11話 青龍の鱗
目を開けると、窓から朝の日差しが差し込んでいた。
昨日はそのまま冒険者ギルドの宿泊施設に泊まった。もともと予定していたとはいえ、空室があるか確認しいなかったので、部屋が確保できたのは運が良かったんだと思う。
何となく疲れていたせいか、昨日はそのまま寝てしまった。
……考えてみれば、何回も死んだことが無かったことになったけれど、一度も体を洗ったきおくが無いな。
とりあえず、朝食の前にシャワーを浴びることにした。
同じ服しか無かったので、朝食の後に服を買いに行こうと思って、エレベーターで一階に降りると、ちょうど昨日の事故の相手である青龍の鱗の面々が食事を取っているところだった。
レイジが降りてきたのを確認すると、カイルが立ち上がって近づいてきた。
「おはよう、レイジさん。昨日は済まなかったな」
「ああ、いいよそれは。既に昨日さんざん謝ってもらっている。それに、修理の段取りをしてくれているのだから、できればこれ以上は気にしないで欲しい」
「わかった。そう言って貰えると助かる」
カイルの言葉に、残りのメンバーも頭を下げてきた。
ん……? どうも昨日より人数が多いな。男女一人ずつ多い。
朝の冒険者ギルド内はそれなりに混雑していた。
エレベーターに近い机はまだ何席か余裕があったけれど、カウンターを挟んだ反対側は、机がしっかりと埋まっていた。明確な区分けはないけれど、どうやら暗黙の了解のようだった。
朝食の注文をしようと受付に歩いて行くと、青龍の鱗が座っているテーブルから目を腫らしたままのユイミが立ち上がって近づいてきた。
「レイジさんはこれから朝食を食べるのですか?」
「いま起きてきたところだからな。考えてみたら昨日食べずに寝たから、お腹がすいているんだ」
「え、そうなんですか? もしかして私のせい――」
「ああ待って、違う違う。初めての運転でけっこう疲れたから、ベッドに横になったらそのまま寝ちゃったんだよ」
ユイミが泣きそうになったので、慌てて青龍の鱗のメンバーに視線を送ると、意を汲んでくれてのか女性が立ち上がって近づいてきた。
「ユイミ、そんなに気にしすぎない方がいいわよ。ちゃんと話ができたんでしょう? よく寝たって顔しているから、本当に疲れていたんだと思うわよ」
「……えっと、そうなの……ですか?」
「ほんとほんと。三百キロ位走ったから、さすがにね」
「すごいわね。初めて運転して、普通その距離は普通走らないわよ。
それなら疲れたのも納得するわ。街中と違って外は舗装されていないから、けっこう気を使って走るものね。
そういえば、初めましてよね。私はクレールよ。あとは昨日私と一緒にいて初顔なのは、あっちのピエールね」
「ああ、よろしくな。俺はレイジだ」
ピエールの方にも視線を向けると、笑顔で手を振って応えてくれた。
出会った切っ掛けはあまり良くなかったものの、昨日の話だと青龍の鱗はEランクパーティ、かなりのベテランだ。
いや……未だにランクが慣れないな。
いつもの謎知識だと、Eランクは大抵が下から二番目のランクだ。Fから始まってE、D、C、B、A、S、SSのような流れでランクアップしていく。
ついでにその謎知識換算だと、青龍の鱗はBランクのベテランパーティの計算になる。ややこしいな。
「あの……」
宿泊者用の受付に二人ほど並んでいただけだったので、席数にまだ余裕があることを確認してその後ろに並ぶと、再びユイミが話しかけてきた。
「お食事代を……私の方で払ってもいいですか……」
「あの……ユイミ?」
両手でお財布を持っているユイミに、クレールが苦笑いを浮かべる。
「うん、気持ちは有り難いんだけど、宿泊を朝食セットにしたんだ。だから、宿泊チケットを渡すだけなんだ……ごめんな」
「あううぅ……ご、ごめんなさい……」
ああ、もう。また目尻に涙を浮かべてる。
困ってクレールを見ると、ユイミを連れて行ってくれた。基本的にいい人達なんだな、やっぱりこれくらいの気遣いがないとEランクには上がれないのかも知れない。
レイジが食事を終える頃には、青龍の鱗はカイルを除いて全員がいなくなっていた。
食器を返して振り向くと、少し離れたところでカイルが立って待っていた。
「少しいいか? レイジさんの車の件で、少し相談があるんだけど、この後って忙しいか?」
「いや、少し買い物に行きたかったが。その程度だから、話はできるが」
「助かる。ギルド職員も交えて、少し話がしたいんだ」
カイルが奥に顔を向けたのでレイジも振り向くと、冒険者ギルドの女性職員が歩み寄ってきた。
「奥に部屋を取ってあります。こちらに、付いてきてください」
「了解した。ちょっとここでは、話しづらいことなんだな」
「どうやらそうらしい。オレも詳しいことまでは聞いていないんだけどな……」
ギルド職員によって案内された部屋は、防音対策が施された厳重な部屋だった。扉をくぐる時に、壁の厚さが二十センチくらいあったと思う。
部屋の中にはテーブルと椅子が四脚あって、その一つには既にがたいのいい男が座っていた。レイジ達が入ってきて扉が閉まったことを確認すると、立ち上がって手を差しのばしてきた。
「シンジュク冒険者ギルドの総ギルド長をやっているクロードだ。これから稼ぎに出かけなきゃならんのに、わざわざ時間を作って貰ったこと、先に礼を言う。
とりあえず座ってくれ。話を進めたい」
どうやらこの街の冒険者ギルドのトップが来たらしい。いやマジか、そんなの聞いていないぞ。知らないうちに大事になっていたのか?
