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睦月キラー&インヴァルナラブル その2

 青年が神に誓った『決意』は?

 殺人鬼。

 そう聞いて思い浮かぶのは間違いなく“人殺し”であることだろう。

 人間界に修行に来ている天使のヴェルによると僕の特性(能力みたいなものらしい)がそれであり、その蔑称は最低でも百人以上の大量殺人を犯した者に神から授けられるそうだ。

 殺人は罪深く、特に殺人鬼は来世で人間に転生することはまずできないらしい。

 まだ今世を終えていない内に来世のことを聞かされ落ち込みもした。

 別に人間になりたいわけではないけど、人間でよかったと思うことはある。 

 そう思わせてくれるきっかけをくれたのは、久遠さんと清水だ。

 久遠さんは家出して死にかけていたところを拾ってくれた上に、僕に新しい居場所をくれた。

 誰も殺さなくていい優しい世界をだ。

 清水は僕が殺人鬼だと知っても変わらない態度で側にいてくれた。

 それどころか、僕の勘違いじゃなければ好意すら感じる。

 でも、だからこそ去年の年末に清水を兄から守れなかったことが悔しかった。

 無力な自分を思い知らされて、どうしていいのかすらわからない。

 そして何の解決策も浮かばないまま、時間だけが過ぎていった。




 一月一日、元旦。

 二葉荘の住人数名で神社に初詣に行った。

 いつも通りの千秋さんと新さんに、はしゃぐ雨ちゃん達、一年に一度の行事に興味津々の自由さん、はぐれないように注意する日向くん。

 そしてなぜか僕に積極的にくっつく清水。

 嫌じゃないし、迷惑とは思ってない。

 むしろ嬉しいと思う

 でも僕も男なわけで、好きな子に抱きつかれて冷静でいられなくていつも以上に挙動不審になってしまった。

 ヴェルなんて呆れてたし……。

 だって清水はいい匂いがするし、そのむ、胸とか当たるし……って僕は変態か!

 ち、違う!

 別に変な気持ちなわけじゃなくてただの事実で……。

 新年早々、煩悩まみれなことを考えていたのに、引いたおみくじは大吉だった。

 だから今年はなんだって出来るはず!

 特に恋愛は積極的にって書いてある。

 声に出さずに一つの決心をする。

 今年こそ清美に『僕と付き合ってください!』といおう!

「今年の初めの方は健康運が悪いみたいですね。怪我に気をつけるようにと。それに予期せぬ争いごとに巻き込まれるかもしれないから警戒心を持て、ともありますね」

 新さんにおみくじのことを聞かれた清水はざっくりと説明した。

 清水は健康運が悪いんだ……。

 いくら不死身といっても病気や怪我が治るのには時間がかかるから気をつけよう。

 予期せぬ争いごとって去年にもう巻きこまれているような気がする。

 またあんなことがあるのかな?

 清水にもう二度と痛い思いや苦しい思いとかはさせたくない。

 だって僕は清水の笑った顔が好きだから。

 何か考え込んでいる清水の手を両手で包むように握る。

「だ、大丈夫だよ!僕じゃ頼りないと思うけど清水を、ま、守るから!」

 顔が赤くなっているのが自分でもわかる。

 でも本気でそう思ったんだ。

「ありがとう、灯火くん!その時はお願いしますね」

 清水は一瞬だけ驚いたような顔をして、すぐに笑って頷いてくれた。

 それが嬉しくて声にならなくて壊れた首振り人形のように何度も首を縦に振る。

 悪い結果のおみくじは神社の境内に結ぶといいというから、清水のおみくじを近くにある指定の場所に結んだ。

 猫さん達に頼まれていたお守りを買って後は帰るだけだった。 

「殺人鬼が日和ってんじゃねえよ」

 行きと同じくらいの人混みの中ですれ違いざまに聞こえた言葉。

 一瞬だけ交わった視線には殺意と憎悪だけがこめられていた。

 振り返ると薄汚れた灰色のフードを深く被った小柄な人が通り過ぎていく。

 追いかける間もなく、消えるように人混みの中へ消えていった。

 指先一つ動かせないにも関わらず、意思とは別に小刻みに震える体。

 血の気が引いていく感覚がする。

 どうして僕が殺人鬼だって知っているのか。

 答えは一つしかなくて、嫌な予感がする。

 また僕の弱さのせいで誰かが傷つくのか?

