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勇者に悪事を阻まれる我

 いらついた様子で、沙羅が我を滑り台から引きずり降ろし、公園の隅にある公衆トイレの壁際に追いやってくる。余りの迫力にたじろいでしまう。


「あんた……、この世界でも自分のこと、最強だと思ってるんじゃない?」

「そそ、それはそうだろう……? 我は魔王!! 最強にして最凶の魔王だ」

 

 見下ろされ、覆いかぶさるような沙羅の影が、我に落ちる。

 その迫力に冷や汗をかきながら、顔を見上げるしかなかった。


 こんなことが、前にもあった気がする。

 我の玉座の上に勇者が乗って、見下ろしてきた時……。

 あの時の勇者は、今と違ってもっとかなしそうで、我の言葉など届かぬような、鋭い《《一振りの剣》》のようであったが、この世界では違っていた……のに。

 我が、呼び覚ましてしまったのか?


「――向こうの世界でも僕に負けたくせに。現実を見ろよ。僕らはなぜかは知らないが別世界にある日本という平和な国に、新しい命として生まれた。魔族はおらず、少なくともこの国の人たちは幸せに暮らしてる。僕がなんの戦闘訓練も受けず、普通の女の子として生きていける場所なんだ」

 

 我の胸元をギリギリとひねりあげる。

 ぐ、ぐぅぅ、く゛る゛し゛い゛。


「それをまた、向こうの世界みたいに自分の欲望の為だけに戦禍せんかに巻き込もうって言うなら、僕が今度こそお前を殺す」

「……わ、我は今度は、お前に……殺されなど、しない」


 ニヤリとニヒルに笑ってみせると、沙羅は呆れたような困ったような曖昧な顔をして我から腕を離した。 


「神はなぜ、お前をこの世界に転生させたんだ? もう十年もこの世界で生きてきて、なぜお前は平和の営みや愛を理解できないんだ?」

「我は魔王!! 人などと一緒にしてもらっては困る。ここがどんな世界であろうとも、魔族が支配する世界を作り出すことこそわが使命!!」


 それが、記憶を残したままこの世界に転生した我の運命さだめ


「お前は今は人間だ!! そしてこの世界に魔族はいない!! 何度同じことを言わせれば気が済む!! ついさっき言われたことも覚えていられないバカか!? 鳥以下だな。鳥と比べるのも失礼だ。おいミミズバカ、受け入れろ! もうお前は魔王どころか魔族ですらないんだぞ!?」

「ぐぬぬぬぬぬ、我は我が魔族でなくなっても、魔族の為に世界を征服するのだ!」 


 それだけは、絶対に譲れない……!! 

 あと、誰がミミズだ!! 鳥どころか鳥に捕食されているではないか!!


「この世界では大して強くもないお前が、世界征服? そのバカな行動に、否応いやおうなしに巻き込まれる太一おじさんや美幸おばさんのことを、考えられないのか?」

「こ、この世界の両親のことを引っ張り出してくるのは卑怯だぞ……!」

 

 我は歯ぎしりしながら沙羅をにらんだ。

 

 あの二人は我の傍で仕えさせるのだから、どんな災禍さいかからも我が守ってみせる。


 我の顔を見て、魂さえ目減りしそうな盛大な溜息を吐いて、沙羅が言う。


「卑怯……、お前城に火を着けられた時にも言ったなそれ。お前にとって自分の意にそぐわないことは全て卑怯か。卑怯な手を散々使って、散々人を殺してきた魔王が。使うのではなく、守りたい者がいると今は分かっているのに、それを深く考えようともしないで……。死ぬ直前に、お前は自分が何を言ったのかさえ……忘れたのか」

 

 沙羅は、我から離れて力なくフラフラと歩いて行く。今にも倒れそうな足取りに、追いついて支えようとすると、手を思い切りはたかれた。

 パシッ――と高く鋭い音が響く。


「お、おい……勇者……、大丈夫か?」

「二度と勇者と呼ぶな。あと自分のことを我とかいうのやめろ。()()()()ぞ」

「……」 


 それ以上言葉を交わすのも嫌だという風に、ふいと顔を逸らして沙羅は去っていった。我はズキズキと熱を持った手をさすりながら、一人その場に残された。



 それから数年間、我が暴力やカツアゲといった行為をしようとした時だけ、悪事アンテナでも付いているのではないかと思うスピードで勇者が駆けつけてきては、全て阻止された。


 ――淡々と、我の悪事を阻むのが使命であるという風に。

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