四華
ああ、可哀想に。
露店で土産物を売る男は思う。
あの噴水の前には時おり、ああやって祈るように踞るものがいる。
モザイクで描かれたこの国の聖女様の像の前で。
男は聖女様の奇跡をこの目で見たことがある。
この噴水の前で、聖女様は光輝く奇跡の力で噴水に水を満たし、街全体を覆い、飢饉と疫病に苦しむ街の民を救い、聖女さまが現れた時に持っていた白い花から作られた特効薬で疫病から助かったが寝たきりになってしまったもの達を元の姿に戻してくれた。
何をしても効果がなく、何をしても良くはならない。そんな、死に行くだけの我々を助けてくれた。
まさに奇跡。
そして男は痛感した。
努力だけでは想いの力だけでは…世の中にはどうにもならないことがあるということを。
疫病を防ごうと奔走した日々を、街を上げてなんとかしようと、絶望する仲間に声をかけてその肩を支えた日々を。
その無為さを。
たった一度の奇跡で男が何年も死に物狂いで対処していた疫病を無くしてしまった聖女様。
涼しい顔で、表情ひとつ変えずに。
奇跡を起こし、去っていった。
あの日から男ははりつめていた糸が切れてしまったかのように、胸にぽっかりと穴が空いたままだ。
無力だ。
自分は無力だ。
街の人を救うなど、思い上がっていた愚か者だ。
この只の手では誰一人救うことなど出来はしないのだ。
だから男は願う。
あの少女の幸せを。
聖女様、聖女様、どうかあの哀れな少女に幸せをお与えください。
露店のわずかな日除けの下でこの国のどこかにいる聖女様に。
祈る男の前で哀れな少女は薄汚れた男の手をとった。
あの男は女衒だろうか…
ああ、聖女様。
どうか、どうかあの少女に幸いを…
男は胸の痛みとともに連れられていく少女の後ろ姿を見送る。
その手は固くにぎられている。
なにかに堪えるように。
昔の自分ならばあの少女に声をかけていただろう。肉饅頭ひとつだけではなく、暖かな食事を与えて。話を聞いて働き口をさがしてやっただろう。友はそんな男のことを物好きだとお節介だと笑って、けれどそれがお前らしいよと…
けれど、今は知ってしまった。
無力な自分を。
あの日から男は以前の自分が簡単に出来ていたことがずいぶんと難しくなってしまった。
聖女様、聖女様。
だから男は祈る。
差し出せぬ自分の手の代わりになる祈りを。
その祈りが何の意味もないことを男は誰よりもわかっていたけれど。
聖女の罪は只人の無力さをその心に植え付けたこと。