 さっきの清水のおみくじを思い出して、心臓を掴まれたような気分になる。

 それは誰かではなくて……“清水”?

 清水に名前を呼ばれて視線を向ける。

 彼女は笑顔でゆっくりといい聞かせるように告げた。

「大丈夫ですよ。だってさっきのおみくじで灯火くんは大吉だったんですから悪いことなんて起きません」

 なんの根拠もない言葉。

 でも自信に満ちた態度に少しだけ心が楽になった。

「それでも、もし悪いことが起きたら私が慰めます!」

 少し照れたように笑う彼女につられるように僕の頬が緩んだ。



 

 不安は消せなくて、猫さんの喫茶店で行われた新年祝いを素直に楽しめなかった。

 時間が解決してくれると楽観視していたのに、日ごとに不安は大きくなっていく。

 まるでどろりとまとわりつく形のないそれが呪いのように僕の心に憑りついていた。 

 清水にもばれていて、心配そうな顔ばかりさせてしまっている。

 そんな顔をさせたいわけじゃないのに、僕が弱いばかりに気遣わせていた。

 情けなくて泣きたくなるけど、泣いたら惨めになるような気がして、吐き出せない。

 だから行き場のない不安が溜まっていく。

 悪循環だなと思っても話せる人はいなかった。

 最近、僕の様子がおかしいことくらい猫さん達も気づいているのに、そっとしてくれている。

 例外は一人だけだ。

「お前は何を悩んでいる?」

 元旦から一週間が経った日。

 バイトからの帰り道でヴェルは前触れも何もなく、淡々といつものように直球で聞いてきた。

 時々、そのまっすぐさが羨ましくなる。

 怖い物なんて何もないみたいで。

「……ヴェルにはわからないよ」

 ヴェルは強い。

 武器を持った男だって簡単に倒すし、魔法も使える。

 誰かに何をいわれてもされても平気だ。

 そんなヴェルに弱い僕の悩みなんて理解されるわけがない。

「清水のことか?それとも殺人鬼といわれたことか?」

 心臓が嫌に高鳴った。

 ヴェルは隣にいたから聞かれていてもおかしくない。

 僕は唇を噛みしめた。

「……どちらもか」

 答えなくてもヴェルはわかったようだ。 

 人の気持ちには鈍感なくせにどうしてこんな時ばかり気づくんだよ。 

「家族でもない年頃の男女が同じ部屋で寝食を共にしていて何も感じないわけないだろ。そもそも清水がお前と暮らすのが嫌だと思っていたのなら今まで一緒に暮らしていない」

 ヴェルの表情は雄弁に語る。

 こいつは今さら何をいっているのかと。

「そ、それは他に頼る人がいなかったからでだから別に……」

 唇を強く噛み、その先の言葉を口の中に閉じ込めた。

 清水のことは好きだとはっきりといえる。

 でもしょせんは清水が自立するまでの関係だ。

 僕は殺人鬼で、死んでも贖罪しきれない罪を背負っている。

 だから別れは最初から決まっている。

「“僕でなくてもよかった”か?ならお前は清水と一緒に暮らすことを面倒だと迷惑だと思っていたのか?」

 言葉につまる僕にヴェルは容赦なく続ける。

「違うなら清水の気持ちを勝手に自分の都合のいいように想像して現実を否定するな」

 ヴェルから説教をされるともう一人の自分に怒られているような気になる。

 でもヴェルはヴェルで、僕は僕だ。

 生まれも育ちも違えば、過去だって違う。

 僕の気持ちはヴェルにはわからないし、ヴェルの気持ちを僕はわからない。

「……余計なお世話だよ」

 だから知ったようなことをいわれるのはただ腹立たしいだけだった。

 別れの挨拶もせずに家の鍵を開けて中に入る。

 なのにいつも出迎えてくれる清水はいなかった。

 不審に思って一歩踏み出せば、クシャリと紙を踏んだ音がした。

 清水がメモを残していたのかな。

 その程度の気持ちでそれを拾って皺になった部分を広げた。


『親愛なる殺人鬼へ


 お前の大切な人はお前のせいで不幸になった。

 冷たい床と同じ温度になったそれを取り返したいと思うなら取りに来い。


