睦月キラー&インヴァルナラブル その1
殺人鬼と不死身少女の一月の物語。
少女が神に祈った『願い』とは?
不死身(死なない体)。
そう聞いて思い浮かぶのはなんだろう?
病気や怪我がたちまちに治ること?
吸血鬼のように弱点はあるけど、それ以外の攻撃をすべて無効化してしまうモノ?
それとも不死鳥のように何度でも生き返ること?
はたまた仙人のようにある一定の年齢を超えた後から年を取らないこと?
どうやら私こと聖生清水は不死身らしい。
生まれて十八年が過ぎているのに、成長を続けているから不老なのかは今はまだわからない。
生まれた時からどんな怪我も病気も時間こそかかるけれど治った。
例え“即死の怪我”だって関係なかった。
脳を潰されても、肺を破かれても、心臓を貫かれても、内臓を引き千切られても、手足を切り刻まれても。
それでも私の体は私の意思とは無関係に機械のように自動的に健康な状態に治る。
だからこそ私は今まで辛い人生を送ってきた。
健康な状態というのはつまり感覚も変わらないということ。
誰かに痛みを与えられる度に余すことなくすべて脳に伝える。
いっそ気が狂った方が楽なんじゃないかって思うほどの痛み。
それを繰り返し与えられて、私が絶望しかけたのは無理のないことだったと思う。
幼少期から繰り返される拷問から隙を見て逃げ出して、偶然にも四川灯火くんと会えて私は絶望から開放された。
そしてその時はずっと神様に祈っていた願いが叶う瞬間でもあった。
年が明けた最初の一日。
つまり一月一日、元旦。
今日は二葉荘の有志で近所の神社へ初詣に行っている。
なぜ皆で行かなかったのかというと、予定があるからだそう。
ちなみにその人達は佐藤良平さんと三神颯太くん、屋斎十真十さんと唄田猫さん、フェイトさんと佐久間咲楽さん、四方山久遠さん。
理由はそれぞれ違う。
リョーヘイさんと颯太くんはリョーヘイさんの実家からなんの知らせもなく車で迎えが来た上に、大事な話があるらしく断りきれなかった。
トマさんは例年通り、組の人と年越し祝いという名の飲み会。
猫さんはトマさんとフェイトさんにいわれて、久しぶりにその飲み会に参加するそうで。
フェイトさんは夕方に喫茶店『黒猫』で二葉荘の住人による新年祝いをするから、それの準備でお留守番。
咲楽さんはフェイトさんのお手伝い。
久遠さんはいつも通りニューヨークでお仕事らしい。
神社はいつもの静かで厳かな雰囲気とは違い、私達と同じように初詣に来た人達がたくさんいて賑わっている。
何メートルもある巨大な鳥居をくぐると神様のいる本殿の前にある拝殿が見えた。
その近くでは巫女さんが甘酒を配っているようだ。
「甘酒かあ。飲んだことねえんだよな。新、後でもらいに行こうぜ」
前にいた黒野原千秋さんが隣に並ぶ、新さんへ声をかける。
「甘酒は年齢制限があるんだよ。だから僕達はもらえないんだ」
多福新さんはちょっと困ったような顔をしながら嘘をつく。
千秋さんがお酒に弱いから知らない人がいるところでは飲ませたくないらしい。
でもさすがに甘酒で酔わないと思う。
そんな千秋さんと新さんはさっきからずっと女の人達から視線を集めている。
二人とも芸能人みたいに格好いいから気持ちはわかるけど、勝手に写真を撮るのは犯罪だ。
新さんはさりげなく千秋さんが写らないようにしているし、声をかけられても聞こえないふりしてる。
聞こえないふりっていうより、新さんは千秋さん以外の人は眼中にないくらい愛しているから仕方ない……かもしれない。
二人の後を歩く灯火くん達にも視線がいくから私はちょっと嫉妬しちゃいそう。
隣に立つ灯火くんの手を握って、指を絡める。
それだけでも足りなくて腕に抱き着く。
これだけすれば灯火くんには視線はいかないだろう。
満足して灯火くんを見上げると、耳まで顔を赤くした灯火くんが酸欠の魚のように口をパクパクさせている。
「き、清水!?ボ、ボ、僕の腕にむ、じゃなくて!何してるの!?」
灯火くんはびっくりするぐらい純情だ。
残念ながら私よりも純情だと思う。
「人が多いのではぐれたら困ると思ったんですけど迷惑ですか?」
ちょっと悲しそうな顔をすると、灯火くんは目に見えて慌てた。
「迷惑じゃないよ!むしろ嬉しいっていうか……僕でよければどうぞ」
「ありがとう、灯火くん!」
灯火くんの隣を歩くパーヴェル=アウリオンさんはそんな私達を呆れたように見ていた。
「手洗い場についたぞ!ほらこっち、こっち!」
人の流れに合わせて歩いていたら手水舎についたようだ。
四方山雨ちゃんが使っている人の後ろに並びながら私達を呼んだ。
「手洗い場じゃないわよ!手水舎よ!そこの看板に書いてあるじゃない!」
その後を四方山雲ちゃんが続く。
「二人とも待ってっ!先に行くと迷子になっちゃうよっ!」
鳩羽未来ちゃんが二人を慌てて追いかける。
中学生になってから少しお姉さんになって、よく雨ちゃん達の面倒を見るようになった。
皆で参拝する前に手水舎で手を洗って口をゆすぐ。
こうすることで外界の汚れを祓うことができるんだとか。
手を洗ったら、人の流れに乗って拝殿の前に行く。
皆とお喋りをしている間に順番が回ってきた。
賽銭箱にお金を入れて、吊るされた鈴を鳴らして、二礼二拍一礼。
そしてお願い事。
