14話 総ギルド長クロード
「まず、俺は試験管の中で産まれたと思うんだ」
「……ほぉ、女帝スカーレットのやっていた人体実験は、成功したと言うことか」
クロードの言葉に、レイジは思わず息を呑んでいた。
記憶にあるあの煌びやかに服を着た女、あの女が恐らく女帝スカーレットなのだろうと、はっきりと認識した。
同時に少しだけ、話したことを後悔した。
俺は、やはり産まれてくるべきじゃなかった。
きっとここにも、俺の居場所は無い。
「つまりレイジ、お主はあの滅びたフクダティ王国で産まれたということだな」
「……フクダティ王国?」
突然知らない国名を告げられ、レイジは思わず聞き返していた。
「そうだ。かつてここから遙か北にあった国で、当時はかなり栄華を極めていたようだ。ここの街は、あそこの建築技術が使われておる。残念ながら建築技術は再現できたが、魔動機や発動機は再現できなんだがな
そのフクダティ王国だが、およそ八十年前に、ガンドゥン帝国によって滅ぼされた」
「ガンドゥン帝国……」
いや待って、そもそも前提が八十年前の話なのか?
クロードは総ギルド長とはいえ、何でそんな昔のことまで知っているんだろう。確かにここの街は、どの国にも属さない中立都市だといっていた。
だから逆に、世界情勢に詳しくないといけないのだろうか?
改めてクロードを見てみる。
がっしりした体格に、身長はちょっと低めか。視線が俺より少しだけ低い。
顔は綺麗に髭が剃られていて、髪はオールバックスタイルだ。あっ……耳が、少し尖っている。
このひともしかして……人間じゃ無いのか?
「お主、ドワーフは初めてか?」
当然だけれど観察しているのに気づかれて、スッと目が細められる。ただ何かが面白いのか、口元は笑っていた。
どうしても視線が外せなくて、ぎこちなく首を縦に動かした。
「そう怖がるでない。お主をどうこうするつもりは無い。
フクダティ王国跡地でガンドゥン帝国が何かの実験をしていることは前々から掴んでおった。だが厳重に隠蔽されておって、人体実験までしか掴めなかったのだが。
そういう意味では、お主は被害者の一人だ。ガンドゥン帝国とは一切関係が無く、我がシンジュク冒険者ギルドの大切な一員だ」
「総ギルド長……」
「クロードで良い。たまたま長く生きていて、他になり手がいないから総ギルド長なんて名が付いておるだけだ。
本当はな、来年には北門のギルド支部にいる、エルフのカルティオーレインに交代して貰う予定だったんだが。こんな面白い案件から手を退くなぞ、今さらできん相談だな」
そう言って、いい笑顔でレイジの目をしっかりと見つめてきた。
この人はそうか、この今起きている問題が、すぐに解決しないことに薄々感づいているのか。そして、可能な限り力になってくれようとしている。
「ありがとう。だけど俺は、ここで話が終わったら、ガンドゥン帝国に向かう。そして……」
レイジは一回目を伏せる。
この世界に産まれてきたこと自体には、一切の恨みは無い。
でも、俺はあの時の光景を、自分以外のガラス管にいた赤子が色つきの石とともに消えていく姿をはっきりと覚えている。
あれが人体実験だったのだとしたら、あの子達は、俺の兄弟。本来なら生きられたはずの時間を、一瞬で消し去られた。
「俺は、女帝スカーレットとやらを、この手で葬る。
それに俺は人間爆弾だから。これ以上、このシンジュクの街を危険に晒すことはできない。俺がいるだけで、この街の住民が簡単に何も知らぬまま死ぬ……」
「それだ。例の周りが真っ白になる――つまり魔素が何も無い状態だな。
最初の話に戻るわけだが、お主が死に、そして蘇った後の話だが。詳しく聞くことはできるか」
「分かった。俺の主観だから、起きたことしか話せないが――」
こうして、俺は自分が死に、世界が変わった話をし始めた。
話を進めるにしたがって、やはりというかクロードの顔は曇っていく。最後には腕を組んで、じっと目を閉じて考え込むまでになっていた。
俺があっさりと死ななければいい、だけの話なのだけれど、実際にこの街で殺されかけた。あの時必死で駆けなければ、たくさんの人が巻き添えになって命を落としていた。
さらに仲間ですら、一緒に行動しているだけで危険に晒す……。
「そう……だな。いくらか援助はできる。だがすまん、お主の言うようにもしものことを考えると、シンジュクの街から出て行って貰わねばならん」
クロードは苦虫を噛みつぶしたような顔で告げると、執務机まで行って呼び鈴を押した。
ギリギリまで自分の所在のことを考えてくれたのだろう。正直、レイジとしても頭が下がる思いだった。
