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勇者の友人の暴走を止められぬ我

「ふ、ふん! 我は沙羅と別れんぞ!! 我がお前如きに殺されるか!!」

「バカ!!」


 余計な事を言うなとばかりに振り返って罵倒を飛ばす沙羅。 


 その瞬間、ギラリと光る凜乃の瞳。

 ジリジリと怒気と殺気を発しながら迫ってくる。


「私が、本気じゃないと思ってるの?」

「本気も何も、殺すと言うのは存外手間のかかるものなのだぞ? 高校生になりたての小娘が、そうやすやすと殺せるものではない。人間は割と頑丈だからな。例えば、頸動脈を切るのは非力な者でも簡単にできるし手っ取り早いが、お前はどうやら凶器は持っていない。素手で我を殺そうと思うと、お前なら地面――」

「ピントがずれてるよ、マオ君!!」 

 

 えっ、ピントがずれてる?


「ふざけてるのぉお?」

 

 ジリジリと近付いてくる凜乃。

 この場にこの女を止められる者はいない――と思われた。


「すっごい音がしたから駆けつけたら、なあにこれ~? 修羅場? ねえ修羅場なの?」

 

 ドアが抜けた向こう側、廊下からそう声を掛けてきたのは、我らの担任だった。


「更科先生!!」

  

 この教師、心なしかキラキラわくわくとした目で、こちらを見ているのはなんでだ? 

 そんなにこの状況が面白いか?

 ……いや、面白いかもしれない。


「チッ、邪魔が入ったわね。今日は勘弁しといてやるわ。でも忘れないでよね。私はあなたたちの関係を認めてないから」

 

 舌打ちして、ベタな悪役みたいな捨て台詞ゼリフを吐きながら凜乃は去っていった。

 それを見送りながら廊下とこちらをきょろきょろ見て、

「もう、終わり~?」

 と、残念そうに指をくわえる更科。

 

 騒動を煽るようなことを教師が言っていいのか?

 結果的には、凜乃は去ってくれたから良かったものの。

 

「良かった……。部室がメチャクチャになるかと思った」

 

 ほっとした様子で、叶が持っていたお茶を長机に置いて、窓際PC前の定位置に座る。


「先生、すみません。ありがとうございました」


 沙羅は、至極申し訳なさそうな声で深々とお辞儀をした。


 どう見ても凜乃が暴走しているようにしか見えなかったし、我自身は沙羅が謝る必要はどこにもないと思ったが、そういうことでもないのだろう、多分。


「いいのよ~。別になんにもしてないし」


 確かに。


 思いっきり外れてしまっている引き戸を掛け直して、さあ今度こそ今朝の話をしようと椅子に座ろうとすると、更科がテンション高めに話しかけてくる。

 というか、我の座っていた椅子に勝手に座られた。

 仕方ないので奥に置いてある椅子を引っ張り出して座る。


 おい、部外者は帰れよ。我は我の命に係わる話をしないといけないというのに。

 

「さっきの修羅場はなにがどうなってああなったの? 先生ね、こういう青春!! って感じの話大好物なの! 教えて教えて!」

「えっ、それはちょっと……」


 殺されそうになるほどの修羅場は青春か……?

 青春というよりはサスペンスだと思うが。


「ええ~? 誰にも言わないから!!」

「個人的なことで、先生に関係ないので言えません」

「ちぇ~。いいじゃない、けちんぼ!」

 

 頬っぺたを膨らませながらぷりぷりと怒る。


 けちんぼって……。教師が生徒に言う言葉か。


 だが、教えてもらえないものは仕方ないとばかりに、ケロッとした表情で続けた次の言葉に、この場にいた全員が驚愕する。


「あ、そうだ~。ちょうどいいから今言っとくね☆ 今年から国語文芸部の顧問は私、更科みちるが受け持ちます!」

 

 机の上にでかくて重そうな乳を()()()と乗せて、しゅばっと元気に手を挙げる更科。

 

「えっ!? 原田先生は?」

  

 この叶の口ぶりからすると、昨年度の国語文芸部の顧問は原田という名前の教師だったようだ。

 

「原田先生は、登山に目覚めて登山部の顧問がやりたいんだって☆」

「ええ……? と、登山? 原田先生ってもう60近かったですよね? それにあの人超インドア派で、去年そんな話一つも聞かなかったんですけど……」 

「そうなの? でもほら人っていつ何に目覚めるか分からないじゃない?」

「本当ですか?」

 

 じっと目を見てそう言う叶に、怪しげに目をあちらこちらに逸らして焦った表情をする更科。


 ……この教師、嘘を吐くのが下手そうだな。


 壁に掛かった時計の針がチッチッと音を刻む。10秒……30秒……1分……。

 叶は少し眼鏡をずらして、下から更科を見上げるように見続けている。

 小刻みにぶるぶるがたがたと震えだす更科。

 

 そしてとうとう観念したかのように口を開いた。


「……国語文芸部って楽そうだったから……、原田先生に代わってもらったの」

「おい」

 

 思わずツッコむ。 


「だってぇ! 今年赴任してきたばっかりの私に、登山部の顧問が転任して現在いないのでお願いしますって!! 登山部の顧問なんて私には無理よ! だって山とか一緒に登らないといけないんでしょう?」


 ぎゃんぎゃん叫ぶ更科。

 凜乃もそうだったが、なんだってこう五月蠅い女が多いのだ。

 沙羅のように、もうちょっと落ち着いてほしいものだ。


「あっ、でも弁明しておくけど、原田先生はこころよく代わってくれたのよ? 『ちょうど僕も体を動かしたいな~って思ってたんですよ。あ、そうだ。国語文芸部の引き継ぎは時間内では終わらないと思うので、今度一緒にサシで飲みでもどうですか?』って言ってたもの。国語文芸部って楽だと思ってたけど、時間外に教えてもらわなくちゃいけないほどの引き継ぎ事項があるのねえ」

「「「…………」」」


 鼻息を荒げて、自分の無実(?)を証明したいのであろう更科だが……。

 どうにも意識は、その言葉を発した原田とかいう教師の方へ向かってしまう。恐らく沙羅と叶もそうだろう。

 その誘い方は……教師の下心が見えるような気がして仕方ないのだ。

 この更科の美貌びぼうから、そうとしか思えないのが不運といえば不運なのかもしれない。実際は、本当に下心なく純粋に、誠心誠意国語文芸部の引き継ぎをしたいだけかもしれないのだが……。 


「更科先生、国語文芸部の顧問は先生の考えている通り楽で、名前だけお借りしている状態です。引継ぎするようなことは特にないですのでその飲みには行かなくていいですよ……?」

「え? そうなの?」

 

 きょとんとした顔で、首を傾げる更科。

 

 昨年度顧問の見たくなかったであろう一面を見せられて、何とも言えない不快な表情を隠せていない叶。


 おい、顔も知らない原田よ。

 この場にいないお前には届かないかもしれないが、生徒に下心がバレて、お前の株がストップ安だぞ。恐らく明日以降も下げ止まらないだろう。

 叶の顔を見れば分かるが、彼女の中の国語文芸部顧問の原田像はガラガラと音を立てて崩れて、恐らくその像は再建不可能だ。


 恨むなら、自分を、そしてぺらぺらと喋ってしまった更科を恨むがいい。

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