私のお願い事はただ一つ。
目を閉じて、心から神様に願った。
後ろにも人がいるからすぐに場所を空ける。
「あそこにおみくじあるっちゃかい、皆で引かん?」
椎葉日向くんが少し離れた場所を指差した。
その先ではおみくじだけじゃなくてお守りも売っていた。
「運試しですね。皆様も日向様にお付き合いしてくださいませんか?」
自由さんが微笑みながら、私達に告げる。
まるで兄弟みたいで微笑ましくなった。
「そのいい方やと俺がわがままをいっちょるみたいやがね!」
日向くんは照れたように怒鳴るけど、自由さんは不思議そうな顔をするばかりだ。
多分、日向くんがなぜ怒っているのかわかってないからだと思う。
「……私も……おみくじ……引きたい……」
マイペースな四方山雪ちゃんは怒る日向くんの袖を引いて同意する。
人が多いから雪ちゃんの小さな声は気をつけないと聞きづらい。
「私も引きたいです。昨日から雨ちゃんたちと今年は何が出るのか楽しみにしていました」
四方山晴ちゃんは恥ずかしそうに頬を赤くした。
いじらしい姿が可愛い。
順番に並んでおみくじを引く。
私が引いたのは……『大凶』だった。
「噂には聞いたことあるけどほんとに入ってんだな」
千秋さんがどこか感心したように呟く。
そんな千秋さんは『中吉』。
新年早々、運のなさに凹む。
「詳しくは何が書いてあるの?」
新さんにいわれて、項目ごとにわかれているそれを読む。
「今年の初めの方は健康運が悪いみたいですね。怪我に気をつけるようにと。それに予期せぬ争いごとに巻き込まれるかもしれないから警戒心を持て、ともありますね」
健康運に関しては気にすることはない。
何があっても傷が残ることはないのだから。
それよりも気になったのは争いに巻き込まれること。
灯火くんや皆を巻き込まないように気をつけないと。
決意を新たにしていたら、灯火くんに片手を両手で包まれた。
「だ、大丈夫だよ!僕じゃ頼りないと思うけど清水を、ま、守るから!」
せっかく元に戻っていた顔をまた赤くしていたけど、私を見つめる灯火くんの視線があまりに真剣だったから、ちゃかすなんて出来なかった。
「ありがとう、灯火くん!その時はお願いしますね」
笑って頷くと灯火くんは壊れた首振り人形のように何度も首を縦に振った。
おみくじを引いて、頼まれていたお守りを買ったら後は帰るだけ。
帰りにも人はたくさんいた。
だから人の流れについていく。
「殺人鬼が日和ってんじゃねえよ」
すれ違いざまに聞こえた言葉。
一瞬だけ交わった視線には殺意と憎悪だけがこめられていた。
振り返ると薄汚れた灰色のフードを深く被った小柄な人が通り過ぎていくところだった。
追いかける間もなく、消えるように人混みの中へ消えていった。
きっと私は追いかけることが出来ても追いかけなかっただろう。
だって繋いだ灯火くんの手が震えていたから。
顔を見上げれば、やはり青ざめた顔をしている。
多分、彼はこう思ったんだ。
『僕のせいでまた誰かが傷つくかもしれない』
だから名前を呼ぶ。
灯火くんは泣きそうな顔で私を見た。
笑顔でゆっくりといい聞かせるように告げる。
「大丈夫ですよ。だってさっきのおみくじで灯火くんは大吉だったんですから悪いことなんて起きません」
なんの根拠もない言葉。
でもそういってあげなきゃ、灯火くんはずっと不安に囚われたまま。
「それでも、もし悪いことが起きたら私が慰めます!」
そういえば、灯火くんは弱々しく微笑んだ。
夕方の新年祝いでも灯火くんは元気がなくて、そのまま一週間が過ぎた。
どうしたら元気になってくれるのか。
色々と考えて実行してみたものの、効果は今一つだった。
それに一年以上も仕事を探しているのに、見つからない。
諸事情があるとはいえ、高校中退者には世間は厳しいようだ。
贅沢をしなければ、灯火くんのお給料だけでも十分生活できる。
でもだからといって灯火くんだけに負担をかけさせるのはどうかと思う。
猫さんが声をかけてくれているけど、最終手段だと思う。
やっぱりヴェルくんみたいにバイトを掛け持ちした方がいいのかもしれない。
でも灯火くんは私のことを心配してか反対する。
「お前が聖生清水か?」
不意に声をかけられて振り返ると、薄汚れた灰色のパーカーが道を塞ぐように立っていた。
フードを深くかぶっているから顔がよく見えない。
背格好も元旦に会った時と同じだ。
向けられたあの目を思い出して、背筋が寒くなる。
「……あなたは誰ですか?」
相手との距離はまだ数十メートルあるから、不審な動きがあればわかる。
いつでも逃げられるように警戒をしつつも、答えを待つ。
後で思い返せば私の行動は悪手でしかなかった。
少なくとも出遭った瞬間に逃げなければならなかった。
「俺はお前の恋人に家族を殺された生き残りだ」
彼は懐から取り出した黒光りするそれを私に向けた。
それか何かを理解するよりも先に銃声が辺りに響く。
当時に腹部へと襲ってきた衝撃と遠のく意識。
ああ、やっぱりおみくじは当たっていたようだ。
どこか他人事のようにそう思って、私の記憶はそこで一端、途切れることになった。
トップバッターは灯火と清水です。
両思いで同居してるけど、恋人じゃない。
友達でもなければ、知人でもない。
そんな二人の関係が変化する物語です。