「そんな顔をしないでくれ。ここは元々が物資の補給と、身分証明書の確保に寄った街だ。
俺はいるだけで迷惑がかかる。もともと、通り過ぎる予定だったんだ。
ただクロードさんが、俺の出生に関わる重要な情報を持っていて、それを俺に教えてくれた。それだけで十分だよ」
執務室の扉が開いて、ギルド職員が部屋に入ってきた。
クロードが紙に走り書きをして職員に手渡すと、ギルド職員はクロードとレイジに頭を下げ、部屋を退出していった。
「そうか。そう言って貰えると、少し心の荷が軽くなるな。
予定通り、明日には車を渡すことができる。前の車ほど性能は良くないと思うが、道中の足にはなるはずだ。
それから、冒険に必要な物資をいくつか手配した。実際には冒険に行くわけではないが、旅の足しにはなるだろう。使ってくれ」
「ありがとう。それだけでも助かる」
それからしばらくたわいの無い話をして、レイジはクロードの執務室を後にした。
「レイジさん、大丈夫だったのか?」
本部ギルドのロビーでは、律儀にも青龍の鱗のみんながレイジを待ってくれていた。
ギルド本部は、四方に各支部があるせいか人がまばらだった。むしろ、食事が美味しいのか、冒険者以外の一般の客が思い思いに食事を楽しんでいるようだ他。
さすがのレイジも蘇生後、半日生きているためお腹がすいてきていた。声をかけてくれたカイルに手を振ってから、ギルドの受付に向かう。
ギルドの窓口で食事を頼み、受け取ったプレートを持って五人が待つテーブルにお邪魔した。
「悪い、だいぶ待たせたか?」
「そんなことないわよ。レイジさんも無事だったし、食事を食べながらゆっくりと飲んでいたところよ」
「それより申し訳ありません。私たちがあげた報告に、もしかしたらレイジさんに不利な話をしてしまっていたかも知れません……」
車を運転していたピエールは、倉庫で車を引き渡した時に現場の話をしていたのだろう。
レイジは慌てて首を横に振った。
「いや、大丈夫だよ。総ギルド長のクロードさんとは色々な話をしたが、大きな問題にはならなかった。
むしろ、街中にもかかわらず動きが遅かったことを謝罪されたよ」
「そうですか。それでも、すみませんでした」
「私もです。私がぶつけちゃったばかりに――」
「待ってユイミさん、それはもう言わない約束だよ。車に乗っている限り、どうしても事故はつきものなんだ。しっかりと練習をして、運転技術を磨けばいいと思うよ」
「駄目だよレイジさん。そもそもユイミは機械音痴なんだ、もう運転はさせられないよ」
カイルの一言で、ユイミが頬を膨らませた。ポラントが豪快に笑って、クレールがピエールと顔を見合わせて苦笑いをしていた。
パーティっていいな……。
レイジはそんな青龍の鱗のみんなを微笑ましく思いながら、食後のお酒を胃に流し込んだ。
五人と別れた後、レイジは買い損ねていた服を買いに、まだ開いている市場を探して街を歩いた。
街に街灯はあるものの、午後の七時を過ぎる頃にはほとんどの店が店じまいをしていた。
幸い、レイジが必用としていた衣服の店はまだ開いていたので、下着を含めて数着の衣服を買うことができた。衣料は大量生産ができないので、手製の丈夫な者が多かった。
値段もそれなりにしたけれど、冒険者ギルドから報酬で貰っていたお金があったので、特に困ることは無かった。
夜の街並みを見ながら、泊まっているシンジュク冒険者ギルドの西門支部を目指して、歩道を歩いて行く。
時折、前照灯を照らした車が道路を走り去っていく。
それ以外は、静かな街並みが広がっていた。しかし、不思議な街だと思う。
高層ビルがあって、その周りを住宅が囲っている。
昨日食事を食べた繁華街や、さっき服を買ったショッピング通りなどは同じような店舗が建ち並んでいる。
それ以外の場所では、必ずビルの周りに住宅があって、家々の窓から生活の明かりがしっかりと漏れていた。そもそも、高層ビルが何のために建っているのかが分からなかった。
また一台、車が車道を走ってきた。
その車窓から、黒く細長い筒がでいて、その筒先がレイジの方を向いていた。
「えっ――」
全てが、スローモーションになった。
筒先から黒い塊が撃ち出されて、レイジの方に向かってきた。とっさに、動くことなんてできない。目を見開いて、全く動かない体に、腕に、首に全力を注ぐ。
感覚だけが、無慈悲にもその黒い塊――弾丸を捉え続けていた。
やがて目の前に迫る黒い弾丸が、レイジの頭に吸い込まれていき、そこで完全に意識が途切れた。