六華
連れていかれた男の家は街の中心街から少し離れた場所にあった。
閑静な住宅街にある一軒家。
私は肩透かしをくらったような気分だった。
あの状況でまだ比較的若い女性が連れて行かれるのは、女性達が春をひさぐ場所だろうと勝手に決めつけて思っていていたのに。
堕ちる所まで堕ちてそのま死んでいくのもいいと、あの時覚悟を決めていたのに。
男は浮浪者のような見た目よりずっとまともな人だったのかもしれない。
…まだ解らないけれど。
「ここだ。」
キイッとドアが軋み開かれたその家はさほど汚れてはいなかった。
「こんなこと私が言うのもなんだけれど…こんな怪しい女じゃなくてもう少しまともな人を家政婦として雇うべきだわ。」
鍵の開け締めはこう、この都だなには靴をと説明している男に思わずそう言ってしまうと
「俺は直感を信じるタイプなんだ。」
そう明るく朗らかに男は笑った。
髭だらけの顔がなぜか少し可愛く見えるのが不思議だ。
「料理は?」
「私はこの国の生まれじゃないから口に合うかわからないけれど…」
「いいさ、作れるならメシは自分の分は好きにしろ、俺は仕事がある。家に居ないことも多い。時々頼んだ時にはつくってくれればいいからな。倉庫のものを勝手に使ってくれ。部屋は…そこの客間でいいか。ちいさな家だから使用人部屋は無いんだ。」
一息に説明し、男は俺はこれからすることがあるからよろしく頼むぞ。
といって足早に家を出ていってしまった。
なんという警戒心の無さ…
それに、この大きさの家を小さいと言い切るあたり男の育ちの良さがかいまみえる。すくなくとも私のいた場所で考えるとこの家は大きい。
とりあえず留守番らしく鍵をしめてみた。窓をあけてはたきをかけ、埃の積もった床をほうきで掃いてから通りの見える窓辺に置かれた椅子に座った。
右も左もわからない田舎娘が外にでれば、すぐにこうなると解っていたからずっとあの場所に居たというのに。
ため息をつくが気分はさほど沈んでいなかった。
久しぶりのまともな食事、久しぶりに人と話した高揚感と心地よい疲れ。
時折、庭越しにみえる目の前の道を行き交う人々。
誰も居ない木々しか見えないあの場所で長く居た私。
閉じ籠められていたのか、それとも、閉じ籠っていたのか。
あんなに簡単に出られたのならばみずらか閉じ籠っていたのかもしれない。
結局、あの場所を出てもすぐにこんなことになってしまったけれど。
今頃、男は奴隷商にいっているかもしれない。
もし、そうなら、さほど遅くならずに帰ってくるだろう。
そうして人としての尊厳を奪われ、地を這うように死んでいるように生きるだけ。
呼吸がとまるその時まで。
痛いのかな?
苦しいのかな?
でもきっと私が見捨てた人達よりも痛くもないし苦しくもない。
だって彼らは死んでしまったから。
死ぬほどの苦しみではなく、死にゆく苦しみ。
それを助けられる手が目の前にあったのに。
窓から見える庭には、白い花が咲いていた。