五華
真夜中に寵妾の部屋から戻った王を側使は暖かな飲み物を用意して迎えた。
飲み物にはわずかな酒を入れて。
王は無言でそれを飲み、暗い窓の外をぼんやりと見つめた。
重いため息をつき王は空になった杯を起き寝室へと去っていった。
王妃となるものには何が求められるのか。
容姿、教養、家柄…ほかにも上げたら切りがないほどに求められる素質は多岐にわたる。
けれど、それらを満たさずに、聖女は王妃の座を手にいれた。
聖女を王妃の座に据えたのは
民衆からの支持。
英雄と聖女のロマンスを民は期待した。
事実はどうであれ、民は冒険小説のような結末を求めた。
当事者の意志はそこにはなく、それは、恋愛の体をとった政略結婚だった。
おとぎ話のような夢物語のような結末という美しい箱に閉じ込められた二人。
傀儡となっていた兄王から王位を簒奪に近い形で奪った王は圧倒的な民意の後押しが必要だった。
聖女に断る道も術もなかった。
しかし、そこに救いもあった。
共に戦った仲間であった聖女。共に死地を越え、敵を倒した戦友。
その戦友のひかえめで、慈愛に満ちた献身的な態度に淡い恋心を抱いていたのは王。
聖女はおそらく義務や強制力以外を感じていなかった。
その温度差が二人の仲を決裂させるのにそう、時間はかからなかった。
王は聖女へ毎日花を贈り、聖女は毎日理由なくそれを打ち捨てた。
花は飾られることなく日の当たらぬ卓に置かれたまま。片付けられることもなく朽ちていく。
王の執務室から見える唯一の窓辺に置かれた卓の上で。
それを見るたびに王の淡い恋心は憎しみに代わり、聖女を厭うようになるのにそう時間はかからなかった。
王は始まりはどうであれ、愛される未来を求めていた。
けれど、聖女は何も求めてはいなかった。
地位も、名誉も、王から愛されることも。
ただ、聖女は聖女としてそこに居た。
王にそれ以上の干渉を許さなかった。
王妃として王の傍らに立ちながらも。王妃として、王を支えることも、王を癒すことも、その身を任せることもしなかった。
そして、その態度を王は何よりも厭んだ。
後宮の奥深く。固く閉ざされた扉の向こう。
その前の部屋では王が王妃以外の寵妾を閨で啼かせる。
触れられずに終わった初恋を散らすように。
消せぬ想いを塗り潰すように。
王の側使は思う。
王は確かに聖女を愛していたと。
それでも王は毎日欠かさず、彼女を讃える花を贈り続けた。
白い可憐なその花の花言葉に想いを託して。
けれど、その花も限りがある。薬にする花を戯れに贈り続けることを忠臣に諭され王は花を送るのをやめた。王は王なりの愛の言葉を送ることを諦めた。
庭園にはその頃の名残で白い可憐な花が咲き乱れている。国花となるほど国を救った花、誰よりも愛されたその花は贈られることもなく庭園で咲いては散っていく。
まるで王の叶わぬ恋のように。
聖女の罪は…
貴い花が枯れるのを王に見せ続けること。