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12話 暗殺者

 冒険者ギルドを出ると、いつの間にか太陽が真上に昇っていた。

 思いの外長い時間、あの部屋で話をしていたらしい。片掛で背負っていたリュックサックを、両肩で背負い直した。

 朝、窓から外を見た時には、駐車場にはたくさんの車が駐まっていたけれど、さすがにお昼近くになると、数台ほど駐まっているだけだった。昨日自分が車を駐めた場所には、オイルのシミがそのまま残っていた。


 

 もともと今日は、休養に充てる予定だったので、この突然空いた時間は都合が良かった。

 カイル達との約束は夕方なので、しばらく街を見て歩けそうだ。

 冒険者ギルドでだいぶ時間がかかったけれど、昼食も兼ねて、予定通り服を買いに出かけることにした。



 通りを歩くと、けっこうたくさんの人が歩いていた。

 車道と歩道は分離されていて、今の時間は車道を走っている車の数は少なかった。

 車は、新しいエンジンを作る技術が失われているため、街を走る車のほとんどが発掘した中古車だと、クロードが説明してくれたっけ。

 新車が流通していないのだから、中古車を持っているのは、必然的に発掘をしている冒険者になる。道が綺麗に舗装されているので、何だかもったいない気がするけれど、車の絶対数が少ないのだから仕方がないのかも知れない。




 お腹がすいたので、先に食事を取るために繁華街を目指した。

 冒険者ギルドで貰った地図を片手に道を歩いていると、何となく視線を感じたので立ち止まって振り返った。雑踏の中、振り返った途端に気配が消えた。


「……何だろう、気のせいなのか?」

 ちょうどお昼時のため、食事処が多いこの通りは人で溢れかえっている。そもそもこの街には、知り合いなんていないから、たまたま誰かが見ていた程度なのだろうと、そう結論づけた。

 昨日知り合ったカイル達は、まだ冒険者ギルドにいるはずだ。

 念のため、しばらく視線を巡らせたけれど、特に何かが分かるわけでもなく、少し首輪捻っただけで再び歩き始めた。


 やがて、『麺』と掻かれたお店が目に付いた。いや違う、そのお店から目が離せなくなった。俺はまるで吸い寄せられるかのように、その店に入っていった。

 そこはカウンターがあるだけの小さなラーメン屋で、レイジが入った時には席が一ヶ所だけ空いていた。無愛想な店主が顎を空席の方に動かしたので、そのまま入っていって椅子に座った。


 ラーメンは普通に美味しかった。

 隣を見ると、汁を飲み干していたので、ここのルールだと思って同じように飲み干した。

 店主に服を売っているお店までの道を聞いて、お金を支払った時には既に体がどこかおかしかったのかも知れない。

 説明に聞いたまま、店の近くにある細い路地に足を踏み入れていた。




 薄暗い路地を歩いていると、突然膨らんだ殺気に、振り向きざまに剣を鞘から抜き放った。

『ガギンッ』という金属音とともに、剣と鞘でとっさの攻撃を防ぐ。続けざまに、真下から延びてきた蹴り足に自分の足を乗せて、ぐっと踏み抜いて後方に飛んで間合いを取った。


