたいなんだよ。

 魔力回路が無いから、体にかなりの負荷がかかったらしいんだけど……」

「原因までは、分からなかったのか」

「そうなんだよね」

 流れていた魔力がアンジェリーナに戻っていって、繋いでいた手が離された。


「それだけで済んだのか?」

 手が離れたことを少し……いや、かなり残念に思いながら、レイジはどうしても気になった疑問をアンジェリーナに投げかけた。


「人間が、それだけで納得して、満足するはずがないと思うんだが」

「うんそうだよ。当然その程度じゃ済まなかったんだよね――」


 そうしてアンジェリーナが語ってくれた話は、想像を絶する話だった。


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