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爽やかな朝を迎える我


 布団の中に潜り込んでいたシュヴァリエッタが、急に差し込んだ冷気に不機嫌そうな眼でこちらを見上げてくるが、いつものことだ。すぐに布団を戻してやる。


 今日の我はすこぶる機嫌がいい。

 なにせ、前日なんやかんやでこれがああなってあれやこれやで、わっしょいわっしょいとばかりに波に乗り、沙羅と付き合うことにまでなったのだからなあ。

 まあ、恋人(仮)(カッコカリ)といったところであろうが……。それは気にしないことにしよう。


「ンフッ、フフフ!! フハハハハハハ!!」 


 込み上げる笑いを、抑えきれん。

 世界は、我の望むままに回っている。

 そう思わざるを得ない。


 鈍色にびいろのカーテンを開き空を見れば、我を祝福するかのように重い雲がぎちぎちと詰め合いながら波のように広がっている。


 そういえば、今日は雨の予報だったか。

 魔王であった時に浮かんでいた元の世界の太陽、我らは光円こうえんと呼んでいたが、あれは忌々しいだけの存在であった。

 魔族は、当然のように光に弱いのだ。

 人間になってしまった今は、あの頃ほどではないが、それでも太陽はあまり好きではない。


 この朝のなんと清々しいことか――!!


「フフハハハハ!! ハ~ッハッハッハッハ!!」

 

 その時、背後からノックの音が聞こえた。


「!!」 

「真央~、高笑いしてないで、ご飯食べて用意しなさい。ご近所に迷惑でしょ」 

「……分かった」 


 階段を降りて、テーブルに並べられた食事に手を付ける。

 トーストにマーガリンを薄く塗り、ケチャップ(トマトは嫌いだがケチャップはイケる)をつけたスクランブルエッグを乗せかぶりつく。合間にサラダやコーンポタージュスープ。

 それらをテレビを見ながら腹に詰め込んでいく。


「父さんは?」


 壁に掛かった時計をちらりを見上げると、時間は七時五分。まだ太一の起きる時間には少し早いが、美幸が太一の分の朝ご飯を用意していないので気になって尋ねる。


「もう出て行ったわよ。朝一でまとめておきたい資料があるからって。あと、ちょっと仕事が立て込むらしいわ」

「そうか」 

「それにしても真央、最近高笑いしてなかったのに、急にどうしたの? 何かいいことでもあった?」

「!! あっ、ああ、その……」

「昔はよくさっきみたいに笑ってたのに、最近そんな笑い方してなかったものね。でも昨日もにやにやしてたし、スマホが欲しいとか言い出すし……。何かあったのは分かってるんだから、お母さんに教えてよ? 事と次第によっては今日にでもスマホを買ってあげるわよ?」


 沙羅と付き合うことになったのだ、と言おうとした瞬間にチャイムが鳴った。

 誰だ、こんな朝早くに……。

 美幸が、インターホンのカメラに映った人物を見てびっくりしている。


 ――……? 一体誰が来たというのだ? 


『おはようございます。沙羅です』

「さっ、沙羅ちゃん!?」

「!?」

「えっ、どうしたの? どうしてうちに? まっ、まさかと思うけど、本っ当にまさかと思うんだけど……、真央を迎えに来たとか……?」

『はい、そのまさかです。一緒に学校に行こうと思って』

「!!」


 我はダイニングから光のごときスピードで出て急いで顔を洗い歯を磨き、階段を駆け上がって部屋に戻る。室内着のジャージとTシャツを素早く脱ぎ捨てて着換える。

 ちゃんと指が動かず、ボタンが上手く止まらない。

 

 あ、焦りすぎか、焦りすぎなのか。

 くそっ、浮き足立つんじゃない、静まるのだ我が心臓!! 

 頭に血が上って息苦しくなる。耳の奥がキーンと音を立てる。

 我の体が空の上にあるか、海の中にあるかのように。


 バッコンバッコンうるさいぞチクショウ!!

 我の支配下にありながら、言うことが聞けぬというのか、我の身躯しんくよ!!


 抑えようとしても、全く収まる気配のないこの胸の高鳴りに、戸惑う。

 顔が緩む。

 スキップしてしまいそうになる。


 ――くそっ、自覚した途端にこれか……。厄介すぎる代物だ。


 どたどたと五月蠅うるさかったからなのか、シュヴァリエッタは布団から顔だけ出して怪訝けげんそうな顔でこちらを見上げていた。

 やっと着替え終えて、我はシュバリエッタの頭を柔らかく撫でてやる。

 

「学校に行ってくるぞ、シュヴァリエッタ。第二ティエムサラガ城(この家)と、美幸のことはお前に任せた」

「にゃおん」

 

 我の言っていることが通じているのかいないのか、目を細めながらシュヴァリエッタはそう鳴いて、また布団の中へ気怠そうに戻って行った。


 うん、通じてないなこれは。 

 

 呼吸を整えて、ゆっくりと階段を降りる。階段を降りた目の前にあるドアの向こうには、沙羅が待っている。

 できるだけ心臓の音を抑えるようコントロールしながら、我はドアを開けた。 


「待たせたな、沙羅よ」

「勝手に迎えに来たのはこっちだから」

「そうか……」

 

 いつの間にか、後ろに美幸がいた。

 

「いってらっしゃい、気を付けて二人とも」

「いって、きます」

「はい、いってきます」

 

 美幸がにやにやしながら、いやにやにやは違うか? にこにこ? ふにゃふにゃ? とにかく柔らかい顔で嬉しそうに我らを見送った。


 言葉もなく、我と並んで歩く沙羅。しきりにスマホを気にしている。


 沙羅に聞きたいことがある。

 なんで昨日あんなに嫌そうだったのに、いきなり一緒に登校しようと迎えに来たのかとか。

 昨日より、更に嫌そうな顔はなんでなのかとか。

 沙羅本人は、隠しているつもりなのだろう。いつもと、同じ顔でいるつもりなのだろう。

 しかし、我には分かってしまう。

 唇の端がいつもより少し下がっているし、眉根もしわの跡があるし、何より足音がいつもより荒く重い。

 

 どのタイミングで切り出そうか、それともこれは切り出していいことなのか迷っていると、沙羅はいきなり傘をさした。


「真央、あんたももう傘さした方がいいかもね」

「? あ、ああ。そうだな、そうするとしよう」


 まだ、降っていないのに? と正直思ったのだが、沙羅一人だけさしているのもおかしいしな。


 言うが早いか、ぽつりぽつりと降り出した雨は、あっという間に本降りになる。沙羅には正確に降り出す時間が分かったというのか?

 そういえば、勇者には天候を読む力があるという話を聞いたことがあるようなないような。でも、この世界では魔力アグマは使えないだろうし……、第六感というやつでも働いたのだろうか。

 

 その雨が降り出すとスマホを鞄に戻し、更に暗いどんよりとした顔になり、今まで聞いたことのないような長い溜息を吐く沙羅。


「はあぁぁ~……、当たっちゃったか……」

「ずっと、浮かない顔をしているが……、一体どうしたというのだ沙羅よ」 

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