「ほぉ……これを防ぐか」

「あんたは、さっきの麺屋の店長か?」

 少し体がしびれている。何かがおかしい。

 滲む視界に捉えたのは、さっきのラーメン屋にいた店長の姿だった。服装が替わっていて、黒装束姿に、両手にはそれぞれに黒い小剣を持っていた。


 黒装束の男はすっと腰を落とすと、片方の小剣を背後に隠した状態で、一直線に駆けてきた。

 レイジも剣と鞘を構えて、足を開いて少し腰を落とす。


 初撃を剣で受け流し、二撃目の蹴り足に仕込まれていた隠剣を鞘で弾いた。

 黒装束の男は、軸足で踏ん張って続けざまに、背後に隠していた剣で斬りかかってきた。その斬撃を剣の鍔で受けて、さらに逆手のもう一撃を鞘で受け止める。

 がら空きになった相手の腹に、今度はレイジの蹴りが突き刺さった。離れざまに、右手に持った剣を一回転捻った。

 黒装束の男の左腕が宙を舞って、小剣とともにゴトリと地面に落下した。


「まだそれだけ動けるとはな。だが、かすり傷とは言え一撃入った。それで終わりだな」

 レイジの頬が切れて、そこから一筋の血が流れた。

 急激に目眩が襲ってきた。体の動きも、さらに悪くなる。

 ……まずいな、今襲われたら絶対に周りに被害が及ぶ。


 危機を感じて一気に前に飛び込んで、鞘に相手の振ってきた剣を当ててそのまま滑らせながら、剣に体重を乗せて振り抜いた。


「ガッ――」

 黒装束の男を壁に吹き飛ばし、心臓に目がけて剣を突き刺した。一瞬、壁まで貫通する感触があったので、慌てて引き抜いた。

 どんだけ鋭いんだよ、この剣……無駄に丈夫だし。


「暗部の俺をここまで翻弄するとは……グフッ……皇帝陛下に栄光あれ」

 口元からも血を吹き出しながら、男はその場に崩れ落ちた。

 流れ出る血が広がって、地面が赤く染まる。その血が、落ちていた小剣の刃に触れると、真っ赤だった血が一気に紫色に染まった。


「皇帝ってことは、あれか。さっき話題に出たガンドゥン帝国の手の者なのか?

 クソッ、こんなの防ぎようがないだろう……」


 レイジは歯を食いしばって、その場で片膝をついた。さらに鞘を杖にして転けないように、全身に力を込めてもう一度立ち上がった。

 体が重かったので、一旦壁に背を預ける。


 これは……毒か?


 肺が焼けるように熱い。

 苦しくなって咳き込むと、地面に血が飛び散った。


 まずい。

 このままだと、間違いなくこの街が死の街に変わる。

 俺は絶対に、この場で死ぬわけにはいかない。

 もう、死なないと誓ったのに、あっという間に命の危機に陥っている。

 なんて……軽い命なんだろう。


 歯を食いしばって、背面の壁を腕で押して体を前に進ませる。

 剣と鞘を両手に持ったまま、暗い路地を全力で駆け抜けた。

 目がグルグルと回っている。吐き気を、腹に力を入れて堪えた。

 裏路地から表通りに出る手前で、ちょうど遠くに門が見えた。あれは街の出口か、今ならまだ間に合う。


「どいてくれ……クソッ、どきやがれぇ!」

 返り血で真っ赤に染まるレイジを恐れて、自然に人が割れて道ができた。そのまま車道に飛び出ると、大通りを全力で駆けだした。

 走っていた車の脇をすり抜ける。周りの景色がもの凄い早さで流れていく。

 そのままの速度で門を、目を見開いて事態を飲み込めずにいる門兵の脇を駆け抜けて、ただひたすら走った。


 門を抜けたことで舗装路面が途切れて、土むき出しの道に変わった。

 レイジの迫力に気圧されてか、道の脇にいたゴブリンが必死で逃げていく。大きな狼型の魔獣ですら、尻尾を股の間に丸めて遁走していった。


 何度か倒れて転がり、その都度転がった動きのまま立ち上がって走り続けた。

 視界がぼやける。

 まだ、こんな場所で命を止めるわけにはいかない。

 脳裏に、あの色が抜けた森の景色が浮かんだ。瓦礫の街ですら、あの家屋の周りにあった物が、色を失っていた。

 軋む体に、気合いを込めた。




 周りの景色が、草が生え繁った荒野から森の道に変わった。

 目に付いた森の小道に、半分倒れながら駆け込んだ。剣と鞘を持つ腕が真っ赤に染まっていた。全身の毛穴から血が噴き出しているのだろう。足に力が入らなくなって、途中で完全に倒れた。


 それでも、這ってでも少しずつ進んでいく。

 既に、自分が何でそこまでして、どこに向かっているのかすら分からなくなっていた。

 ただ一つ、自分が死んで再起した時に起きている、あの色を失った世界の被害者を、少しでも少なくしたかった。

 そんな思いだけで、必死に駆けていたんだと思う。


「……泉なの……か……?」

 やがて、静謐な水を湛えた池の畔に出た。

 道はそこで終わっていた。おそらく、旅の途中で水を確保するためにこの場所までの道が開けていたのだと思う。

 そこで俺は、これ以上進むことを断念した。


 一度動きを止めると、体がもう動かなかった。

 全身が焼きただれるように痛い。肺が完全にやられたのか、呼吸が細い。

 視界すらも真っ赤に染まっていく。


 冒険者ギルドの差し金って言う線は、たぶんないな。

 いや、ないと信じたい。

 そうでなけりゃ、さすがにやりきれないな。


 意識が少しずつ遠くなっていくのが分かる。

 レイジから流れている血で、池の水が少し赤く染まっていた。

 

 どうせまた、周りを犠牲にして蘇る。

 それ以上のことは、またその時に考えればいいのか。

 何だか眠い。

 これはつまり、血を流しすぎたか……って奴だな。

 さすがに、笑えないな。


 ゆっくりと、まるで眠りに落ちるかのように、意識を手放した。


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