転生した我
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「真央くん、いっぱい飲むわねえ」
「この子は大きくなるぞ~」
「うふふ、口元が太一くんにそっくり!」
「鼻なんかは美幸に似てるよ!」
「目元は、私のおじいちゃんに似てるかしら……?」
うむ、もっと我に食事を与えるがよい。
この乳は中々に美味だ。我に体を差し出すとは、良い心がけよ。
我は落下の衝撃のせいか、体の自由が利かぬ。我が動けるようになるまで、我の世話をするがよい。
眼もぼんやりとしか見えぬから、目の前にいるのがどのような種族であるのか分からないのが残念だ。それに耳もあまり聞こえんし……。
だがティエムサラガ城にいたのだから、きっと貴様らは魔族なのであろう。
傷ついた我の世話をするということは、裏切った者ではないということだ。強い弱いよりも裏切らない者を傍仕えとして置く方が、いくらか良いだろうと知った。
我の回復の暁には、貴様たちに我の側近の地位を与えよう。フハハハハ!!
「あら、この子おっぱい飲みながら笑ってるわ~」
「いっぱい飲んで大きくなれよ~」
ふう、腹が一杯になった。
いつになったら……我は動けるように……なるのか。
動けるように……なったら……ゆう…しゃ………。
「ふふ……おやすみなさい」
我の腹に、ぽんぽんと暖かいものが何度も触れるのが、気持ち良かった。
「みて、太一君! 寝返りを打ったわ!」
「おおおおお!! 寝返り打つの早くないか? もしかしてこの子は……天才?」
「天才ってもう…! 太一君ったら、子煩悩すぎるわよ。大体六か月くらいでしっかり寝返りするらしいから、ちょっと早いくらいで普通よ普通」
もう何日も何日も寝て起きているというのに、まだこの程度か……。中々回復せぬものだ。
なにせ落下でギリギリ死ななかった程度の重傷だったのだろうし、回復にも相応の時間がかかるということか。
そして、まさか……我を助けたのが人間だったとは……。
やっとぼんやりと目が見えるようになって驚愕した。
城に人間がいたとは、門番はどうして……あっ、勇者が倒したからか。
勇者と同族である人間はすべて滅ぼしてやるつもりだったが……、お前達だけは生き残らせてやろう。
むっ、戻れん。おい、戻せ! 戻せ!!
「ふぇ! ふえぇ! ふえええええええ!!」
「あららら、泣かない泣かない! まだ自分で戻るのは無理みたいねえ」
ぐぬぬぬぬ。
人間などの手を借りねば体を仰向けにすることもままならぬとは。
言葉を喋れもしない……。泣くしか感情を表せないとは全く不便だ。
悔しいが、委ねるしかない。
それにこんな赤子のような声しか出ないとは……、魔王の名が泣くわ。
まだ視力がしっかり戻ってきていないようで、遠くのものがぼんやりとしか見えないのがまた面倒だ。
そしてまた数日、数週間……いやもっと長い時間が経過した。
我は少しずつ……周りが見えるようになっていたし、耳も聞こえるようになっていた。
「初めての公園デビュー! お友達はいるかな~? あらぁ? あれって……」
「あっ! 甲斐田さん!」
「やっぱり由地さん! いつ戻ってきたの?」
「つい最近よぉ。実家ってやっぱり居心地がよくて、つい長居しちゃって」
――この時には、もう聡明な我は気付いていた。
『なぜか我は赤子になり、我が魔王であった世界とは違う世界にいるのだ』と。
体力が戻るとか戻らないとかではなかった。
我は……屈辱にも、人間から生まれ人間として生を受けているのだ。
頭を触っても角の片鱗すら見当たらない。我の頭についていたあの立派な角は……もう生えては来ないのだと……。
我の落胆は相当で、普段はしない夜泣きを三日もしてしまうほどの壮絶なものだった。
そしてどうやらこの世界は大分文明が進んでいるが、魔法がない。
同じ人間である勇者は魔法を使っていたし、この世界の者たちは魔法という概念そのものを知らないのかもしれない。
魔法が使えるかは血統によるところが大きい。この世界での父親と母親も、どうやら他の者と同様魔法が使えないようだし、自らの体に魔力も感じられない。
――魔を司る王たるこの我に!! 魔力がない!!
ああああああ舌を噛み切りたい!! でも歯が下の前歯二本しかない上に顎の力が弱い!! 我の立派な犬歯を返してくれ!!
歯茎と下前歯でなんとか噛みきれないものかと口をぐにぐにと動かしていたら、「真央くん、歯が生えて来そうでかゆいのかな?」って、違うわあ!!
いや、だが……考えようによっては、これはチャンスともいえるだろう。
我は見た目は人間、頭脳は魔王。
……テレビとやらを見ている時にそういうフレーズに近いものを聞いた。
ふっ、我の他にもこのような恥辱を受けている者がいるとは心強い。
同じ様な境遇の者を集め、この世界を牛耳るのも、悪くはないか。
不意に、ベビーカーから抱き上げられた。ゆうちとかいうもう一人の女も、どうやら同じようにベビーカーに子どもを乗せてきているらしく、子どもを降ろそうとしている。
「はい、真央くん~、ご御挨拶しましょうね」
「沙羅ちゃんもご挨拶しようね~」
「「はい、こんにちは」」