年を重ねる我
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
何の因果かご近所さんに生まれてしまった我と勇者。
いや、何の因果かは分かっている…。我らはほぼ同時に死んだのだ。因果があるとすればそれ以外あるまい。
――首を洗って待っていろ、神よぉ!!
一歳の時の誕生日の写真は、顔に生クリームを塗られて泣いている我と、塗って満足げな勇者。
二歳の時の誕生日の写真は、逃げ回っている我と、プラスチックのフォークを持って嬉々《きき》として追いかけている勇者。
三歳の時の誕生日の写真は……お尻――いや、もうよそう。
いくら我とて、このように無様な姿ばかりを誕生日の記念写真に収められては、泣くぞ。
我の家族も勇者の家族も、微笑ましい光景のつもりで残したみたいだが。
――そしてあれはそう、10歳の夏の少し前……六月頃。梅雨の切れ間の日曜日。
我が配下である中津川瞬から献上されたおやつを、公園で食べていた時のことだったか。
10号公園は良い公園だ。
こんもりと富士山のような形になっている滑り台の上から全てを見下ろせる。シーソーもブランコも鉄棒も全て!!
できればここに玉座が欲しいものだが……。
ふっ、流石に我とてそこまでバカではない。こんな場所に玉座を置いてしまったら玉座ごと滑り落ちる事請け合い。
滑り台の上で見下ろす我、そして隣にはわが配下の瞬。
瞬よ、我の配下となれたことを光栄に思うがいい!! まあ、側近は太一と美幸だがな!! お前はNo.3だ。
「フハハハ! フハハハハ!」
むしゃむしゃ。
うむ、わが領土を見下ろしながら食べるチョコバーは今日もうまい。
「真央ー!! あんたまた、瞬君からお菓子奪ったの!?」
濃紺のプリーツスカートを翻し、二つに結った黒い髪を揺らしながら、勇者は我らの元へと駆け寄った。滑り台を猛烈な勢いで逆走して。
「ち、違う、奪ったのではない。これは瞬が我に献上したもので……」
「嘘ばっかり!! 瞬君、こんなやつの言うこときかなくていいんだよ!」
そう言って、我の腕からチョコレート菓子を奪う勇者。
「勇者よ……、だからそれは……」
「誰が勇者よ! 私は沙羅!! はい、瞬君。もしまた真央になにか取られたら、私に言って」
まだ食べていなかったチョコレート菓子を瞬に握らせる。
勇者……沙羅は10歳にしては、体も我より大きく口が達者で……。喧嘩でも口喧嘩でも沙羅に勝てたことは一度もなかった。
我と沙羅を運命の相手であると決めつけている両親は、沙羅にボコボコにされる我を見ても、微笑ましい何かと脳内変換しているらしかった。
「瞬よ、沙羅に言ってやってくれ。これは自発的に我に献上したものなのだと……」
「沙羅ちゃん、いつも助けてくれて、ありがとう」
「!?」
――なっ、なんだとおおお!!? 裏切ったな瞬!!!!
なぜ我の配下は我を悉く裏切るのだ!!
くそ、くそくそくそおおおおお!!
瞬は目を剥いて驚く我と沙羅を置いて、駆けて行った。
「ふん、お前とは二度と遊んでやらんぞ! 裏切り者がぁ!!」
聞こえているのかいないのか、瞬は振り返ることもなかったのがまた腹立たしい。
我は沙羅の方へと向き直る。
「……さ、沙羅よ、確かに瞬はイケメンだものなあ……」
我の次にな。
「はあ?」
「瞬にいいところを見せたくて仕方ないのだろう? その為にはいつも瞬がそばにいる我を利用するのが一番手っ取り早いものなあ!! いいんだぞぉ? 我をもっと利用しろぉ!! 我とお前の仲だものなぁ!?」
もう二度と瞬は返ってこないかもしれないがなあ!!
「ばっっっかじゃないの!?」
「ハーッハッハッ! ハーッハぶりゃ!!」
盛大なビンタを食らい、勝ち誇り笑っていた我は無様な声を出してしまった。
全く、沙羅は図星を突かれたら暴力に訴えればいいと思っているのだから、性質が悪い。
「なんでそんな言い方するの!? 瞬君と仲良くなるのにあんたを利用する必要なんてこれっぽっちもないわよ!!」
これっぽっち、と言った時に見せた指は、親指と人差し指がくっ付いているように見えたが……。
え、つまりそれって、我には利用する価値もないということにならないか?
「ほんとにあんた、昔からなんにも変わらない! 私はただ――」
「昔ぃ? 昔ねえ……? おい、勇者よ。なぜ勇者であったことを忘れたような振る舞いをするのだ。我はこの世界を征服するのに、お前が我の配下になれば心強いと思っている。お前のことを高く買っているのだ。向こうの世界で対立していた我らが手を組む! 素晴らしいとは思わないか?」
仲良くなるのではない、手を組むのだ。
フフフ、世界征服を終えた後に……勇者の命があるかは保証せぬがな!!
魔法は依然として使えないが、なぁにそれは些細な問題。
この世界では他の者も使えないのだから問題はなかろう。
魔法については残念だが、この世界には魔法に勝るとも劣らぬ兵器が山ほどある。それらを使い世界を牛耳るのだ。
数種類の武器を使い分けていた勇者の力があれば、容易い。
「あんた、本当にバカなのね。私が配下になることは絶対にありえないし、あんたがこの世界を征服することも絶対無理な話。あんた、城で知性を置いてきたんじゃないの? ……あ、元々バカだったか」