二華
「ほら喰えよ」
饅頭を持つその手の繋がる先を見る。
決して裕福ではなないであろうその出で立ち。
くたびれたシャツに髭に覆われた顔。
ならずものほどすれた空気をまとっているわけでもない。日雇いの労働者か…
「あなたのご飯は?」
饅頭は安くないはずだ。
私だって知っている。白い麦をつかっているものは高級品だって。
「…今日は稼ぎが良かったんだ、たまには贅沢しようと買ったんだけどな、お嬢ちゃんの腹の虫があんまり騒いでいるから…」
「優しいの…ね。」
こんな人とのふれあいは何年ぶりだろう。嫌みや皮肉、罵声以外の声はこんなにも優しいものだったのか。
そんなことに気づかされるほど孤独だったことに苦笑がもれる。
「いいから、食べろ、あんたにやるよ。」
し
むりやり饅頭を手に押し付けられる。温かなそれを一人で食べるのも悪くてぱかりと半分に割る。そして大きい方を相手に返す。
「一緒に食べましょう?」
「あんた…ああ、ありがとう。」
男は自分の饅頭だというのにお礼を言った。
悪い人では無いのかもしれない。
男は噴水にどかりと腰掛けがぶりと饅頭にかじりつく。
私も男に習い食べ始める。
中の具は茸と野菜と肉。じゅわりと肉汁が溢れその美味しさに目を閉じる。
「おいしい…」
たとえこの男が物凄い悪人で、私を奴隷商や娼宿に売ったとしても何も恨まずにいられそうだ。
そのくらいこの肉饅頭は美味しかった。
「本当においしい…誰かとご飯を一緒に食べるのも久しぶり…」
この優しさが偽物だとしても、この暖かなふれあいが、私の冷えきった心を温めてくれた事実は変わらないのだから…
私を売ったお金がこの男の日々の糧になるならばそれでいい。
心の底からそう思った。
「こんな所で何を?あんたいいとこのお嬢さんだろう?」
そう言われ自分の手を見る。昔と同じ痩せ細って疲れた手、爪も短く、がさがさと荒れている。
「そういうわけでもないと思うのだけれど…」
何て説明をすればいいのか解らず饅頭にかぶりつくことで答えをはぐらかす。
「もうじき日がくれる、家には帰らないのか?」
「家…家はとても遠いの。」
肉饅頭の懐かしい味が失った故郷を思い浮かばせる。
戻りたくて、でも、もう戻ることもできない遠い故郷。
懐かしくて悲しい故郷。
私と男は暫く無言ですごした。
私は少し冷たくなった肉饅頭を食べている間男は何か考えているようだった。
「…うちにくるか?丁度、家の留守を守るものを探していたんだ。」
言い方は漠然としすぎて本意はわからなかった。言葉もなく見上げると男は困ったように髭で覆われた顎をかいた。
「ああ、住み込みで部屋を片付けてくれるヤツを探していたんだ。」
夢のように都合のいい話だ。
都合が良すぎて最悪の事態を想像する。
けれど、結局はどうあがいても最後はおなじなのだ。
ならばいいだろうか。
ぽかりと口を開けて待つ深く暗い穴に飛び込んでしまおうか。
あの美しくも暗くよどんだ場所で朽ち果ててしまうのだけは嫌だったから。
そうだ、丁度よかったのかもしれない。
暗い覚悟を決めて私は深々とお辞儀をした。
「よろしくお願いいたします。」
下げた頭の角度は完璧。
あの人たちに何もできないのならば、せめてこれだけは完璧にしろと叩き込まれたから。
だから、その男がどんな顔で私をみていたか、知らない。