たぶん、顔がひくついていたと思う。
レイジが、案内してくれたギルド職員の方に顔を向けると、ちょうど茶器にお茶を淹れて運んでくるところだった。
ギルド職員はカップ四つにお茶を注ぐと、クロードの隣に腰を下ろした。
「申し遅れました、私は当ギルド支部のギルドマスターをしています、シャンティと申します。粗茶ですが、冷めないうちに召し上がってください」
……なんでお偉い方二人が?
この時点で、自分が乗ってきた車が、何か大きな問題をはらんでいたことに気づき始めていた。
レイジは思わずカイルと顔を見合わせると、ぎこちない動作で椅子に腰をかけた。二人が腰をかけたことを確認して、クロードが少し身を乗り出してきた。
「さて、率直に言おう。ギルドの車両保管庫に搬入された車を、冒険者ギルド及び車両組合の組織両方の名前で買い取らせて欲しい。頼めんか?」
「えっと……どういう事なんだ? 買い取り自体は、かまわないんだが」
正直、突然の申し出にとっさにその言葉しか頭に浮かばなかった。
ただとっさに出たその言葉が、結果的に良かったのかも知れない。総ギルド長としての立場なのか、向けられていた威圧がスッと和らいだ。
心なしか表情も柔らかくなった気がする。
隣に座っているカイルも、大きく息を吐いている。
「レイジと言ったな。代わりと言っては何だが、車両組合で所有している同タイプの車両を手配しよう。そう、悪い話じゃないだろう。
それからカイルの青龍の鱗が所有している車両についても買い取りの後、今乗っている車両と同じものを手配しよう」
「ちょっ、待ってくれ。さすがにそれは、話が旨すぎる。
さすがにうちの車両まで手配するなんて、いったい何事なんだ? そもそも何があったんだ?」
当然ながら、隣に座って話を聞いていたカイルが疑問を呈した。
逆にクロードは少し落ち着いたのか、お茶に初めて口を付けた。隣にいたシャンティも肩の力が抜けたようだ。椅子に深く腰を落としている。
その二人の様子に、椅子から半分腰を浮かせていたカイルも、一瞬迷った後、ゆっくりと椅子に座り直した。
何だろう、俺が乗ってきた車って、そんなにやばい車だったのか?
クロードが机にコップを戻し、大きく息を吐いた。
「あれはな、ガンドゥン帝国で製作された最新鋭車両だ。この世に現存する車両のうち、唯一の新車と言っても過言ではない。
恐らく何台目かの試作品なのだろうが、あの感じだとほぼ完成品だろう」
「ガンドゥン帝国って……マジか……」
カイルが絶句して、俺の方に顔を向けてきた。
当然、その辺の事情を全く知らない俺は、三人の顔を交互にみて頭を掻いて首を傾げるしかなかった。
そもそもどこにどんな国があるかすら知らない。
「さっきの会話でな、レイジが彼の国のスパイではないことも、同時に確認できた。
済まないが、詳しい検分も必用だ。さっそく青龍の鱗の車も冒険者ギルドに預からせてくれ」
「ああ、わかった。部屋を出たらすぐに、車内を整理してギルド職員にカギを渡すよ」
ここまで警戒していると言うことは、ガンドゥン帝国とここの街が属する国は、敵対する関係なのだろうな。
それよりもスパイだと思われていたのか。
確かに俺が所有しているうちは、車両の接収は難しかったんだろう。確か受付嬢が説明してくれた中に、冒険者の権利が明文化されていた。車は資産として、いかなる権力にも接収されないのだとか。
そういう意味では、最初に冒険者ギルドに登録して正解だったのかも知れない。
その後、一時金としてそれぞれ金貨十枚ずつ手渡された。
もちろん、口外無用の意味合いも含まれていると思う。まあ、話をした状況から見ても口外するつもりは毛頭なかったが。
譲渡の細かい手続きと、新しい車両の引き渡しの事務処理にに三日程時間がかかるようで、その間も含めて十日程、ギルドの宿泊施設も無料で使えることになった。
さらに車両引き渡し時に、車両の買い取り費用を含めて、特別依頼扱いにしてくれたために達成金も支払って貰えるようだった。
もちろん、カイル達の青龍の鱗にも、車両買い取り費用とは別に、休業保証金が払われるのだとか。
「何だか、不思議な結果になったな……」
「ああ……未だに、意味が分からんよ……」
その後カイルとは夕方、改めてここで落ち合う約束をして、冒険者ギルドのロビーで別れた。