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1話 望まれない生命

歴史の影に埋もれた男の物語です。


 少し先に、大きな塔がそびえ立っていた。

 ここは南極。吹雪が視界を真っ白に染めている。

 気温は既にマイナス数十度、体は既に感覚が無かった。


「……ここが、みんなが言っていた南の魔術塔か……って、うわっ」

 上に気をとられて、足元にあった何かに躓いた。

 そのまま雪の中に受け身が取れないまま、派手に倒れ込んだ。雪の中にいる方が暖かい気がして、何となく自虐の笑みが漏れた。


「俺はなんで、こんな所まで来たんだろうな……」

 もう、覚悟を決めたはずだった。

 でもまだ、暖かさに未練があるのか。雪に埋もれたまま、自分の体温に何だか安心感を感じていた。

 既に体中が凍えて動かないのに、だからこそ生きていることを実感している。


 そもそもこの極寒の地に、上着を羽織っただけの軽装で来ることが間違いだった。下は厚手のズボンだけれど、一切の防寒に適していない。

 それに気づいたのは、この地に到着してからだった。もう、その時点で引き返すことが出来なかった。


「アンジェ……すまない。俺、無理だと思う……」

 ゆっくりと、軋む体に鞭を打って起き上がった。

 再び一歩ずつ、冷たくなった足を動かして前に進んでいく。

 やがて、さっきまで遠くにうっすらと見えていただけだった塔が、視界いっぱいに壁となって立ちはだかった。


 大きくため息をつこうとして、慌てて息を止めた。ゆっくりと息を吸い、またゆっくりと息を吐いた。

 まだここで、死ぬわけにはいかない。

 いや、別に命を失ったところで問題にすらならないのか。


 どうせ蘇る。


 ここに来るまでに俺は、既に何度も命を落としている。

 それでも俺は死ねずにいた。その都度何かを犠牲にして、不死鳥のごとく蘇っている。まあ、すぐに寒さで凍えることになるんだけど。

 それでもやっと、ここまで来た。


 塔の壁に手をつこうとして、一切の力が入らなかったため前のめりに倒れ込んだ。そのまま壁に強か顔を打ち付けて、再び雪面に転がった。

 でもここまで来ることが出来れば、もう体勢なんてどうでも良かった。背中に背負ったリュックサックを必死にたぐり寄せて、中から四角い板をとりだした。


「本当にこれで、破壊できるのか……?」

 横になったまま、手元の板を眺めた。


 魔素消滅爆弾。


 これは過去の遺産。負の遺産でもあるのか。

 気が付いたら荷物の中にあったと言うべきか。

 結局この兵器は、本当は誰から託されたのか、真実が分からずじまいだった。

 ただこれで、この星の全てをリセットすることができる。


 あとは、どこかの誰かさんが何とかしてくれるはずだ……。


 指先が動かないから、手の平で板を挟んで持ち上げて、何とか壁にくっつけた。途端に、何かに反応したのか板が吸い付くように壁に張り付いた。

 表面に文字が浮かぶ。

 全く読めない。文字自体は見たことがあるけれど。

 確か、魔術文字だったと思う。


 唯一読めた数字が、五十九からカウントダウンを始めた。

 別に魔術文字が読めなくても、あと一分以内に爆発するのか。なら、何も心配する必要が無いな。


 力が一気に抜けた。

 そのままゆっくりと雪原に仰向けになった。

 もう、何も残っていない。アンジェリーナも失った。


 手紙では再会の約束をしていたけれど、既に一万年が経過している。到底今の状況から、アンジェリーナと再会できるなんて思っていない。

 それ以前にあの日、俺の目の前でアンジェリーナは命を落とした。

 再会なんて、望めるわけがないのに。


 願わくば、来世では一緒に過ごしたい。

 魔石を胸に埋め込まれた改造人間じゃなくて、ごくごく普通の人間として。

 この石のせいで、俺の人生は滅茶苦茶だった。


 ほんとに俺は、誰に対して復讐すれば良かったんだろう……。


 いつの間にか、吹雪が止んでた。

 視界いっぱいに青空が広がっている。

 目頭が熱くなったのと同時に、凍結したのか瞬きができなくなった。


 そうか、もう終わりなのか。


 それでも自分はきっと、まだ世界を無くしたくなかったんだ……。

 意識がゆっくりと遠くなっていく。


 視界が、世界が真っ白に染まった。





 目を開けたときに、液体の中に浮かんでいることだけは分かった。