                          お前を殺したいほど憎悪する生き残りより』


 “清水のいない部屋”と“生き残り”。

 それが何を意味するかなんてすぐに分かった。

 かつて僕が殺し損ねた標的の家族や親族の誰かが清水をさらって殺した。

 僕は鍵も閉めずにまた外へと飛び出す。

 場所がどこかわからない。

 でも探さなくちゃいけない。

 髪の毛の一本すら見逃さないように注意して探す。

 清水を探しながら自問自答する。

 もし、僕が家出をしなかったら。

 もし、僕が久遠さんに助けられなかったら。

 もし、僕が清水と出会わなければ。

 誰も傷つかずにいられたんだろうか?

 清水が傷つかずにすんだんだろうか?

 ふと路地裏に落ちている血が目についた。

 ぽとりと雫のように跡をつけるそれは奥へと続いている。

 誘われているのだとわかっても辿らないという選択肢はなかった。

 むしろ清水が無事であるか、不安で駆けるように跡を追う。

 ついた先は自殺の名所で有名だったビルの一室だった。

 あまりに飛び下りる人が多くて閉鎖されていたから埃が舞い、部屋全体もかなり傷んでいた。

 家具は一つもなく、一目で全体を見渡せた。

 そして僕は声を失った。

 なぜなら部屋の奥に手足を縛られた血塗れの清水が横たわっていたから。 

 聞かなければならないことがあった。

 清水は無事なのか。

 目的は何なのか。

 誰の命令か。

 でも次の瞬間、怒りで理性は吹き飛ぶ。

 忘れられなかった本能のまま、懐に忍ばせてある水鉄砲を部屋にいた薄汚れた灰色のフードを深く被った小柄な人に向けて引き金を引く。

 高圧で噴射された水は銃を持っていた右肩を貫いた。

「うぐっ!」

 そいつは呻き声をあげて、銃をとり落とした。

 続けて、左肩、右足、左足と狙いを定めて引き金を引けば、踊るように跳ねて、無様に尻餅をついた。

 距離を詰めて、顔を蹴り飛ばす。

 小柄な体はさほど力をこめずとも頭蓋骨が地面に打ち付けられる音を立てて仰向けになった。

 腹の上に座り、ついでに手を両足で踏みつけて拘束する。

「頭ぶち抜かれるか、心臓に穴を開けられるか、好きなのを選べ」

 水鉄砲を喉に突きつけながら聞いてやる。

「…………っ……」

 小さな声が返ってきた。

「聞こえねえよ。はっきり喋れ、クズが」

 力をこめて水鉄砲を押しつける。

「……く、はっ……はは、はははははははははっ!」

 するとなぜかそいつは狂ったように声をあげて笑い出した。

 喉を圧迫させられている息苦しさなんて感じない。

 何がおかしいのか憑りつかれたように笑う。

 しばらく笑った後、そいつは俺を憐れむような目で見上げてきた。

「やっぱりお前は殺人鬼だ。愛する女が血塗れで倒れているのに、生死の確認もせずに俺を殺すことを優先した」

「違う」

 危険なやつが側にいたから、先に排除しようと思っただけだ。

「俺の目的も聞かず、その汚らわしい血の本能のままに引き金を引いて、押し倒して今から殺そうとしている」

「違う」

 抵抗されないように少し怪我をさせて、取り押さえただけだ。

「お前は俺があの女を殺したことに嫉妬した。だってお前はずっと我慢していたんだから」

「違う」

 嫉妬も我慢もしていないし、する理由もない。

「いい加減、認めろよ。お前はずっとあの女を殺したかったんだって」

「違う!俺は……僕は……そんなこと思ったことない!だって僕は清水が好きだ!これからもずっと一緒にいたいっていつも思ってる!」

 もし、清水が罪深い僕を許してくれるなら一生一緒にいたい。

「それはあの女が不死身で“何度でも殺せる”からだ」

 心臓が激しく跳ねる。

 違う!僕はそんな理由で清水と一緒にいたいわけじゃない!

「もう黙れ!」

 僕は煩いそいつの口をふさぐために、引き金を引いた。

 その3に続きます。

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