 自分に意思があって、意識がはっきりしたのかいつだったのか分からない。


 目だけを動かして周りを見てみる。

 ガラスの筒がたくさん並んでいた。その中には一人ずつ、まだ産まれる前の小さな、本当に小さな赤子がうっすらと赤い液体の中に浮かんでいた。

 自分もそうか、まだ産まれる前の赤子なんだ。


 でも、なんでこんな所にいるんだろう。

 分からない。

 さらに視線を動かしていく。


 白衣を着た男と女が、部屋の中に入ってきた。

 女が引いてきた台車には、透明で綺麗な石がたくさん載っていた。二人は大きな機械の前まで進むと、何か作業を始めた。


 やがて台車に乗せてきた綺麗な石を、一つずつガラスの上から投入していく。

 自分の目の前まで来た女が、自分が目を開けて見つめていることに気がつていて、びっくりして固まった。それでも相方の男に急かされて、同じように綺麗な石をガラスの上から投入した。


 チャプンと言う音とともに、綺麗な石が自分の前まで沈んできた。

 綺麗な石は、自分の胸の少し前まで下りてくると、そのまま止まった。


 緑色の、綺麗な石だった。

 前を過ぎ去っていく台車を見ると、石にも色々な色があることが分かる。

 自分の所に来た緑色以外にも、赤、青、黄色。白く濁っている石や、同じように黒く濁っている石もある。

 大きさも女の指先くらいの物から、握った拳ほどもある大きな物もある。

 目の前にある緑色の石は、その中でも特大の物なのかも知れない。


 男と女が再び大きな機械の前に戻った。

 遠目に見て、台車の上は空になっていた。女が、こっちに振り返った。目が合った途端に、慌てて視線を外したのが分かった。


 作業が始まった。

 男がボタンを押すと、一番遠くにあったカラスの筒が真っ赤に染まった。ゆっくりと赤い色が薄まっていく途中で、男が首を横に振った。女も明らかに肩を落としていた。

 やがて見えるようになったガラスの筒の中には、何も無かった。

 最初からいた赤子も、後から入れた綺麗な石も。

 薄らと赤い液体だけがガラスの筒の中に満たされているだけだった。



 半分ほど同じことが繰り返されたときに、何やら男と女が慌てだした。

 やがて部屋の中に、黒い服を着た男達が大量に流れ込んできた。最後に黒服達が道を空けて、その間を煌びやかな服を着た女がゆっくりと歩いてきた。

 頭に豪華なティアラが乗っている。


 女はふと、こっちに目を向けた。

 当然ながら、ずっと様子を見ていた自分と目が合う。そのまま、視線を外さないまま、煌びやかな女が何かを喋り始めた。

 そしてゆっくりと近づいてきて、目の前で屈んで顔を覗き込んできた。


『耐えるのよ、簡単に死ぬんじゃないわよ』

 そう、言った気がした。

 本当にそんな気がしただけで、言葉なんて知らない。

 理解できる言葉じゃなかった。


 ブーン、と言う機械音とともに何かが動き始めた。


 その直後、強烈な異物感が胸元に広がった。

 慌てて視線を向けると、緑色の石がゆっくりと自分の体に沈んでいく所だった。

 思わず目を見開く。

 視線を前に戻すと、煌びやかな女が嗤っていた。

 大きく開かれた目は、ずっと自分を見ていた。


 狂気。


 女からこれだけは、はっきりと感じることができた。

 あの女は、危険だ。絶対に関わっちゃ駄目なタイプの人間だ。

 本能から激しい戦慄を覚えた。


 緑色の石は、なおも体に深くめり込んでいく。

 思わず目を瞑った。強烈な吐き気が襲ってくる。

 全身が引き裂かれるような、強烈な激痛で意識を持って行かれそうになる。


 死にたくない。

 そんな思いだけで、体に入ってくる石に意識を伸ばす。

 すると、すっと何かが繋がった気がした。


 激痛が嘘のように引いていく。

 胸の違和感も一切感じなくなった。


 ゆっくりと目を開ける。未だに嗤っている煌びやかな女から視線を外し、胸元に視線を動かした。

 石が、体に半分埋まったところで止まっていた。

 自分は、まだ何とか生きている。


 煌びやかな女は、何かに満足したのか、立ち上がって白衣の男女の所に向かった。

 そして、何かを話した後で黒服の男達を伴って部屋を出て行った。


 睡魔が襲ってくる。

 瞼が重くなって、視界がぼやけてきた。


 最後に見えたのは慌てて駆け寄ってくる、白衣の女の姿だけだった。


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